彼女は学校に来なくなる
「学校行きたくない」
「行けよ」
高校二年生になってしばらく、隣の家に住む幼馴染の彼女、永田花恋は俺こと江崎理雄の部屋に来るなり布団にくるまってガタガタと震えながらそう言った。
「段々と周りの女子の会話に合わせるのしんどくなってきたし、年を取ると共に空気を読むスキルを求められるようになるし、もうゴールしてもいいよね?」
「駄目に決まってるだろ……お前が『スクールカーストのために彼氏が欲しい』だの言いだすから彼氏になってやったんだからな? 本当だったら俺はクラスのマドンナに告白して付き合っていたり、俺のことを好きな後輩から告白されて付き合っていたりしてバラ色の青春を送っていたはずなのに」
「それはない」
「……」
妹のような存在だと思っていた彼女からしょうもない理由で告白されてから半年。一応周囲にはカップルを公言してはいるし、俺の方は恋人らしいことをしようとは思っているのだが、彼女にとってはただのステータスらしく、引きこもり体質なのも相まってデートすら一度も行ったことはなくたまに俺の部屋に転がり込んでダラダラするという小学校の頃から変わらない関係。それだけでももやもやしていたのに、彼女が学校に行きたくないと言い出すのだから頭を抱えるばかりだ。
「折角彼氏を作ってスクールカーストの上位組に潜り込んで安泰だと思ったのに、皆デートの話だとかエッチの話だとかでついていけない! ネットで調べたデートやエッチなエピソードを話したら理雄がド変態だってことになった!」
「何てことしてくれるんだよ……俺が学校行けなくなるだろ」
映画を見に行こうぜと言えば家で見ればいいじゃんと言われ、服でも買ってやろうかと言えばどうせ外出ないしと言われ、初体験どころかデートの実体験も語れずに気づけばクラスの女子の間で変態扱いされていたという悲しい事実を目の当たりにしてふて寝をしたくなるが、残念ながら布団は彼女に占拠されている。
「とにかく私は疲れたからしばらく休む。けれども安心して、学校に戻るための準備は既に済んでいるから。アイルビーバック」
学校に来ないならもうステータスとかどうでもいいだろと別れ話を切り出そうとする隙も与えず、彼女は部屋を出て行ってしまう。彼女の温もりが残る布団でふて寝しながら、明日から俺は変態どころか彼女を不登校に追いやった屑男になるのだろうかとげんなりするのだった。
「それじゃあ次の問題を、木村」
翌日、本当に彼女は学校に来なかった。誰一人として一応は彼氏の俺に風邪引いたの? なんて聞いて来ないあたり、彼女のクラス内での立ち位置が伺える。学校に戻るための準備は既に済んでいると豪語していたが、時間が経てば経つほどお前はクラスの中でどうでもいい存在、もっといえば異物になってしまうんだぞと彼女の心配をしている場合ではない、この教師は席順で当ててくるから次は俺の番だ。授業に集中していなかったのでさっぱり次の問題の答えがわからない。集中していてもわからないが。
『ニカラグア』
持つべきものは賢い彼女。こっそりと答えを教えてくれたことに感謝しつつ、隣の席を見る。しかしそこには恋人関係になってからは席替えのくじを交換して毎回隣にいたはずの彼女の姿はなかった。
「それじゃあ次の問題を、江崎」
「ニカラグアです」
「お、よくわかったな。ニカラグアの特徴はだな……」
幻聴を聞いてしまうとは、どうやら俺は自分が思っていたよりずっと彼女の事を大切に思っていたらしい。学校が終わったらすぐに彼女を説得しに行こう、俺が守ってやるから一緒に学校に行こうと抱きしめて、そのまま初体験に持ち込もう。
『学校終わったらスーパーでプリン買ってきて。300円の高級なやつ』
買ってやる、買ってやるともと幻聴に答えながら、彼女との思い出を振り返るが何も無い。これから思い出を作っていけばいいさともう当てられることはないので授業は上の空でデートのプランを考える。
『理雄の二つ前の男子、授業中にスマホでエロい漫画読んでる。チクろうチクろう』
「……」
一時間目の授業が終わるや否や、俺は教室を飛び出して人気の無い場所に行き彼女に電話をかける。
『何なのお前。テレパシー使えるの?』
『テレパシーだなんて非科学的な。昨日理雄が寝ている隙にこっそり通信機を取り付けたの」
『非倫理的過ぎるだろ……』
『そしてクラス中に監視カメラもつけた。これでクラスメイトの好みとか弱みとかを知っていつでも復帰できるようにする』
問題発言を繰り返す彼女。こんな彼女を大切に思っていた自分が恥ずかしい。頭をぶんぶんと振ってみたり耳を触ってみるが、『無駄だよー』という彼女の声が聞こえてくる。まさか皮膚の中にでも埋め込まれたのだろうか。
『というわけで理雄は私の手伝いをするように。その代わりに優等生にしてあげよう』
『中の下の俺がいきなり賢くなったら怪しまれるだろ』
彼女の滅茶苦茶な学校復帰計画を聞いているうちに次の授業のチャイムが鳴り、電話を切って教室に戻る。結局この日は彼女のお喋りにスマホで返答するという謎のやり取りをして学校が終わってしまい、スーパーでプリンを買って彼女の家に向かう。いつも彼女が俺の部屋に上がり込んでごろごろするばかりだったので彼女の部屋に行くのは久しぶりだが、恐らく酷いことになっているに違いない。
「乙女の部屋に入らないで欲しい。プリンはよ」
「この部屋のどこに乙女要素があるんだ」
最後に彼女の部屋に来たときはもう少し少女の部屋だった気がするが、今の彼女の部屋は暗い部屋の中にたくさんのモニタがありそれぞれが教室のどこかを映しているという狂気に満ちたものであった。モニタのうち1つは彼女の部屋を映している。いや、これは俺の頭にカメラが取り付けられているようだ。
「プライバシーの侵害にも程があるだろう……」
「それを言うなら理雄はセクハラにも程がある。昨日の10時頃にパソコンであんなものを見てあんなことをするなんて」
「モニターを消せよ!」
勝手に人の日課を覗き見ておいて顔を赤らめる彼女にプリンを渡し、改めてたくさんのモニタを見る。引きこもりやニートの事を自宅警備員と言うが、彼女は教室を警備するつもりなのだろうか。
「私はこれで、教室の支配者になる!」
「そんなこと言ってるから友達いないんだよ……」
「少ないけどいるもん!」
こうして彼女の、教室の支配者になってついでにクラスに溶け込むという壮大で下らない計画がスタートするのであった。