彼女は多人数を監視する
花恋に服を買うという追加デートは結局叶わず、カラオケを出た俺はその足で遠藤がアルバイトをしているコンビニへ向かう。ちなみに花恋はまだ歌いたいようで一人カラオケでこちらの鼓膜にダメージを与えながら指示をしている。普通の高校生は授業を受けている時間だが、花恋の事前調査によれば苗木さんの通っている通信制の学校は毎日授業があるわけではなく、現在ワンオペ中らしい。
「う、あ……いらっしゃいませ……」
店内に入ると花恋のような、いや、花恋がこのまま学校に行かずドロップアウトすればこうなるのだろうという感じの少女がこちらには目を合わせずに小声で挨拶をして来る。遠藤のSNSで事前に確認した通り、彼女が苗木さんだろう。
『漢のプリンとダブルクリームシュークリームと……』
花恋に言われるがままにスイーツをカゴに入れている途中、苗木さんから視線を感じる。店内に客が自分しかいないというのもあるが、俺が遠藤と同じ高校の制服を着ているという理由が大きいだろう。
「合計、5点で、1348円に、なります」
「バーコード決済で。……ひょっとして遠藤の彼女っすか?」
「え!?」
「こないだ遠藤のスマホをちらっと見た時に、アイコンがあったんすよ」
レジで買い物を済ませた後、そこまで遠藤とは仲良くないがクラスメイトであることには間違いないので友人という設定で苗木さんに話しかける。
「あ、いや、バイト仲間ってだけで、彼女じゃ、ないです」
「そんな否定しなくていいじゃないっすか。メッセージもちらっと覗いたけどラブラブじゃないすか」
「遠藤さんには、ちゃんとした恋人が、います、か……」
二人の仲を祝福するクラスメイトという体で発信機を取り付ける隙を狙うが、目の前の少女が身体を震わせて今にも泣きそうになっていることに気づき、慌てて彼女の肩をぽんぽんと叩き『よくわからないけど頑張って』と本当によくわからない応援をしながら花恋が作った発信機をこっそりと取り付けてコンビニから逃げ出す。花恋曰く遠隔操作で多少の飛行能力も持つので制服につけても問題ないらしい。
『アンタ何やってんのよ! 苗木ちゃんを泣かせて!』
「しょうがないだろ……しかしあの様子だと、自分が二人目だって知ってるんだろうな」
『遠藤も遠藤だけど、苗木ちゃんも苗木ちゃんよ! 遠藤をボコボコにしてバイト先の店長に弄ばれたんですって泣きついてクビにしてしまえ!』
「社会的弱者は例え自分が二人目だとしても人との繋がりを捨てられないのさ。俺が新しい彼女を作ったとしてお前は何もできないよ。学校にも行かず、俺とも喋らずに一人で部屋でうずくまる日常を想像して、二人目でもいいから捨てないでって泣きついてくるに決まってる。悔しかったら学校に行って友達作って、俺よりいい男を見つけるんだな」
『ぐぬぬ……』
コンビニの外で発信機越しに怒鳴ってくる花恋にカウンターパンチを食らわせて歯ぎしりをさせる。苗木さんとよく似た境遇の花恋よりも、その花恋を見てきた俺の方が遥かに彼女達の感情は理解できている。遠藤が苗木さんのそういう感情を理解した上で二股をかけているならとんだクズ男だが、恋人いるけど告白されたから付き合った、くらいのものだろう。その後俺は遠藤の家の近くにあるアパートの辺りをうろつき、遠藤にとっては本命である女子大生の本村さんを待つ。
『4限が終わって10分くらい……そろそろターゲットが来るはず』
「……あの人だな。いかにも女子大生って感じのお姉さんだな。悪いけど苗木さんじゃ勝てないね」
『そんなことない! 結局恋愛ってのは一緒に喋っていて楽しいが最終的に勝つ! 年上に憧れるのは一度は通る道かもしれないけれど、それだけじゃ長続きしない!』
「色んな人と会話した上で比較して出た楽しいって感情ならそうかもしれないが、お前や苗木さんの言う楽しいなんて感情は、結局のところ他に喋る相手がいないことによる自己暗示のようなものなんじゃないか? 人恋しすぎて少し会話してくれる人が現れただけで惚れてしまう。無理矢理くっつけたところで長続きしない気がするよ」
『ぐぎぎ……とりあえずくっつければ、なんとかなる!』
やがて前方に見えてきた本村さんの姿を見て、自分と苗木さんをシンクロさせた花恋が興奮気味に負けるものかと奮起をするが、一緒に喋っていて楽しいと判定できるほど遠藤と苗木さんが会話しているとは思えない。俺達は幼馴染でとりあえずくっついたまま10年以上が経過したからこそ一応は恋人関係が成り立ったが、半年も経っていないただのアルバイトの同僚程度の関係、まだ付き合うにはそもそも早いのではないだろうか。人の恋路に介入することに罪悪感や不安を覚えながらも、本村さんとすれ違った際にさりげなく私物を落とす。
「すいませーん、落としましたよ?」
「ああ、すいませんすいません」
それを本村さんに拾わせて、受け取る際にさりげなく彼女にも発信機を取り付けてミッションコンプリート。その翌日、学校で遠藤にも発信機を取り付けて花恋による三人の監視がスタート。
「それで、何かわかったか?」
「遠藤がする時間と理雄がする時間は大体同じぽい」
「……彼氏以外の男のそういう行為を見てるなら普通に別れる案件だが」
「そんな趣味は無い。ちなみに苗木ちゃんの趣味と私の趣味は似てる。この作戦が無事に終わったら友達になりたい」
「友達が出来るのはいいことだが、元引きこもりの友達が出来てもなぁ……んで、本村さんの方は?」
「それが、発信機を取り付けた服をクローゼットの中に入れられてすぐに閉められ、音しか聞こえない。今部屋にいるみたいだけど」
数日後、花恋の部屋で経過を聞くが、肝心の本村さんの情報はあまり手に入っていないらしく、ぼさぼさ頭でジャージ姿の花恋は退屈そうに欠伸を放つ。遠藤のダメな部分を見つけまくってそれを本村さんに突きつけて別れさせるのも一つの手だが、そんなダメダメ人間な遠藤と苗木さんをそのままくっつけていいものかという心情的な問題がある。そのためメインは遠藤が本村さんに幻滅して別れるような何かを探すことなのだが、折角の飛行能力を持った発信機も閉じ込められてしまったらお手上げらしい。そんな中、スマホが鳴る音と、本村さんが話す声が聞こえ始める。
「電話をし始めた。何かいいネタないかな」
お互い無言になって電話の内容を聞こうとするが、クローゼットの中の発信機では盗聴もうまくいかないらしく、断片的にしか会話の内容は聞こえてこない。
『それじゃあ、夢の国の前で待ってるね』
「電話終わっちゃった。友達と遊園地に行くってことかな」
「……電話の相手は遠藤じゃないってわかるか?」
「そりゃわかるよ。遠藤は今部屋でゲームしてるし」
だが、そんな断片的な情報でも時として決定打となることもある。電話を聞き終わった俺は、部屋に乱雑に投げ捨てられていた花恋の服を持って花恋に渡す。
「花恋。今すぐ出かけるから支度しろ」
「はあ? どこに」
「夢の国だよ」
「そんなお金ないでしょ、交通費だけでいくらかかると思ってるの。そりゃ友達じゃなくて別の彼氏と一緒に行く可能性はあるけど、そんなことのためにギャンブルはできないって」
「いいから」
困惑する花恋であったが、俺の真剣な表情に気圧されたのか渋々俺を部屋から追い出して服に着替え、即席で髪を櫛でとかす。そのまま俺達は家を出て、最寄りの駅に向かい電車に乗る。その行く先はテーマパークのある都内ではなく、1つ隣の駅。訳も分からず後に続く花恋と共に駅を出て歩くこと数分、繁華街の中にそれはあった。