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彼女は彼氏をプロデュースする

「いやー、夢の国最高だったわ。リピーターになるわ」


 無事に遠藤と苗木さんの仲は夢の国に行くまで進展したらしく、教室では遠藤が初体験について語り男子の賞賛と女子の顰蹙を買っている。


『はぁ……この前まで恋愛相談してきたのに、今じゃ初体験したからってマウント取られる始末……』


 そんな光景を自室で見ているであろう花恋はため息をつく。あの後SNSを通じて直接会わないまま苗木さんと友達になりしばらくはオタク談義で盛り上がったり、恋人らしいことを今まで一切してこなかったのに何故か恋愛相談に乗っていたりと引きこもり女子の交友関係を深めていたらしいが、仲が進展するにつれ苗木さんはオタク趣味から段々と離れるようになったり、のろけ話を花恋にするようになったりと花恋にとって理想的な友人ではなくなってしまったらしい。


『お前の滅茶苦茶なアドバイスが原因で破局してしまうよりいいじゃないか。まともな恋愛経験の無いお前がどんなアドバイスをしたんだ?』

『私は苗木ちゃんのために、気持ち悪さに耐えながら遠藤のオカズの傾向とかを調べてそれっぽくアドバイスしたのに、苗木ちゃんは私を見捨てるのね……』

『彼氏以外の男のオカズを調べるなよ……』

『は? 自分のオカズを調べて欲しいの? キモ……』


 二人が結ばれてからも盗撮は辞めなかったらしく、遠藤の性生活を覗き見してそれに合うように苗木さんを誘導していたという問題行動を荒れた口調でカミングアウトする花恋。そんな感じで微妙に不機嫌な彼女と共にこの日の授業を受けていたのだが、午後の休憩時間中、クラスメイトと談笑をしていると急に彼女が叫び始める。


『うがあああああああああ!』


 音が漏れて周囲の人間に聞こえたりしないのだろうかと疑問を抱きつつ、トイレに行くと言って教室を出て人気の無い場所に向かい、体重でも増えたのかと叫んだ理由を聞いてみる。


『そういや永田さんずっと学校来てないよねー』

『え、来なくていいじゃんあんな暗い奴。クラスの士気が下がるっしょ』

『富永さんも大変よねー、友達認定されてるんでしょ?』

『え? あ、あはは……』


 鼻息を荒くしながら先ほどまで盗聴していたであろう音声を再生する花恋。どうやら富永さん含むクラスの一軍女子数名が花恋の悪口で盛り上がっているようだ。所々水の流れる音が聞こえるあたり、この馬鹿は女子トイレに盗聴器を仕掛けているらしい。


『女子トイレなんて女子しかいない場所に盗聴器を仕掛けたら陰口が聞こえてくるのは当然だろ。勝手に盗聴して勝手に自爆してアホか』

『はぁ? 自分の置かれた状況わかってるの? 私が馬鹿にされてるってことは、理雄が馬鹿にされてるってことだよ!? 理雄がクラスメイトにリスペクトされてたら彼女を馬鹿にするなんてことしないでしょ、理雄がムキムキマッチョマンなら彼女を馬鹿にするなんてことしないでしょ、つまり理雄の人望が無いのが悪い! 理雄がモヤシなのが悪い!』

『いつもお前に馬鹿にされてるから耐性があるんだよこっちは……俺がいるからギリギリ虐めとかは受けなかったんだとポジティブに考えようぜ』

『自意識過剰!』


 謎理論を展開しながら責任転嫁をする花恋。休憩時間が終わり授業が再開しても花恋の狂乱は止まることなく、よせばいいのに盗聴内容を何度も再生しては何度もダメージを受けて何度も騒ぎ出す。放課後になり花恋の部屋に向かうと、進級してすぐに撮った集合写真の何人かが黒く塗りつぶされたものが投げ捨てられていた。邪悪な笑みを浮かべた花恋はこちらに気づくと、小型の監視カメラを渡そうとする。


「何人退学に追い込んでやろうか……女子トイレには盗聴器しか仕掛けて無かったけど……ふふふ……理雄、わかってるよね?」

「俺が退学になるわボケ。お前が人付き合いサボって来た結果だろ、他人を退学させて自分好みの環境を作るんじゃ……」


 受け取りを拒否して危険な思想に憑りつかれた花恋に喝を入れようとするが、その目に涙が浮かんでいることに気づき言葉に詰まる。今までずっと耐えていたのだろう、花恋の手から監視カメラが落ちてガシャンと壊れると共に、花恋の涙腺も崩壊したらしくこちらに縋りつきながら泣き始める。


「うぐっ……えぐっ……勇気を出して学校に行ったって、陰口に怯えながら過ごす日々がまた続くんだよ。女子トイレの個室に入ってる時に、クラスメイトが入って来た時の緊張感、理雄にわかる? 私の陰口が聞こえるんじゃないか、私が中にいるって知ってて言ってるんじゃないか、ひょっとして上から水をかけられるんじゃないか……もうそんな事を考えながら学校に行くのはやだよ……」

「悪かったな……女子トイレじゃ守ってやれないけど、お前に危害が行かないように目は光らせるからさ。富永さんにもお願いしてみるよ」

「辞めてよ、私が凄く惨めじゃん……本当はあーみんが私の事ウザがってることだって知ってるんだから。高校一年の時だって……」


 色々と限界だったらしく、俺の知らない過去のトラウマエピソードを吐露し始める花恋。本当は花恋は優しい子なのだ。今までだってクラスメイトの陰口を俺に話すようなことはなかったし、クラスメイトの陰口合戦に巻き込まれて同意を求められた時に曖昧に濁す光景を何度も見て来た。他人を傷つけるのが嫌いで、精々俺に文句を言う程度だった彼女がこの世の全てを呪うまでに変わってしまったのは、近くにいながら彼女の蓄積された鬱憤に向き合わなかった俺の責任なのだろう。彼女の頭を撫でながら溜まっていた心の闇を吐き出させることしばらく、寝息を立て始めたのでそっとベッドに運ぶ。


「というわけで、この接点がだな……」


 翌日の授業中、チラッと富永さんの方を見る。花恋は嫌がっていたが、こっちは富永さんの弱みを握っているのだ。花恋が学校生活をうまく送れるように脅し……ではなく交渉するかなと考えていると、スマホで内職をしていた隣の席の女子が教師に当てられてしまい狼狽える。確か花恋の陰口を言っていた連中の一人だったはずだ。答えられずに怒られてしまえと花恋の代わりに精一杯の呪いをかけていると、


『x=2y-6。教えてあげて』


 昨日寝てから一切喋らなかった花恋がぼそぼそと黒板に書かれている数式の答えを呟く。どういうつもりだと疑問に思いながらも、ササっと答えをメモに書いてこっそりと隣の女子に見せてやる。


「えーと……x=2y-6でーす」

「ほう、意外と真面目に授業を受けていたんだな。感心感心。この数式はだな……」


 教師の怒りを回避した隣の席の女子は俺に小声でありがとーと伝え、すぐに内職を続ける。なんでこんなやつのために……とモヤモヤした感情を抱いたまま数学の授業を終え、花恋に真意を問う暇も無く着替えて次の体育の授業へ。この日はマラソンだったので運動部でも無いし頑張る姿を見せる相手もいない俺はダラダラと走っていたのだが、


『頑張れ……頑張れ……』


 突如応援と呼ぶにはあまりにもボソボソとした、呪われているようにしか思えない声が響く。


『頑張れ~頑張れ~』


 その後も応援と言う名の呪いは続き、身体を操られてしまった俺は真面目に走って自己ベストを更新する。ゴールした後に人気の無い場所に向かい、どういう風の吹き回しだと花恋に問いかける。


『ヒントは私の昨日の発言にあったの。理雄がクラスメイトにリスペクトされていたら、理雄がムキムキマッチョマンになっていたら、自然と私の地位も上がり学校に復帰しても円滑なスクールライフが送れる!』

『そんな簡単にムキムキマッチョマンにはなれないと思うが……まぁ、前向きな作戦なだけマシか』


 心の闇を吐き出したことで、クラスメイトを退学させるという後ろ向きな発想からは抜け出せたらしい。ムキムキマッチョマンにやたら拘る花恋は筋トレにはスクワットが効果的だ、と再び呪いの頑張れループで俺の下半身を筋肉痛にさせようとするのだった。

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