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彼女は二股に激怒する

『ふぁ~……数学の授業はいつも眠くなる。おやすみ』


 寝る生徒を続出させる数学の授業中、ベッドのある部屋で教室を監視している彼女もまた睡眠欲には勝てずにもそもそとベッドに潜り込む音が聞こえたかと思うと、すやすやとASMRもどきの声が聞こえてくる。自称親友にお見舞いされたからか、最近の彼女は授業中に不機嫌そうな声を出すこともなく、鼻歌を歌ったり俺に答えを教えたりと精神状態は落ち着いている。そんなことより学校に復帰して欲しいものだが。


「帰りにカラオケ行かない?」

「いいね、メンバー集めは任せて」


 近くでは富永さん達女子グループがひそひそ話で放課後の話をしている。義理は果たしたとばかりに富永さんはあれから俺に花恋について話をすることもなく、教室で花恋の話題を出すこともなく、女子のリーダー格がそんな対応を取っているからか最初から教室に花恋なんて存在はいなかったかのような空気が流れている。花恋という存在を証明してくれるのは、俺の隣にある誰も座っていない机くらいなものだ。数学の授業が終わり、昼休憩になって友人の男子と飯を食いながら彼女がカップラーメンをずるずると啜る音を聞き、午後の授業を受ける。そんな奇妙な日常をしばらく繰り返すこと数日、


『許せない……』


 この日の音楽の授業で皆が課題曲を練習する中、一人だけ自分の部屋でノリノリでアニソンを歌い俺の鼓膜を破壊しようとする彼女だったが、唐突に不機嫌そうな声になる。俺が無反応だったからだろうか。


『悪かった悪かった、今度カラオケ行こうな』

『じゃあ放課後に駅前のまねき。学校終わったらそのまま来て。それはそれとして、二股が許せない』

『はぁ? 吉田はフラれただろ』


 SNSでカラオケデートに誘ってやると、一人で歌うのは寂しかったからかすんなりと受け入れ初デートが決まるが、彼女の怒りは別にあったらしく二股への怒りを鬼のスタンプで表現していた。確かに先日彼女は野球部エースの吉田がマネージャー二人と二股をかけていることを吉田のスマホを覗き見して知っていたが、彼女が手を下すこともなく知らない所でバレて知らない所でフラれ、エースの座すら奪われている。しかし屑な男とはどこにでもいるらしい。


『それとは別にさっき男子のスマホを覗いたところ、遠藤が二股をかけていることがわかったのです』

『はあ、遠藤がねえ。意外ではないか』


 言われてクラスメイトである遠藤を見やると、仲のいい男子と課題曲を無視して流行りの曲を歌っていた。確かにお調子者で軟派なところがあるので、二股をかけていてもおかしくはないか。


『二股男子は女子の敵! 即刻殲滅せよ!』

『あまり他人の恋路に口を出すなよ。バレなきゃ皆幸せなんだからさ』

『は? 二股擁護ですか? まさか私に隠れて他の女といちゃいちゃしてるんですか?』

『俺にプライバシーという概念が無いことはお前が知ってるだろ』


 男と女の感覚の違いというやつだろうか、女子と話が合わない彼女も中身は一丁前に女の子なのだろうか、結局音楽の授業中ずっと怒り狂った挙句、今すぐストレス発散したいから早退してカラオケに来いと無茶ぶりをしてくる。適当な理由で早退してカラオケ店に向かうと、いつもの部屋着姿の何の新鮮味も無い、既に受付を済ませたらしくマイクやタブレットを持った彼女の姿。デートの時は普段とは違う服装にして欲しい派なので帰りに服でも見に行こうぜと追加のデートを誘いながら、カラオケルームに向かいしばらく彼女のよくわからない歌を聴き続ける。1時間近く歌い続け満足そうにドリンクバーで作ったらしい灰色の物体を啜る彼女は、俺が入れた曲を勝手にキャンセルしながらスマホとメモ帳を取り出した。


「というわけで作戦会議。遠藤を地獄に突き落とす」

「それはいいとして、遠藤に彼女がいるなんて話を聞いたことが無いんだが。誰と付き合っているんだ?」


 折角解消したストレスをすぐに発生させながら、自分が二股をかけられた訳でもないのに遠藤への復讐を決意する彼女。しかし学校での彼は女子と仲良く喋る光景は多々あったが誰かと付き合っているなんて話は全く耳に入ってこない。それについて聞くと、彼女は盗撮したであろう彼のスマホの画面をこちらに見せてきた。


「同じコンビニのアルバイトで通信制の高校に通っている苗木ちゃんと、近所のアパートに住んでいる女子大生の本村よ」

「学校関係無いのか……だったら割とどうでもいいな」


 吉田のように学校の生徒と二股をかけるのは色々と問題だ。実際二股をかけられたと知った女子マネージャー二人は酷く落ち込んだ上にお互いの関係もギクシャクして野球部は現在ムードが酷いことになっており、吉田が彼女二人とエースの座を失った程度では解決していないのだから。しかし二股をかけている相手がバイト仲間と近所の人では学校の空気は悪くならない。そのうちバレて振られてしまったとしても、教室で武勇伝かのように語って馬鹿だなお前と笑い話になるようなレベルなのだから。


「どうでもよくない!」

「吉田の時はそんなに騒がなかったじゃないか。何でまた」


 彼女が吉田の二股に気づいた時期はお見舞い事件で彼女が色々と情緒不安定だったこともあるかもしれないが、お見舞いされて彼女の精神状態が落ち着いてからも特にそれについて言及することはなく、別のクラスメイトの監視をしているうちに吉田は勝手に振られてしまった。悪質度で言えば吉田の方が遥かに上だと思うが、それでも彼女には許せない事情があるらしい。


「苗木ちゃんは……私のように不登校になった後に、高校を中退してしばらく塞ぎ込んでいたけれど、一念発起してコンビニバイトで働きながら通信制の高校に通っているらしいの。そんな子の純情を弄ぶなんて、許せない!」

「なるほど。勝手にシンパシー感じてた訳か。んで、もう一人の女子大生は?」

「よく知らない。大学二年生らしい」


 どうやら彼女は遠藤のスマホを覗き見して、そこでのやりとりから彼の交際相手が自分と似たような存在であることを察して密かに応援していたが、遠藤が女子大生とも付き合っていたことを知り激怒したということらしい。彼女は俺のスマホに遠藤が本村という女子大生にデートの誘いをかけているSNSの画面を何枚か送ってくる。


「というわけで苗木ちゃんが働いている時間帯にコンビニに行ってこれを見せてあげて。目を覚まさせてあげなきゃ」

「覚めない方がいい夢もあるんだぜ? 大体これを見せて、苗木さんが遠藤と別れたとして、その後どうなると思う?」

「遠藤が……女子大生と付き合い続けて、苗木ちゃんは気まずくてコンビニバイトを続けられなくなり、また引きこもるように!?」

「それは飛躍しすぎな気がするけれど、遠藤が受けるダメージよりも苗木さんが受けるダメージの方が遥かに多いだろうよ。それと、二つのカップルの会話を見比べてみろ」


 彼女から送られてきた遠藤と本村の会話を眺めてみたが、遠藤の方から積極的に話しかけたりデートの誘いをかけたりと、全体的に惚れているのは遠藤側だと推測できる。一方彼女のスマホに保存されている遠藤と苗木さんの会話はそれとは逆に、苗木さんの方から遠藤に積極的に話しかけていた。


「苗木ちゃんは……間女だってこと!?」

「だろうな。確か遠藤がコンビニでアルバイトを始めたのは今年の1月からだから、二人は長くても3ヵ月程度しか付き合っていないだろうし、一緒にアルバイトをしているうちに告白されたからとりあえず付き合ってる、程度なレベルだろう。一方でこの女子大生は二年生ってことは去年の4月頃に遠藤の近くに越してきたんだろうから、遠藤が一目惚れして交際を申し込んだパターンだとしたら交際期間は1年近くになる。怒った彼女が女子大生と別れてと詰め寄ったところで捨てられるのは本人だろう」

「くっ……作成変更! 遠藤と本村を破局させる」


 ステータスのために彼氏になれという彼女と形式的に付き合いながらも、一応は勉強をしてきたので恋愛事情に関する分析を説明してやると、彼女は焦って遠藤と本村の会話を調べ始める。二股をかけている屑男に天誅を下すよりも、自分と似た境遇の人間の幸せを願う方を優先した彼女は、恋のキューピッドになるために何の罪もない女子大生をターゲットにし始めるのだった。







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