ワインの価値
本日2回目の更新です。
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──ワインの価値
「鬼のようにお強いのですね……」
「鬼とはなんだ。私は罪なき者には剣を振るわぬ」
「も、申し訳ありません。ですが、鬼のような戦いぶり。従軍時代を思い出します」
聖職者が頭を下げる。
「従軍していたのか?」
「はい。先の戦争に。あれは酷いものでした……。人が次々に死んでいく。最期の言葉を聞くような余裕すらありませんでした。傭兵崩れたちが傭兵崩れになったのも分かります。彼らには救いがなかったのです」
聖職者がそう告げて傭兵崩れたちの死体に祈りを捧げる。
「だが、傭兵崩れは傭兵崩れだ。食うに困って物乞いでもしていたならともかく、神聖なる教会を占拠して、ワインを作らせていたなど言語道断。このものたちには死罪ですら生温いというもの」
「あの戦争で多くの傭兵崩れが生まれました。多くの傭兵は食うに困った農家の次男坊、三男坊たちです。彼らは親からの資産を当てにできず、かといって他に能力もないものたちでした。彼らがこの道に落ちて誰が責められましょうか」
ミカエラが断じると、聖職者がそう言う。
「だが、あなた方は奴隷のような労働を強いられていた。だろう?」
「そうではありますが……」
「神は罪を許せと言ったそうだが、許されぬ罪もある。全ての罪を許していては社会は成り立たない。罪には罰を。基本的な考え方だ。相手が罪を悔いていようとも、その罪が許されるわけではない。まして罪を悔いもしていないものとなれば」
罪は裁かれるべきだ。その結果が無罪であれば受け入れよう。だが、そうでなければ、罪人は罰を受けるべきである。そうミカエラは言った。
「しかし、このものたちもある意味では被害者か。戦場という混沌とした場に放り込まれ、その価値感のまま戻ってきてしまった。戦争とはやはり惨いものだったのだろう?」
「ええ……。祈りを捧げようと、捧げようと、死者は増えることを止めません。小国家連合軍は大損害を出し、幾人もの勇気あるものが死にました」
「帰ってきたのは臆病な怠け者だけか。戦場では勇敢なものから死んでいくという」
「そういうものはありますが……。戦場では誰もが勇気を示せるわけではないのです。それに死んでしまっては、何の意味もないではないですか」
「もっともだ」
聖職者の言葉にミカエラが頷く。
「それでは、これで傭兵崩れたちは一掃できたか?」
「はい。これで全てだと思われます。ありがとうございました」
「いや。礼を言う必要はない。領主から報酬を……」
そこでミカエラはディアナがいないことに気づいた。
「小柄な女性を見なかったか? 13、14歳ほどの」
「その方でしたら教会の本堂で……」
最後まで聞くことなく、ミカエラが教会の本堂に向かう。
「ディアナ!」
「おっ? 終わったか?」
「……何を飲んでいるのだ?」
「魂の水さ」
ディアナは早速ワインを頂戴していた。
「現物支給を断ったのはあなたではないか。それともこのままここにあるワイン全部を飲み干してしまうつもりか?」
「まさか。ちょいと味見しているだけだよ。あの領主がちゃんと売り物になるようなワインを作ってるのか確かめるためにね」
「それで? 確認はできたか?」
「できたよ。これはいいものだ」
「そうか。なら、飲むのを止めるんだ」
ミカエラはディアナの手からワインの瓶を没収した。
「ああ。勿体ない……。まあ、少しすれば市場に出回り始めるだろうから、街に宿を取って待つかね。このレベルのワインはそうそうありつけないよ」
「あの街に留まってどうやって稼ぐんだ?」
「なんのための貯蓄だい。こういう時のためだろう? それに領主からの報酬も期待できるね、これは。これが市場に出回ったら、あの領主も儲かることこの上なしだ」
「だといいのだが」
領地が回復しなければ、領主もミカエラたちに報酬を払えない。
ブドウ畑と教会の奪還は第一歩というところだ。
これから領主がどのように領地を復興していくかによって、支払える報酬の額も変わってくるだろう。ミカエラはそういう金銭面には頓着しない人間だったが、ディアナとの旅の中でそういうことも気にするようになった。
それを成長というか、がめつくなったというかは人次第だ。
「一先ず、領主の依頼は達成した。テンタクルがまだいるようなら討伐していくか?」
「そこは別料金にしておくべきだな」
「うむ。そうしよう」
やはり少し金にがめつくなったミカエラである。
「では、領主に知らせに行こう」
「あいよ。アギロ!」
上空を飛んでいたアギロがディアナがの傍に来て馬になる。
「さて、報酬はすぐには貰えないだろうから、街に居座らないとね」
「ああ。この状態から400万ドゥカートを稼ぎ出すのは苦労するだろう」
「それに加えてテンタクルの討伐も」
「そうだな」
本当にあの貧乏な領主からそんなに取り立てていいものかとミカエラは思った。
何はともあれ、傭兵崩れから教会を含めたワイナリーを奪還した旨は伝えておかなければならない。ミカエラは馬を領主の城に進ませる。
「おおっ! これはミカエラ様、ディアナ様! どうでしたか?」
「無事に奪還した!」
「そうですか! 今、城門を開きます!」
衛兵はうきうきした様子で城門を開きに向かった。
そして、城門がゆっくりと開かれる。
「すぐに領主様とお会いになってください。領主様も朗報を待ち望んでおられました」
「そうしよう」
執事がミカエラたちを領主の部屋まで案内する。
「ミカエラ殿、ディアナ殿! ワイナリーが奪還できたというのは本当か!?」
領主は身を乗り出してそう尋ねた。
「事実だ。だが、テンタクルが生息している」
「テンタクルか……。そこは傭兵に任せても大丈夫だろう」
「また傭兵を雇うのか?」
「小規模な傭兵だ。7、8名の。こういう雑用をこなしてくれる便利なものたちだ」
自分たちが報酬を貰えないと知ってディアナが露骨に舌打ちした。
「そういう傭兵もいるのか」
「もちろん、少人数なだけあって大きな戦いのときには雇われることはほとんどない。だが、魔物の駆除や荷馬車の護衛程度の小さな仕事ならやってくれる。衛兵はずっと給料を払わなければいけないが、この手の傭兵は一回の支払いで終わりなのもよい」
「ふむ」
なかなか悪くない仕事なのではないだろうかとミカエラは思った。
「よろしければ、傭兵を紹介してくれないだろうか? 彼らがどのように働いているのか興味がある。傭兵はいつごろ雇うつもりだろうか?」
「すぐにでも、だ。街に傭兵は仕事を求めて暮らしているからな。話がしたいのであれば、紹介しよう。あなた方は領地の危機を救ってくれた恩人でもある。傭兵を雇うまで、城に滞在していくといい」
「恩に着る、領主閣下」
こうしてミカエラたちは領主の城で過ごすことになった。
「宿代が浮いたね」
「それよりも傭兵だ。小規模な傭兵なら我々でもやれるのではないか?」
「あんたねえ。小規模な傭兵って言っても領主が言ったように7、8名だよ2名の傭兵なんて洒落にもならないよ」
「そういうものなのか」
「そういうものだよ」
ディアナはそういうとごろんとベットに横たわった。
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本日の更新はこれで終了です。
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