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彼女はラブホテルに入りたがる

「へえ、こんなところに夢の国があったのね。お急ぎ4000円、ゆっくり6500円……都内の夢の国の2倍くらいの値段だけど、地方で夢の国に入れるなら納得の値段ね。回転するベッドがあったりして楽しそう……ってラブホテルやないかい!」


 夢の国と書かれたネオンの看板と、その先にある建物を眺めて花恋はノリツッコミをした後にこちらを軽蔑するような目で見る。ここら一帯の人間にとって夢の国はネズミのいる遊園地でも無ければ、神話に出てくる場所でも無く、ラブホテルの名称なのだ。


「距離的に考えてまだ本村さんは来てないだろう。補導されないように張り込むぞ」

「何で知ってたの? 私を連れ込もうと調べてたの?」

「男子の中では有名なんだよ」


 あの電話が本当に遊園地に行くという内容で無ければ、ここで待っていればそのうち本村さんと、遠藤ではない別の男がやってきて夢の国の中に入っていくはずだ。それを激写して遠藤に見せてやればきっと楽しいことになるだろう。入り口から少し離れた場所でターゲットを待つが、30分が経過しても一向にやってこない。


「……冷静に考えて、あの電話の後にすぐ向かったとは限らないな」

「そりゃそうでしょ。普通こういう場所って夜に来るものでしょ? まだ夕方じゃん。下手したら深夜に来るかもしれないのに。帰ってきた両親からどこいるのって連絡来たら、理雄にラブホテルに連れていかれたって答えようかな」

「うっ……そうだ、予備の発信機持ってないのか? ここに取り付けておけば監視できるぞ?」

「いや、折角だからここで待ちたい。ねえ見てみて、20代と40代くらいのカップルがいるよ、援交かな?」


 電話をしてすぐにラブホテルに直行するなんて考えは、性欲に支配された男子特有の考えなのかもしれない。深く考えずに花恋を連れ出してしまったことを反省しつつ発信機を設置して帰ろうと花恋のカバンを指さすが、彼女はニヤニヤしながらラブホテル付近にいる人達の観察をし始めた。怪しいカップルを見つけては邪推をしながら時間を潰しているうちに日が暮れて、花恋のスマホが鳴り始める。


「あ、お母さん? 今日はご飯はいいや、食べて帰ると思う。何かね、理雄が行きたい場所があるからって連れ出されて。夢の国って言うんだって……え? ……うん、そうなんだ。……わかった、頑張る?」


 親からの電話に白々しい演技で俺に無理矢理ラブホテルに連れられてしまったとニヤニヤしながら主張する花恋だが、電話が終わる頃には困惑した表情になる。


「……私が出来たのはここなんだって。おめでとう、明日赤飯炊くから頑張ってって言われた。親としておかしくない?」

「残念ながらしょうもない理由で学校に行かなくなるような甘えたガキはさっさと大人の女にしてくれと合鍵を貰う時に急かされているんだよ」


 花恋の両親は不登校を許しているからといって過保護という訳でもなく、ダメ人間コースを順調に歩んでいる娘をさっさと嫁に出したいそうなので最近は会うたびにどこまで行ったのかと聞かれてしまう始末。お互いの両親同士も仲が良いので花恋にとって外堀はとっくに埋められているのだ。ぽかーんとした表情で自分が製造された場所を眺めているうちに、繁華街の喧騒にも負けないような音が花恋のお腹から鳴り始める。


「お腹空いた。コンビニで何か……いや、ここ来る途中で見かけた中華でテイクアウトしてきて」

「結構距離あったし繁盛してたみたいだから待つかもしれないけどそれでもいいか?」

「構わない。1時間くらいかけてもいいから」


 近くにあるコンビニを指さすも、折角だから美味しいものを食べたいのか元来た道を指さす花恋。見切り発車で連れてきて長時間待たせることになった原因は確実に俺なので素直に来た道を戻り中華料理屋でお弁当やおかずをテイクアウトし、数十分後に戻ってくるとそこには非常に不満げな表情の花恋が待っていた。


「悪い、待たせすぎたか」

「違う! ナンパとかされなかった! ラブホテルの前で数十分待ってたら誘われると思ってたのに! いくらで打診されるのか気になってたのに!」

「無理矢理連れられてしまえばよかったのに」


 下らない女のプライドのためにわざわざ俺を遠くにおつかいに行かせて自分を危険な状況に晒すというどうしようもない彼女に、奢る気が失せたから払えよとお弁当とレシートを渡す。そのままラブホテルの前で座り込んでお弁当を食べるという貴重な経験をするも一向にターゲットは来ず、気づけばすっかり夜になり冷え込んで来る。


「寒い……もう中に入って待とう?」

「中に入ってやってきたターゲットを撮るのはかなり怪しまれるんじゃないか?」

「確かに。じゃあ理雄だけ外で待っといて。私は中を見学して来る」


 最初はラブホテルを嫌悪していたはずなのに、気づけば興味津々らしくカメラを回しながら一人でラブホテルの中に入っていく花恋。しかしその1分後、しょぼくれた表情で戻ってくる。


「子供が一人で入るなって追い出された」

「しっかりと運営しているようで何よりだな。……ようやくターゲットが来たか」


 大人の漫画じゃ平然と制服を着た少女がラブホテルを利用しているが、現実は制服なんて着ていなくても花恋のようなちんちくりん、それもカメラを構えた怪しい女は門前払い。一つ賢くなったところでようやく本村さんがラブホテルの前に現れる。ラブホテルの前でスマホを眺めて時間を潰している彼女を眺めること数分、ついに遠藤ではない、大学生と見られる男が姿を現した。


「相手に出会ってかなり嬉しそうな表情をしているな。多分向こうが本命だな」

「ざまあみろ遠藤、てめえも所詮は二人目なんだよ」


 二人が出会って談笑をした後に夢の国の中に消えて行く一部始終をばっちりと録画する。これだけ証拠があれば十分だろうと思っていたが、花恋はカバンから飛行型発信機を取り出してラブホテルの中に飛ばそうとする。


「この動画を見せただけじゃ遠藤は認めようとしないかもしれないから、これで直接ヤってるところを録画すれば……!」

「そんな動画を持っていたら明らかにおかしいだろ……馬鹿なこと言ってないで用は済んだんだから帰るぞ」

「せめて中が見学したい、一緒に入ろ? 大丈夫、部屋の中を写真に撮ったりするだけだから」

「何でお前が男の言い訳をしてるんだよ……見学なんかに数千円も払えるか」


 よろよろと飛行する発信機を捕まえて盗撮を未然に防ぎ、ふらふらと吸い込まれるようにラブホテルに向かう花恋を捕まえて青少年保護育成条例違反を未然に防ぐ。帰宅後に花恋が編集した動画を受け取り、翌日に大して仲良くもない遠藤が一人でいる時に話しかける。


「なあ遠藤、こないだちらっとお前のスマホを見た時に見たんだけど、女子大生の彼女いるのか?」

「んあ? バレちまったら仕方ねえな、クラスメイトにあれこれ言われるの面倒だから黙っといてくれよ? 近くのアパートに越して来たんだけどさ、毎朝学校行くときにすれ違ってるうちに惚れちまってよ、思い切って告白したらオッケーだったんだよ。いやー、バイト先の子にも告白されるしよ、俺モテ期到来?」


 彼女がいることがバレて開き直ったのか、嬉しそうにペラペラと馴れ初め等を喋る遠藤。バイト先の子にも告白されて付き合っていることは言わない不届者に、夢の国の前で本村さんと別の男が楽しそうに喋っている画面を見せてやる。


「その彼女が別の男と夢の国の前にいたぞ」

「……いやいや、冗談だろ? たまたま店の前で知り合いと出会っただけだろ? 大体お前なんでそんなところにそんな時間にいるんだよ。あ、そういやお前クラスメイトの誰かと付き合ってたんだっけ? 先を越されちまったか、感想教えてくれよ、俺もそのうち夢の国デビューするはずだからさ」

「いや、二人で中に入っていったぞ。ほら、動画」


 現実を認めようとしない遠藤に追い打ちをかけるように決定的瞬間を見せてやると、見る見るうちに顔色が悪くなり冷や汗をかき始める。そのまま無言でフラフラと教室に戻っていき、早退してしまったようで次の授業の時にはいなくなっていた。花恋がゲラゲラと笑う音や、飯がうまいと言わんばかりにお菓子やジュースを暴飲暴食する音を聞きながらこの日の授業を終え、花恋の部屋で遠藤の様子を一緒に観察する。自分の事は棚にあげてベッドで泣きじゃくり、本村さんが大学の講義を終えて帰ってくる辺りで本人に詰め寄り、貢ぎ目的の間男だったとあっさりと告げられて捨てられてしまう哀れな遠藤に思わず花恋と二人で大爆笑。失意のどん底状態でもアルバイトは急に休めないらしく、グロッキー状態のままコンビニ向かいレジでぼーっとしている遠藤に、同じシフトに入っている苗木さんが心配そうに話しかける。


『あの、どうしたんですか? 元気無さそうですけど』

『……え? いや、ちょっと体調が悪くて』

『大学生の彼女に振られたんでしょ』

『へ!? い、いやいや、何言ってるのさ。俺の彼女は苗木さんじゃないか』

『……うん、そうだよね。大丈夫だよ、私は捨てたり騙したりしないからね」

『う、ううっ、ごめん、なさい……』


 遠藤の様子を見て全てを察したらしく、優しい表情の中にどこかラッキーと言わんばかりの嬉しそうな表情を含ませて遠藤の頭をよしよしと撫でる苗木さん。本当に大事にすべき相手を理解した遠藤は謝りながら彼女に抱き着いて泣き始める。客のいないコンビニで繰り広げられるハッピーエンドを見て、『よっしゃーそのまま休憩室で致せ!』と馬鹿な事を言っている花恋から発信機の電源を奪い取り、これ以上は見世物にするべきではないなと電源を切るのだった。




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