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そして、報酬を得る

……………………


 ──そして、報酬を得る



 ミカエラたちは依頼通りに“魔狼の刃”を殲滅した。彼らが隠していた屍食鬼も同様に。だが、吸血鬼ヒルデブラントについては取り逃してしまった。


 これをどう依頼に反映させるべきか。


「吸血鬼とやり合ったんだぞ? それは絶対に報酬に反映させるべきだ」


「だが、我々は吸血鬼を倒したわけではない」


「そりゃそうだが……。けど、あたしらが足止めしてなかったら、今頃全員が屍食鬼に変えられていたかもしれないんだぞ?」


「むう。それはそうだが……」


 とにかく、市議会の判断待ちということになり、ミカエラたちは宿で過ごす。


「吸血鬼、いっそ倒しちまったことにするか?」


「詐欺はダメだぞ」


「だよなあ。流石にバレるか」


「バレるバレないの問題ではない。人としての倫理観の問題だ」


「はいはい。しかし、あの吸血鬼野郎、夜明けが近づいて来たからって速攻で逃げやがって。チキン野郎め」


「あれ以上戦っていたら、我々の方が不味い状況になっていたかもしれない」


 ミカエラはまだヒルデブラントの実力を完全に把握はしていなかった。あれだけの殺気を放っていながら、あっさりと撤退したところを見るに、頭の切り替えは素早い。それは武人としても優れた点だと言える。


 そして、あの不死身の肉体。


 レヴァナントも恐ろしい敵だったが、ヒルデブラントはそれ以上だ。回復速度はレヴァナントと比較できるものではなく、肉塊からあっさりと元の姿に回復する。向こうもミカエラたちに打撃を与えることはできなかったが、ミカエラたちとてヒルデブラントに有効な攻撃だったのはディアナの疑似太陽ぐらいのものだ。それも決定打にはならなかったから、効いているとは言い難い。


 あのまま斬り合いをなんとか続けて、朝が訪れていればミカエラたちも勝利できたかもしれないが、その前にミカエラかディアナのいずれかが、やられる恐れは十二分にあった。あの神出鬼没な攻撃に応じ続けるのは神経を損耗させるのだ。


「次に会った時は勝てると思うか?」


「勝たなきゃあんたは納得しないだろう」


「だな」


 強敵には勝ちたい。少なくとも勝敗は決したい。


 負けたなら負けたでいい。だが、逃げられて不戦勝になるのは納得できない。


 それに何度も負けるつもりはミカエラにはなかった。次こそはヒルデブラントに勝利する。相手を殺すことが勝利であるならばそれを目指すし、相手を無力化することが勝利だというのならばそれを目指す。


 いずれにせよ、そう簡単に負けるつもりはなかった。


「だが、勝負の前に伯父上の話を聞いておきたいものだ。伯父上は自分が吸血鬼と旅をしていたなどとは一言も語らなかった」


「あたしのうちに来た時もあいつはいなかったね」


 本当に一緒だったのかねとディアナが興味なさそうに呟く。


「私は聞いてみたい。今、伯父上に会うのは不可能。私は国を追放された身だ。だから、あの男から聞き出すしかない。あの男から、ヒルデブラントから、伯父との旅で何があったのかを聞いておきたい」


「そうかい。相手がいきなり殺しに来なきゃ、その選択もありだろうけどさ」


「他の魔物と違って言葉が通じるのだ。何とでもなるだろう」


「楽観的だねえ」


 ディアナはそう言って肩をすくめた。


「それにしても報酬だよ、報酬。吸血鬼の分も含めてもらわなきゃ、気が済まないよ、あたしは。前にも吸血鬼とやり合ったことはあるけど、連中はタフなことこの上なくて、厄介なことこの上ないんだ。ちゃんと報酬をもらわなきゃやってられないよ」


「しかし、いくらぐらいが相場なのだ?」


「うーむ。吸血鬼が討伐できていれば1000万ドゥカート。そうでないなら300、400万ドゥカートってところだろう」


「随分と取るな」


「こっちは命張ってるんだからね」


 当然だというようにディアナが述べる。


 確かにミカエラたちは命を懸けてヒルデブラントと戦った。そのことは間違いない。だが、それに値段をつけるということは自分たちの命に値段を付けるようなことではないだろうかともミカエラは思うのであった。


「ミカエラ様、ディアナ様、それから“鋼鉄の虎”の皆様方。市議会議長どのがお待ちです。どうぞこちらへ」


「分かった」


 ミカエラは衛兵に案内されて市議会の中を進む。


 かつて自由都市だったそうだが、今は自治権を認められた領邦の中のひとつという立場らしい。だが、これだけ豊かな街を治めているということは、それなりの権力者なのだろうとミカエラは思う。


 敬意は血筋にのみ払うのではない。その人間の実力に払うべきだ。ミカエラはそう考えている。だから、この大都市の繁栄を維持している議長にも敬意を払うべきだと、ミカエラはそう思った。


「こちらになります」


 衛兵が部屋の扉をノックする。


「ミカエラ様方をお連れしました」


「おお。お通ししなさい」


「はっ」


 中から老人の声がして、扉が開かれる。


「ようこそいらっしゃいました。この度の“魔狼の刃”のことについてはご迷惑をおかけして大変申し訳ない」


 議長は予想外なことに女性だった。


 50、60歳ほどだろう。ミカエラとは違う艶のない老人の白髪をシニヨンにして纏め、立ち上がってミカエラたちを出迎えた。


「いえ。お気になさらず」


「そういうわけにもいきません。この都市で小国家連合の英雄とも呼ばれる方々が襲われたのです。責任は重大です。もし、本当に何かあったならば、私自身も職を辞す覚悟で、依頼をさせていただきました。それが……」


 老女は椅子を勧めながら語る。


「吸血鬼、だね。魔物の持ち込みも禁止だろ?」


「当然です。極刑に値します。まして攫った市民を吸血鬼の餌にしていたなど。“魔狼の刃”の構成員にはこれからは懸賞金をかけることにします。罪は償わせなければならないのですから」


「ああ。そりゃ結構。で、その吸血鬼について何だが」


「逃走したそうですね」


「……まあ、夜明けが近かったからな。だが、あの場にいた全員が屍食鬼にならずに済んだのは、ひとえにあたしたちの活躍のおかげだぜ?」


 ディアナはそう言い張る。


「もちろん、感謝していないなどということはありません。とても感謝しております。衛兵たちも命の恩人だと。このことは報酬に含めるべきでしょう」


「相場通りで頼むぞ」


「では当初の600万ドゥカートに相場の400万ドゥカートと合わせて1000万ドゥカートというところでどうでしょうか。それ以上となりますと議会の承認が必要になります」


「いいね。悪くない」


 ディアナはほくほくの笑みだ。


 吸血鬼ヒルデブラントは討伐できなかったが、報酬は貰える。これは思わず笑みが出るというものだ。命を張っただけはあるというものである。


……………………

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