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彼女は親友に見舞われる

「入るぞ……おい、自分で出したもんくらい掃除しろ」


 彼女の泣き声を聞きながら、体調が悪くなったと午後の授業を早退して花恋の部屋へ向かう。ちなみに俺も花恋も両親が日中は仕事でおらず、花恋が学校を休むようになってからは合鍵を渡されている。部屋のドアを開けると、酸っぱくて臭い匂いが辺りに立ち込める。部屋の中ではしもつかれが放置されていた。


「うっ、ううううっ……」


 大量の濡れたティッシュでそれを掃除している最中も、ずっと彼女はベッドで布団にくるまって身体を震わせながら泣いている。少し優しくされただけで勘違いして、勝手に裏切られたと思ってショックを受けて、これが恋愛なら犯罪に発展しそうなものだが彼女は既に盗撮や盗聴という犯罪をしている。


「だから言っただろ、お前にとっては数少ない、いや、唯一の友人かもしれないけれど、富永さんにとってはたくさんいるクラスメイトの、敵対してないだけの存在でしか無いんだよ。お前を大切にしてるのは俺だけなんだ」


 掃除を終えた後、布団をめくって涙でぐしゃぐしゃになっている彼女を慰めて、そのまま服を脱がせようとするがビンタをされてしまう。これだけ元気が残っているなら大丈夫そうだ。


「どさくさに紛れて何しようとしてるの変態」

「お前を求めてるのは残念ながら俺だけだってことさ。で、どうするんだ? 明日も明後日も、来ないお見舞いを待ち続けるのか?」

「知らない! 出て行って!」

「へいへい」

「あ、その袋は寄越せ」


 泣きすぎたのか彼氏からのスキンシップが原因なのか顔を赤くしながら俺を部屋から追い出す、ちゃっかり俺がコンビニの袋を持っていたことに気づいてそれだけ奪い取る彼女。いつもだったら俺が自分の部屋に戻った後も頻繁に話しかけて来た彼女だったが、今はマイク機能を切っているのか何も聞こえてこない。


「うっす、おはよー。昨日の午後どしたん?」

「いやー腹が痛くなってよー、一昨日食った牡蠣があたったのかもしれねえ」

「あー牡蠣怖いよなー」

『……チッ』


 翌日、俺が教室に入ると友人が挨拶をするついでに昨日早退したことについて聞いてくる。彼女がゲロを吐いたので、なんて真実は言わずに適当な理由をつけていると、舌打ちの声が聞こえてくる。俺が心配されるのが気に食わないらしい。彼氏にすら嫉妬するメンタルで授業なんて監視する気にならないらしく、3時間目にはすぅすぅと寝息が聞こえてくるようになった。昼休憩になり、昼食を食べ終えた俺はどうしたもんだかと校内を適当にうろちょろしていると、校舎の陰で隠れるように一人でジュースを飲みながら一息ついている富永さんがいる。クラスの中心的存在として尽力しているだけに、一人になりたい時もあるのだろう。他の女子がいない今がチャンスとばかりに、不意打ち気味に彼女の前に出没する。


「わっ……びっくりした。こんなところに何の用? あ、もしかして誰かに告白するかされるかだったり?」

「暇だから適当にぶらついていただけだよ。彼女が部屋でぐーすか寝てるもんでね」

「永田さんは病気なの?」

「まあ、色々厄介な(心の)病気でね。それでお願いがあるんだけど、お見舞いに来てくれないかな」


 花恋が架空の恋愛エピソードを話したせいで俺が変態扱いになっているからか、富永さんが花恋をどうでもいい存在だと思っているからか、お見舞いに来て欲しいと言う俺のワードに少し笑顔がひきつる。


「え? いや、私が行っても邪魔でしょ。永田さんには江崎君がいるんだから。さとちゃんは彼氏もいないし部屋で寂しくめそめそしてるだろうからって昨日皆でお見舞いに行ったけど」

「彼氏だけじゃ満足できない欲張りな女なんだよ」


 そのまま正論をかましながら断ろうとする彼女。そりゃそうだ、例え仲がそれなりに良くたって、隣の家に彼氏がいる、いつでも看病どころか激しい運動で病状が悪化してそうな子にお見舞いに行こうという流れにはなかなかならないだろう。ましてや花恋はクラスメイトその30、同級生その120くらいでしかないのだから。


「私じゃなくても他に仲良い人が……えっと、他のクラスとか、他の学年とか」

「いないよ。友達の多い富永さんならわかってるだろう、あいつが俺と富永さん以外にまともに会話してないのを」

「うっ……えー、でも、放課後は友達とゲーセン行く予定だし……明日はカラオケだし……」


 恐らく花恋が俺に取り付けた通信機には盗聴機能もあるのだろうが、すやすや状態なので富永さんの前で自分の彼女をディスり始める。こんな面倒なことになるなんて、八方美人は控えようかなぁと言わんばかりに面倒臭そうな表情で目を逸らす富永さん。しかし俺には強力な武器がある。


「頼むよ、ここで一人の時間を満喫していることも、仲良くする優先順位をアプリで管理していることも黙っておくからさぁ」

「……!? ちょ、声が大きいって! な、何で?」


 花恋と一緒に放課後の教室を監視カメラ越しに眺めていた際、花恋は気づいていなかったようだが富永さんが隠れてスマホで何やらクラスメイトの順位を入れ替えたりしていることに気づき、昨日花恋のもんじゃ焼きを掃除している時に録画データをズームするなどしてじっくり確認したところ、富永さんが自分の中でクラスメイトや他クラスの知り合いに序列をつけている、誰と優先的に仲良くするかというデータを管理していたことが分かったのだ。ちなみに俺の名前は下の方に見えたが、花恋は出てこなかったのでもっと下かそもそも登録されていないのだろう。


「教室ではそういうのを触らない方がいいんじゃないかな」

「わかった、わかったから。今日の放課後でいい?」

「話が早くて助かるよ。手ぶらで大丈夫だから」


 俺が見た時は放課後の教室で一人になったタイミングだったが、富永さんの席は一番後ろなのできっと授業中もたまに弄っているのだろう。花恋が今後気づいてしまいショックを受けないためにも、監視カメラだらけの教室では迂闊なことはしないように富永さんに忠告する。急用が入ったから放課後のゲーセンには行けなくなったと伝えるために教室に戻って行った富永さんを見送った後、ふわぁ~と間抜けな欠伸が聞こえてきた。


『……昼か』

「おい、どうせ聞こえてるんだろ?」

『学校で独り言、恥ずかしいやつ』


 今までは花恋と連絡を取る時には電話をしたりメッセージを送っていたが、今は周囲に誰もいないので傍から見れば恋人の幻影と会話をしている痛い男になる。寝ている時は割と幸せそうな寝息を立てていたが、起きたらすぐに不機嫌になる彼女。


「富永さん、放課後お見舞いに来てくれるってさ。彼氏がいるからお見舞いは遠慮してたらしい」

『……!? 信じてた、私信じてた。理雄が邪魔してただけだったんだね』


 彼女の監視カメラと俺の連携プレーの成果を伝えると、途端に上機嫌な声になる。俺と富永さんのやりとりが録画や録音されていたらまずいが、常時監視している彼女が見返すことは基本的には無いだろう。


「悪かったなお邪魔彼氏で。それで、お見舞いに関して一つ問題点がある。わかってるよな?」

『勿論。理雄が帰るのについていく形になるけど、一緒に帰って友達に噂とかされると恥ずかしいし……って嫌がってるんでしょ? 住所だけ教えて理雄は今日は帰らなくていいよ』

「……お前、その部屋を見せる気か?」

『今すぐ片付ける』


 俺以外の誰かにあの部屋を見られたら学校生活が終わるということは流石に理解していたらしく、午後の授業中は慌ただしく部屋を掃除する音が聞こえてくる。ちなみにお見舞いは特筆することも無く終わった。俺の帰宅に富永さんがついてくる形で花恋の部屋に向かい、どうにか普通の根暗な女の子の部屋に戻すことに成功した彼女がベッドで寝たまま喜び、俺が買ったお見舞いの品を富永さんが渡して少し会話するも、すぐに会話のネタが無くなってしまったので『風邪がうつると悪いからもういいよな?』と富永さんを帰らせる。この僅か数分のために、花恋は吐き、富永さんは秘密を知られた恐怖に怯え、俺はそれをネタに脅すゲス野郎になったのだからお見舞いとは実にコスパが悪い。

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