領主の城へ
本日3回目の更新です。
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──領主の城へ
休息と身を清めることはミカエラを精神的にもリフレッシュさせた。
「では、道案内を頼む」
「はい、剣士様。ところで、あの馬はいいので?」
「今の私の手には余る。ここで世話されて暮らした方が馬たちも幸せだろう」
馬は便利な移動手段だが、街に入る際には厩舎を準備し、飼い葉や水も準備してやらなければならない。今の住所不定無職のミカエラには荷が重い。
「それでしたら。では、領主様の城に向かいましょう」
「ああ」
領主の城は徒歩で半日の距離だそうだ。随分、近場を自分たちの雇った傭兵たちに荒らされていたのだなとミカエラは呆れるやら気の毒に思うやらだった。
先代の領主が死んで、今は子供が領主をやっているというのだから、傭兵崩れたちにも舐められていたのかもしれない。良くも悪くも歳を重ねるということは重要だ。
「止まれ!」
領主の城の前で衛兵が声を上げる。
「そこの女、何ものだ。名を名乗れ」
若い農民の方は誰何されなかったが、ミカエラは不審人物と思われたようだ。
「ミカエラ。家名はない。追放された身だ」
「身分卑しきものか。領主様に何の用だ?」
衛兵が高圧的に尋ねる。
「それは俺がご説明いたします」
若い農民はミカエラが偶然村に訪れて、村を救ってくれて、問題になっていた傭兵崩れどもも全て退治してくれたことを衛兵に語った。
「誠か?」
「嘘偽りございません」
「ううむ。誰か確認に行かせよう。その間、中で待たれよ」
衛兵の態度は傭兵崩れが討伐されたと聞いて些か軟化した。
すぐに馬に乗った衛兵が傭兵崩れが根城にしていた場所に向かう。
そして、ミカエラたちは城の中に通された。
通された部屋で衛兵に見張られながら、衛兵が傭兵崩れたちの死体を発見して来るのを待つ。お茶のひとつも出されていないが、ミカエラのたたずまいは凛としており、おどおどとした若い農民とは違っていた。
「高貴な生まれでしょうか?」
「そうかもしれん。追放された貴族かもしれないな、これは」
外の衛兵たちはそんなことを口にする。
「か、確認できました!」
「どうだった?」
「傭兵崩れどもは全滅しておりました! 全滅です!」
「おおっ!」
衛兵たちが歓声を上げる。彼らも傭兵崩れに散々な目に遭わされていたようで、喜びの声が満ちていた。
「失礼した! ミカエラ殿、男爵閣下がお会いになられるそうです」
「うむ」
死体の処理を頼んでおかなければ、とミカエラは思っていた。
「しかし、死体には財布が残っておったそうですが」
「死者から物を剥ぐほど困ってはおらん」
「なるほど」
やはり高貴な身分かと衛兵は思う。
「男爵閣下。傭兵崩れどもを討伐されたミカエラ殿をお連れしました!」
「あ、ああ」
ミカエラは立派な淑女とした振る舞いで、男爵に礼をしながら彼を見た。
本当にまだ子供だ。10歳になったばかりという程度だ。これでは傭兵崩れに舐められるわけだとミカエラは思った。
「初にお目にかかり、光栄です、閣下。傭兵崩れ112名は全て討ち取りました。死体の速やかな処理をお願いいたします。死体を餌に魔物が集まり、人の味を覚えますと付近の村々が危険にさらされてしまいますので」
「わ、分かった。手配しよう。それで、その、報酬だが……」
「ご辞退申し上げます。私は村のものの要請によって行っただけ。そして礼は村のものより受け取っております」
「そ、そうか。そうか……」
次第に男爵が落ち着いていく。
「では、我々からは報酬はないが、それでよいのだな?」
「構いませぬ。それより恐れ多いものの一言よろしいでしょうか?」
「な、なんだ?」
男爵がまた狼狽え始まる。
「何か私にやらせたいことがあるのでは?」
「……分かるか?」
「はい。男爵閣下は私の顔ではなく、剣をずっと見ておいででしたから」
男爵は何もかもバレたというような顔をした。
「解毒剤が、必要なんだ」
男爵はそう言って、椅子から立ち上がるとミカエラについてくるように指示した。
「これは私に仕えてくれていた騎士。名はベンヤミン・フォン・ボックという。お父様とともに戦い、これまで男爵家に仕えてくれたものだ。だが、先の戦争の最中。敵から毒矢を受け、寝たきりの状況になっている」
「情けない姿をお見せします、お嬢さん……くうっ……」
男爵がそう説明するのとベンヤミンは身を捻って起き上がろうとし、その途中で毒による苦痛で断念した。
「いいから安静にしておくんだ」
「申し訳ありません、男爵閣下……」
男爵はそう言い、ミカエラを部屋の外に連れ出す。
「毒が広がっていて、このままでは命が危ないそうだ。しかし、解毒剤を作れるものはひとりしかしない。それも問題がある」
「問題があると言いますと?」
「薬師は迷いの森の先に住んでいるのだ」
これで説明は済んだとばかりに男爵が言葉を止める。
「その迷い森には強力な魔物でもでるのですか?」
「いいや。ただ、魔女の呪いによってどう入っても外にはじき出されてしまう。これまで解毒剤の調合のために多くの衛兵や騎士を送ったが、誰ひとりとして薬を受け取るどころか、薬師にあうことすらもできなかった」
男爵は悲痛な表情で語る。
「もしかすると、あなたならばと思ったのだが……」
「ふむ。あいにくだが、私も魔術は使えても呪いの類には知識がない。だが、最善を尽くしてみよう。森が人を迷わせるのであるならば、全ての森の木を叩き斬るのみ」
そこで男爵の表情に希望が灯る。
「おお……。では、是非ともお願いしたい。この毒は“マンティコアの毒針”ということだけは分かっている。そのことを薬師には伝えられたい」
「理解した。薬師に会うことが叶えば確かに伝えよう」
「迷いの森までは部下に案内させる。乗馬の経験は?」
「ある」
「では、部下とともに馬を走らせてほしい。朗報を期待している」
男爵はそう言って深々と頭を下げた。
「任された」
ミカエラは颯爽と領主の城を出る。
「剣士殿! 報酬はもらえたんですか!?」
「もらってはいない。次の仕事ができた。村のものたちによろしく伝えておいてくれ」
「は、はい!」
これも竜殺流の名を知らしめる機会。逃す手はない。
報酬と言えるのは、竜殺流の名とミカエラの名が広まることを男爵が手助けしてくれるということぐらいだ。
むしろ、ミカエラにとってはそれこそが目的と言えるだろう。
「迷いの森までは遠いのか?」
「馬で1日、それから徒歩で半日だ。そこまで遠くはない」
「では、急ごう」
「ああ。ボック卿にはいろいろと教えていただいた。恩人は助けたい」
「いい心がけだ」
部下からも慕われる。主からも救ってやってくれと言われる。
あの騎士はかなりの果報者だとミカエラは思った。
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