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彼女は親友に裏切られる

 彼女が学校に来なくなって3日が経った。けれどちっとも寂しくない。


『さっきニュースで見たんだけどブンブンが新作のスイーツ出したんだって。帰りに買って来てよ』

『大変、野球部エースの吉田君のSNS覗いたんだけど、マネージャー二人と二股かけてるわ。女の敵ね、バラしましょう』

『ねえ私ばかり喋ってて寂しいから応対してよ。どうせ理雄が勉強したって無駄なんだからさぁ』


 教室に取り付けたカメラでクラスメイトのプライバシーを監視し、俺に取り付けた通信機で授業中でもお構いなくペラペラと喋ってくるからだ。


「せめて授業中は黙ってろよ。漫画なりアニメなりゲームなり楽しんでればいいだろ」


 放課後に彼女の部屋に向かうや否や、俺の持っているコンビニのレジ袋を奪い取りスイーツを堪能しだす彼女。部屋にあるモニターの中では、放課後に部活に行くでもなし帰るでもなし、ただただ教室でダラダラと喋っている暇なクラスメイトがキャッキャウフフと四方山話に花を咲かせていた。


「いつも俺達は学校が終わったらすぐに帰ってたから、クラスメイトがこうしているのを見るのは新鮮だな。やる事ないのか? こいつらは。まあ、漫画読んだりゲームしてるだけの俺達よりマシかもしれないが……」

「他の連中はともかく、あーみんを悪く言わないで」


 暇なクラスメイト達に言及している俺を睨みつける彼女。そんな彼女があーみんと呼ぶ少女もまた、モニターの中でクラスの女子達と仲良さそうにお喋りをしていた。


「自称お前の親友ねえ……」

「親友だもん」


 クラスに馴染むことができずに学校に来なくなってしまった彼女にも、親友と呼べる存在はいる。富永十愛美とみなが・とあみ、クラスメイトからは主にあーみんと呼ばれるスクールカースト最上位の人気者だ。花恋のような陰キャにも優しくしてくれる、良く言えば聖人であり悪く言えば八方美人なわけだが、優しくされるとすぐに勘違いしてしまう花恋は彼女のことを親友だと思っている。


「お見舞いにも来ないのにか? 彼氏の俺は『永田さん学校来てないけどどうしたの?』なんて言われてないぞ」

「う……それは理雄がキモいから話しかけたくないだけ」

「ああそうかい」


 以前からお前にとっては数少ない友人かもしれないが向こうからしたらクラスメイトその30くらいでしか無いんだからあまり勘違いをして迷惑をかけるな、と諭してはいたのだが、恋は盲目ならぬ友情は盲目状態の彼女には全く効果が無い。その距離感のわからなさの結果が今じゃないのか、と言いたい気持ちを堪えていると、


「うんうん、わかるわかる。そうだよねー」


 モニターに向かって彼女が話しかけ始める。実際の教室なら陰キャの彼女が陽キャ集団の会話に参加するなんてできないが、モニタ越しならいくらでも同調する友人Aになれるのだ。教室に監視カメラを取り付けて、自分の部屋にモニタを取り付けてやりたかったことがこれなのか? なんて残酷な突っ込みを、楽しそうにクラスメイトの会話に参加している気分を味わっている彼女の表情を見てすることはできない。今度どこか皆で遊びに行こうよ、なんて話題で顔がひきつる彼女を哀れに思いながら俺は部屋を後にした。



『そろそろお見舞いとか来るよね?』


 昨日の架空会話で自称親友への一方的な想いが爆発したらしく、翌日の授業中の彼女の話題はお見舞いに来てくれるかどうかであった。来るわけないだろとは言えず『俺が毎日来てやってるだろ』とメッセージを送るが、俺と言う存在の有難みがわからない彼女は『あーみんのお見舞いは理雄のお見舞いの1000倍の価値があるんだよ』なんて言う始末。現実は残酷でこの日も富永さんは俺に花恋が学校に来ていないことについて聞いては来ない。というか女子は誰一人として聞いてこない。彼女来てないけどどうしたんだ? と聞いてくる、彼女と会話したこともないであろう俺の男の友人にお見舞いに来てくれないかと頼むなんてことは勿論できず、この日もコンビニでスイーツを買って彼女の部屋に向かうと、不機嫌そうにモニタを見つめる彼女の姿があった。


「皆が私抜きで楽しくお喋りしてるの」

「いつものことだろ」


 最初こそクラスメイトの会話に混ざって一体感を得ていたようだが、自分抜きで盛り上がる日常を客観的に見ることはダメージも大きいらしい。苛々しながらやけ食いをしたらしく、ビッグサイズのポテトチップスの袋と1リットルのコーラのペットボトルの残骸が部屋に投げ捨てられていた。


「外にも出ずにお菓子ばかり食ってたら太るぞ。一緒に運動でもしないか?」

「変態」

「そういう意味で言ったんじゃねえよ……んじゃ帰るからな」

「スイーツ置いて行って」

「カロリーオーバーだ」


 かける言葉が見つからず、袋を寄越せと手をこちらに向ける彼女を無視して部屋を出て、自分の部屋に向かいスイーツを一人虚しく堪能する。教室を監視してクラスメイトの弱みを握ったり盛り上がる話題を知ったりするという彼女の作戦はその目的からすれば正しいのかもしれないが、いかに自分のスクールカーストが底辺かを思い知るという彼女にとっては予想外の、俺からしたら当たり前のデメリットも孕んでいる。耐えられなくなった彼女が諦めて学校に来てくれば良いのだが、と思いながら寝床に就くが、現実はそんなに甘くない。翌日、朝礼が始まる時に花恋の席だけでは無く、彼女よりは地位の高いクラスの女子の席も空いている事に気づく。嫌な予感がする。


「さとちゃん熱が37度7分出たんだって」


 今日は随分とテンションが低いようで、授業中も休憩中もたまに不機嫌そうな溜息やら鼻息やらが聞こえる程度だった彼女。そして3時間目の休憩時間、富永さんのグループからそんな声が聞こえる。


「え、大変じゃん。今日学校終わったらお見舞いに行こうよ」


 花恋が数日学校に来ていないことには一切興味を示していない富永さんだが、花恋よりは遥かに親密だからか別のクラスメイトが風邪を引いたという情報にはすぐに食いつき、花恋が何より求めていたお見舞いを提案する。そのまま持ち前のリーダーシップを発揮し、休憩時間が終わる頃には既に放課後に数人でお見舞いに行くスケジュールが決定した。


『うっ……えぐっ……』


 この差が花恋の精神にダメージを与えたのは明らかで、4時間目の授業中、花恋のすすり泣く声が聞こえてくるようになる。ミュート機能はついていないのだろうかと、どこにあるのかもわからない通信機のオプションを気にしている中、彼女の泣き声はどんどん大きくなり、ついに昼休憩になり、クラスの男子と一緒に弁当を食べようというタイミングで、


『うっ……おっ……おごごごごろろろろ』


 文字にするのも躊躇われるような、嘔吐の声が聞こえてくるのだった。




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