彼女は夏休みをキングクリムゾンされる
放課後に提出し忘れたプリントを書きながら窓の外を見やると、戸田と犬飼さんが一緒に帰っているのが見える。自分から彼氏を奪おうとした女が幸せになるのは釈然としないらしく、微笑ましい光景を見ながら花恋はぶつくさと文句を言い始めたので、機嫌を取るために帰りにスイーツを買って彼女の部屋へ。悲しいがこの日常にも慣れてしまった。
「そろそろ学校行かないとまずいんじゃないか? 学校行かなくなってどれくらい経ったよ?」
「どれくらいだっけ……? まぁ、大丈夫でしょ」
「うーん……」
授業中だろうが花恋は自分の部屋からぺちゃくちゃとお喋りをしてくるので、花恋と一緒に学校に行っていた頃よりも遥かに一緒にいる感がある。それが感覚を麻痺させてしまったらしく、時間の経過に関してあやふやとなってしまっていた。こんな毎日がずっと続く訳が無いのに、ずっと続くとすら思ってしまう。
「……というわけで、私達のクラスではお化け屋敷をすることになりました」
翌日。夜更かしをしたらしく朝からずっと寝息を立てている花恋と共にホームルームで文化祭の出し物決めに参加する。お化け屋敷は準備が大変そうなので適当な展示会が良かったのだが、周りのクラスメイトは皆でワイワイ放課後に作業をしながら立派なお化け屋敷を作りたいらしい。
『ふぁ~』
「おはよう花恋。文化祭の出し物はお化け屋敷に決まったから。しばらく放課後は準備で拘束される」
『承り~……文化祭!?』
「うおっ……びっくりさせんなよ」
学食で昼食を食べ終えて学校をぶらぶら散歩している途中で花恋が起きたので、文化祭について伝えると呑気な声が聞こえて来たかと思ったら、突然驚愕したように大声を出し、ただでさえ俺は客観的にはたまに独り言を呟いている不審者なのに、彼女の大声に驚き不審者ランクを上げてしまう。
『文化祭!? いつのまに!? え、今何月!?』
「えーと……10月だな」
『夏休みは!?』
「そういえばあったな。毎日だらだらしてたよな。お前は学校に行かないのがデフォルトだったから実感が全然無かった」
時間経過があやふやとなっているのは俺達の認識だけであり、現実の時間は着実に進んでいく。その結果、花恋が学校に来なくなってから約半年が経過しており、夏休みは語るようなエピソードも無いまま消化されてしまったらしい。
『そんな……夏休みのイベントは? プールとか、夏祭りとか、同人誌即売会とか」
「お前プールで遊ぶとかそんなキャラじゃないだろ。一応俺は誘ったぞ? プールでも行かないか、とか。祭りがあるみたいだから行こうぜ、とか。その度にお前は何でわざわざ外に出なくちゃならないの、なんて言いながらアイスを頬張ってジュースを飲んでだらだらしていた」
『だって……夏休みだと思ってなかったから』
夏休みが終わっていたことが余程ショックらしく、スタンド攻撃を受けているなんて妄言を繰り返す花恋に笑いを堪えながら、夏休みの思い出を振り返るが本当に何もない。俺も夏休みに一緒に遊びに行く程の親しい友人はいなかったし、毎日だらだらして、たまに花恋の部屋に行って、たまに花恋が俺の部屋に来て、それをしているうちに1カ月半は終わってしまったのだ。時間感覚がおかしくなってしまうとは、引きこもるって怖いんだなぁと実感しつつ、せめてもの夏の思い出に放課後にコンビニでかき氷を買って花恋の部屋へ。
「さ、寒い……うう、私の夏が、高校二年生という最高に解放された時期の夏が、終わるなんて」
「毎日が日曜日なのに何で夏に拘るんだよ……」
既に10月でそこそこ寒く、かき氷を食べながら震える花恋はずっと夏が終わってしまったことに絶望している。何でそんなに拘るのかと疑問に思っていたが、花恋の部屋の床に置かれている漫画をペラペラとめくって察する。そこではリア充な学生が夏休みに色んなイベントを満喫していた。傷つくだけなのだからこんな漫画読まなきゃいいのに。
「ネットで知り合った友達も、夏休みに彼氏とデートしたなんてマウント取ってくるし……ああ、久々に苗木ちゃんのSNS見たら遠藤と同人誌即売会行ってる……」
「ネットでもまともな交友関係が築けていないようでお兄さん悲しいよ。学校に戻って、来年はちゃんと夏休み楽しもうな?」
「来年は受験のストレスとかありそうだし……そうだ、今から夏休みのイベントを消化しよう」
漫画の中の煌びやかな青春への憧れを捨てきれないらしく、夏休みの時に俺の誘いを断った癖にデートに、それも人が多いのは嫌だからと平日に誘ってくる。翌日、有給を取った俺は花恋と一緒にスポーツジムへ。といっても目的は筋トレやランニングでは無くフィットネス用の温水プールだ。
「しかしスクール水着って。恥ずかしくないのか」
「へ、平日だし……少しきつい」
「お腹がな……」
「胸!」
花恋は水泳の授業も生理を使い続けてサボり、友達と一緒に泳ぎに行くなんてイベントも経験しなかった結果、水着を持っておらず小学校の頃に使っていたスクール水着が不幸にもそのまま使えてしまったのでそれで泳ぐ羽目に。平日の昼間のジムのプールは、大学生やおばちゃんがメインで俺達のような高校生はどうしても居心地が悪い。花恋は小学生だが。
「何か青春って感じがしない……」
「プールの青春イベントっていうと、水着が流されたり?」
「うう……スクール水着じゃ無理」
「冷静になれよ。何で水着が流されることを望んでるんだ。漫画への憧れでおかしくなってるぞ」
ジムを普通に利用している客への迷惑にならないように、プールを歩いて往復したり、たまに花恋の犬かきを見守ったり、夏休みの間にまた太った気がする花恋の運動不足を解消しながら一つ目のイベントを消化する。ジムを出た俺達は次なるイベント、10月の夏祭りのためにショッピングモールに向かい、いつも売っているチェーン店のたこ焼きと、期間限定で売られておりそこそこ並ぶ必要のあるオシャレなりんご飴を購入する。たこ焼きとりんご飴を食べておけば夏祭り感があるらしい。
「りんご飴買って来たぞ……どうしたんだそれ」
「夏祭りと言えば! くじ!」
イートインスペースにりんご飴を持っていくと、机には花恋が買って来たたこ焼きとは別にスクラッチの宝くじが10枚置かれていた。目指せ100万円と息巻きながらスクラッチを削り続ける花恋だが、現実は3000円購入して300円のリターン。もっとも夏祭りのくじの再現という意味では最高の結果なのだが。
「最後は同人誌即売会!」
「漫画でリア充達はそんなものに参加していたのか?」
たこ焼きとりんご飴を食べ終えた俺達は、最後のイベントである同人誌即売会を再現すべくアニメショップへ。20ページで数百円というコストパフォーマンス最悪の薄い本を眺めながらオタクは金かかるんだなあとしみじみしながら花恋の買い物に付き合うも、ピンクののれんの前で彼女は立ち止まる。
「……」
「どうしたんだ、躊躇して。お前この前エロいアニメ見てただろ、今更何を」
「あれはネットでの買い物だし……現実の18禁ゾーンは勇気が……」
「こういうのは堂々としてればいいんだよ」
のれんをくぐる勇気が出ない彼女に可愛いところ? もあるなぁと思いつつ、何の躊躇いも無く俺は代わりにのれんをくぐる。今よりも性欲が強かった中学生時代、友達と一緒にエロ本やエロビデオをこっそり買ったりしていたのだ、こんなのは障害のうちに入らない。俺が先陣を切ったことで勇気が出たのか、花恋の好きそうな同人誌を探していると彼女も中へ入ってくる。
「入れた……ついに入れた……ピンクの園へ!」
「おめでとう花恋。その勇気があれば、学校だってすぐに行けるようになるさ」
アニメショップの18禁ゾーンという最悪の場所で、彼女の勇気はレベルアップする。こうして卑猥な同人誌数冊と共に、俺達は夏を取り戻したのだ。




