彼女はオタクを監視する
「そもそも文武両道なフリーの男子がいたとして、両想いにさせないといけないんでしょ? 無理ゲー」
「犬飼さんの方は文武両道なら見た目は気にしないみたいだし、男子高校生なんて付き合えるチャンスがあるなら付き合うって」
「女の言う『見た目は気にしない』を真に受けるな」
「ほほう、つまり俺はイケメンだと」
「自意識過剰乙。つうか学校であの女と会話するな」
「隣の席なんだから無視するのも不自然なんだよ……」
花恋による恋のキューピッド作戦を開始してしばらく、犬飼さんは本当に俺を諦めてはいないらしく、フラれた翌日であっても俺への対応に変化が見られないどころかより積極的になっている節がある。思い切り無視するのも一つの手だが、事情を知らないであろうクラスメイトからしたら俺が冷たい人間に見られてしまうだろう。悲しいかなこのクラスから花恋という存在は消えつつあり、クラスメイトは俺と犬飼さんがお似合いだと茶化して来るのだ。おかげで花恋の機嫌は悪くなり、俺も花恋が他の男子ばかり観察していることに対して機嫌が悪くなるという複雑な恋模様。
「あー無理。……ん、この男子チラチラとこの女を見てるな。さては気があるな」
「誰よ?」
「名前がわからない。ほらこいつ。隅っこの。根暗っぽいの」
「えーと……戸田、だったかなぁ?」
放課後に録画した教室のデータと睨めっこしているうちに、複雑な三角関係に気づいてしまったらしくその男子に着目する。教室の片隅で内職をしていると思いきや、時折犬飼さんの方をこっそりと眺めている男子。かろうじて名字は俺もわかるものの、普段つるんでいるグループが違うのでそれ以外の情報が全くない。
「授業中に何か読んでる……あー、わかったわかった。萌え系ラノベ。キモオタ乙」
授業中の彼の様子を見ながら、自分の本棚から彼が読んでいるらしい、表紙の過激なラノベを取り出すキモオタ彼女。男子ならともかく女子がこんな本を読んでいることには触れず、戸田のスペックをどうにかして思い出す。
「勉強が出来るイメージも無いし、体育の授業で活躍してる印象もないなぁ……」
「勉強と運動が出来てたらオタクなんかにならないって」
「酷い偏見だよ全く。どうにかして二人をくっつけられないものか……戸田にも俺と同じく改造計画を実施するのはどうだ」
「そんな一朝一夕で頭は良くならないし運動も出来ないでしょ。理雄の頭脳は私による偽りの天才だし、運動だってある程度の素質が無いと。こいつ見るからにもやしっ子だし。イケメンでも無いし、女子からしたらアウトオブ眼中」
「見た目やスペックが全てじゃないだろ。性格とか」
「性格が良いオタクはこんな卑猥なラノベを読まない! ……ぐはっ」
平凡なスペックの、言葉は悪いがモブという表現が良く似合う、休憩時間には教室の片隅でオタク仲間とひそひそ話を繰り返すような彼を花恋はこき下ろすが、ブーメランがどんどん刺さってしまったようでフラフラとベッドに向かいうつ伏せになって動かなくなってしまった。見た目やスペックを理由に花恋と付き合っている訳ではない身としては可能性はあると思いたいが、俺達の場合は幼馴染という強力な関係からなる非常に長い年月という要素がある。おそらくはほとんど会話もしていないであろう二人をくっつけることは現実的に可能なのか、それで幸せになるのだろうか。
「あ、おはよー江崎君。いやー今日は寝坊しちゃってさ。髪も普段よりくしゃくしゃで恥ずかしい」
『絶対嘘だろ待ち伏せてただろムカつくムカつくムカつく』
「おはよう犬飼さん。いい加減俺のことは諦めてくれないかな、富永さんに聞いたよ、文武両道な人とばかり付き合ってはすぐに別れるって。表面的なスペックだけで恋愛なんてするからそうなるんだよ。花恋はスタイルも悪いし性格も悪いけど、それでも10年以上一緒にいるからうまくやっていけるんだ」
「でも学校に来てくれないんでしょ? 恋人っていう一番の味方が一緒のクラスにいるのに学校に来ないなんて、私は考えられないな。本当にうまくいってるの?」
『……』
悩みながら翌日になり、通学路で犬飼さんとばったりあって流れで二人で学校に向かう。その最中に彼女の文武両道な人なら友達が狙ってようが彼女持ちだろうが構わないというスタンスでは上手くいかない、と説得を試みるが、これ以上ない正論でカウンターパンチを食らってしまい呪詛を呟いていた花恋共々言葉に詰まってしまう。彼女の言う通り、俺が普段から花恋の悩みを聞いていたりすればこんなことにはなっていなかっただろう。幼馴染としての関係を続けすぎて、ステータス目的で花恋に告白されて付き合うことになってもそこまで必死になってカッコいい彼氏になろうとしなかった。俺の部屋か彼女の部屋で二人でダラダラするような、誰にも邪魔されない環境が心地よくて、学校ではきちんと恋人として振舞ってやれなかった。その結果が今なのだ。
「すぐに学校に来るから。それでうまくいってることを証明してやるよ。俺のことはもういいだろ、犬飼さんはモテるんだからさ、自分のことが好きな男子と付き合ってみたら?」
「え、ひょっとして心当たりあるの? 教えて教えて、どんな子?」
「今は言えないかな」
若干恥ずかしいセリフを口にした後、それとなく自分に好意を寄せている男子と付き合うべきだと誘導しようとする。犬飼さんは興味津々のようだが、流石に俺自身が戸田とほとんど会話もしていないのに勝手に話題に出すのはまずいな、と一旦は誤魔化す。そして学校に到着し授業を受け、休憩時間に戸田がトイレに向かったので俺も一緒にトイレに向かう。
「なぁ戸田、授業中にたまに視線を感じるんだけどさ」
「……! い、いや、それはその」
「悪い。俺そういう趣味ないんだよね」
『うわ、最低。ギャグとしても面白くないしそういうのをネタにする時点で時代錯誤』
「うぇえっ!? いや、違うって」
「冗談冗談。犬飼さんが好きなんだろう? 最近彼女にアプローチされてるけど、俺も彼女いるし断ってるから安心しろって」
「……」
「どんなとこが好きなんだ? 告白はする予定なのか?」
「明るいところとか……朝に出会った時とかも、話しかけてくれるし……僕は江崎君と違って、勉強もできないしスポーツも苦手だから。悪いんだけど、あんまり茶化さないで欲しいかな。くっつけようだなんて、そんなお節介もいらないから」
『だからオタクはモテないんだよ、努力しない癖に恋愛がしたい、陰キャの癖に陽キャが好きだなんて、やれやれ……ぐふっ』
軽い冗談も交えつつ、戸田が犬飼さんが好きなことを確認する。好きになった理由を正直に教えてくれたが、告白したってフラれるだけだから、と少しムッとした表情でトイレを出て行ってしまった。今までロクに会話もしてこなかったのに突然距離を詰めようとしすぎたか。
『学校近くのゲーセンに来て。最近動画で見てやりたいのがあるんだけど、調べたらそこしか導入されて無かった』
その後も花恋には戸田を重点的に調査させていたのだが特に進展は無く、気分転換がしたいのか、朝に犬飼さんに言われた言葉を気にしているのか、彼女の方からデートの誘いをかけてくる。財布には1000円しか無いが断る理由も無いので、放課後になり学校近くのゲーセンで彼女と現地集合。学校帰りでは無い彼女は私服だが、俺は制服なので見回りの教師がいないことを祈る。
「このクレーンゲームはいわゆる確率機って言って、一定額お金を入れないと取れないようになってるんだけど、ネットで見つけたこのコマンドを使えば……あ、あれぇ?」
「そんなもん対策されてるだろ……ん? あれ戸田か?」
ネットで見つけた攻略法でぬいぐるみを荒稼ぎしようと目論むも、早々に当てが外れて何のために時間をかけてここまで来たのかと項垂れる花恋の醜態を眺めていたのだが、家がこの付近にあるのだろうか、私服姿の戸田が店内にいることに気づく。ムキになって俺の小遣いごとお金を溶かし始める花恋を放置して、俺は戸田をこっそり観察することにした。




