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2話 火炎球は燃やし尽くす 


「ば、ばかな!? おぬし、何者だ?」

 司祭は顎が外れたのかしばらく黙っていたが、ようやく声をひねり出した。


「それじゃあお世話になりましたー」

「ま、まて! ぜひとも教会で迷える信者を導こうではないか。われらは歓迎する。おぬし! 不自由はさせんから! せめて名前だけでも」

 

 手のひらを返してこびを売る司祭にかまわず、エリーは俺の手を引いて教会を出た。


 教会からずいぶん離れた露店通りまで来たところで、エリーはようやく走るのをやめた。


「お前は何か知っていたのか? どうなってる? 俺はオールゼロだったのに」

「ううん。でも、ウィルがすごいってことは私にもわかってたから」


 手で顔を隠すのは、照れ隠しだろうか。エリーが俺のことをすごいと思っているのは、あくまで俺ではなく大人の男が自分と違ってすごく感じているに過ぎない、はずだ。


 見つめられすぎてこちらが恥ずかしくなり、なにかないかと持っていた羊皮紙を広げてもう一度その数値を確認した。

 

「あれ、こんなに」

 

 スキルの欄、その一番上にあるのは『吸収』。以降に『聖なる金糸』『土壁』『火炎球』『沸き立つ血』『神回避』『氷撃』とあった。属性値が高いことに動揺して気づかなかった。



 十五の頃とはまるで別人だ。あの水晶が壊れていたと言われたほうが納得できる。なんの価値もないと言い放たれたスキル『吸収』。それ以外に、複数のスキルがある。習得した記憶がない。


「ん? 通りが騒がしくないか?」

 大通りを、司祭の従者らしき格好をした者たちがせわしなく走っている。左右に目をこらして、誰かを探しているようだ。


「あれは、私の読みだと、ウィルをさがしてる。貴族なら正式な手順で引き入れるための交渉をすると思うけれど、平民や貧民なら教会の地下に幽閉してしまうんじゃない?」

 あごに手を当てて考える仕草で言ったけれど、物騒極まりない。


「俺の話だよね? 幽閉って、人体実験でもされちゃうの? まずいよ逃げなきゃ」

「うん。今日は帰りましょ。あっ、せっかくだから私の部屋でお祝いしよっか。二人ともいい結果が出たんだもの。そうと決まればお料理はなにがいいかなー。何食べたい?」


 一気にお祭り気分になっているエリーだ。切り替えが実に早い。


「うわ、教会総出で探してないか? かなり多いぞ」

 同じローブに身を包んだ者たちは、いつの間にかそこら中にいる。あれは似顔絵だろうか、人の顔が描かれた紙を持って近くの者と見比べている従者もいる。

 あまりうまくないな、実物はもっといい顔をしているのに。描いた者は誰か。


「あと、お姉ちゃんはこれないと思うけど、それでもいい?」

 後ろを歩くその娘が、どことなく不安げな表情で聞いてきた。なにか不都合でもあるのだろうか。

「問題ないよ? さっ、のんきに離している場合じゃないんだよ。裏道を行くぞ」



 翌日。

 衝撃的な一日を終えた俺は、今日も朝から店番をしていた。


 昨日、人生で二度目の鑑定の儀を受けその振り切った各属性値を目にしても、だ。

 まあ、いきなり休むとなると、代わりに勤務する者を用意しなければ現場は回らない。店を開けられないとなれば、この王都を拠点に活動する冒険者に迷惑がかかってしまうからな。 それはまずい。


「お兄さん、これもっとないの」

 肥えた大剣を背に担ぐ男性が、魔法障壁のスクロールをこちらに掲げながら言った。

「あー、出ている分で全部ですね」

 重複してかけることができる防御魔法で、一時的とはいえ枚数次第では極大魔法もはじくことが出来るとされ、信頼の厚い売れ行き商品だ。

 ゆえにすぐ品切れとなる。


「またくるわ」

 カランカラン、と小気味よい音ともに扉は閉まった。

「はーいおつかれ。今のは客か? なにも買ってなかったようだが。冷やかしならさっさとおっぱらっていいんだぞ。ここは高級店だ。貧民は店内にいるだけで営業妨害だからな。がっはっは」


 ボリボリと腹をかきながら、異様なほどに派手な衣服で脂肪を包んだ男が入れ替わりで入ってきた。冒険者向けの商品を販売する店を、王都に全五店舗、所有、経営している男だ。


「はいバレリーさん。六店舗目はどうでした?」

「あ? だめだな。施工管理がなってない。計画通りに進められんのかまったく。おい、売り上げ報告は」

「はい」


 今日はわりと早い時間にきたな。

 前日の報告から現時点までの売上金と、全商品の在庫が記載された書類に、発注書、破損や盗難があった場合の詳細を記載した書類を手渡す。

 店の扉を挟むように立つ魔法駆動の騎士が盗人を切り刻んでしまうので、盗難など店員がやらないかぎり起きないのだが。


「うむ、ぼちぼち、か」

 ベロリと指をなめて紙をめくるバレリー。今日は朝から飲んだようで、酒くさい。

「来月も盗難はないよう頼むぞ? 破損などもっての他だがなっ!」

「はい」


 どうせ一日に何度も来るのだから、お前が店番をやれよと思うのだが、黒い噂の絶えない商人や貴族と友好を深めるのに忙しいようだ。

 

 俺がこの高級店を任されたのは、訳がある。


 それはもちろん、無属性だ。

 十五歳の鑑定の儀において火属性の数値が高ければ、それを生かせる職に就ける。スキルは後から教えてもらえる。扱えることがわかった時点で取り合うとなる属性もある。水属性はあらゆる職で重宝されるし、風属性も悪くない。最近発表された魔術理論に関する研究で、土属性の有用性も立証された。

 

 様々な職がある中で、不動の人気を誇るのが冒険者。

 有名な冒険者になれば、どの地に訪れても黄色い声援が送られ、国賓として迎えられ、凶暴な魔物を一刀両断にして山と積まれた金貨を手にする。

 どんな子供も一度は夢見る。俺だってそうだ。だから手にはこんなに剣を振ってできたまめがある。


「聞いているのかウィル。大手クランの連中が来れば、消費期限が近いポーションを積極的に売り込め。多少強引に出てもやつらは買う、金があるからな。お前は無属性なのだから、同情を買って物を売れ。うまかったか、がっはっは」

「はい」


 そう、無属性は戦うすべがない。スキルを持てず、生身で剣を振るうか、矢を射るしかないのだ。魔物の一撃を食らうだけでバラバラにされてしまう。

 店主のバレリーはそこに目をつけた。


 この店には冒険者が結果を出すために有益な物がたくさんおいてある。ゆえに破損したと嘘の報告をしたり盗難にみせかけたりして商品をくすね、冒険者としてデビューするものが後を絶たなかった。 

 監視のために複数人で勤務に当たらせてもそれは同じだった。

 

 どんなに勤勉な者でもここに置いてある金貨五十枚相当の剣があれば、数日で給与の一年分を稼げることに気づく。


 わずかな属性さえあれば、覚えたスキルで身を守りつつ武器をふるえばいいのだ。


 俺にはその可能性がないと、バレリーはたかをくくっているわけだ。今までだったらそうだった。

 だが、今は。


「……」

「それじゃ、続きをたのむぞ。掃除をしておけ、ほこりが積もっていたぞ」

「はい」

 

 カランカラン、と鈴を鳴らし、太った嫌みな野郎はようやく帰った。


「暇だし掃除するか」


 掃除は定期的にしているので、ほこりをかぶっているものはなかった。それもそうだ、掃除ぐらいしかすることがないからな。

「これ、いい物なのにずっと売れてないや」

 

 カウンターの下段に立てかけてある魔導書。複数回記述された魔法が使用可能で、お値段金貨五枚だ。なんのスキルだったか忘れたので、ペラペラとめくる。

「ん? 『火炎球』って」


 俺が習得済みになっているスキルにも『火炎球』がある。

「いやいや、そんなわけ」


 カウンターの後ろ、一番目立つところに飾ってある大斧を見つめ、その説明が書かれた書を本棚から引っ張り出して確認する。

 そこには、断罪の大斧 特殊効果『沸き立つ血』とあった。やはり習得済みのスキル名と同じだ。


「‥‥」

 客がいないことを確認し、店の裏手に出る。

 外は頭の高さまである気の柵で囲われており、芝が生え真ん中に一本の木がある。休憩にはちょうどいい。

 扉の脇で立ち上がろうとしている駆動騎士を強制停止させて、そばに置かれている丸太に腰掛け、呼吸を整える。 

「ふう‥‥ためしてみるか」


 両手に力を込めるように集中すると、手のひらが熱くなるような、むずがゆいような感覚がしてくる。

 これはいけるかもしれない。

 木に手を向けて『火炎球』と念じてみる。


「うわっ!」

 両手の前に突如として現れたメラメラと燃える火の玉は、木の幹に大きな穴を開けた。

「これが火属性のスキルか‥‥。って、まずい! この穴がばれたらクビだ‥‥」

 強制停止した駆動騎士がガシガシと鎧を打ち付けてやかましい。中は空っぽの鎧なのに、驚いているように見えた。

 スキルが近くで使われたから、それに反応しているのだろうか。

 

「おーい、誰もいないのか。ハイポーションを買いたいんだが」

 店内から大きな声が聞こえる。客がきていたか。

「はーい。ただいま参ります」

 

 とりあえず応急処置? として、椅子として使われていた丸太を開けてしまった穴にはめ込んで、駆動騎士を再起動し、カウンターへと戻った。


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