傭兵崩れ
本日6回目の更新です。
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──傭兵崩れ
「理解した」
ミカエラは若い農民の話に頷いた。
「では!」
「ああ。その不埒な輩を討伐してこよう」
ミカエラの今の目的は竜殺流の名を世に残すこと。そして、自分の名を名誉ある形で世に残すことだ。最終的には竜を殺し、竜殺流を極めることにあるが、その過程で武人としての名誉を世に刻んでおきたい。
それに師匠である伯父にはできなかったことを自分は果たしたいのだ。伯父は竜殺流の名を不名誉な形で残してしまった。それがたとえ魔剣の呪いであったとしても。ならば、自分は竜殺流を名誉ある形で残したい。
それが伯父を越えることだろう。あるいは14体のドラゴンを殺すか。
「その廃村というのはここから遠いのか?」
「馬で半日という距離です」
「一応聞くが、領主に助けを求めるつもりはないのだな?」
「領主様はまだ子供です。それに前の戦争で私兵のほとんどは壊滅しました。騎士たちがまだ2、3人残っているそうですが、うちのような貧しい村のためには……」
「そうか」
領主が動いているならば出しゃばって、場を乱すべきではないと思ったが、領主は領主の方でそれどころではないようだ。ならば、自分が動いても問題はないかとミカエラはそう判断した。
「廃村までの道案内を頼みたい。馬には乗れるか? 賊どもが乗ってきた馬があるが」
「ロバなら乗れるんですが……」
「ロバはいるのか?」
「死んじまいました」
「仕方ない。歩きで向かおう」
ミカエラは貴族として当然乗馬の経験があるが、大人を乗せた経験はない。
「そうだ! 馬車にしましょう。荷車がありますから、それに馬を繋いで」
「ああ。それでいいだろう」
ここで少しミカエラは迷った。
このまま傭兵崩れどもの討伐に向かうべきか。それとも少し休んでから向かうべきか。昨日から眠っていない。疲労は見えない形で蓄積しているだろう。見えるようになってからでは遅い。それが戦場においてはなおのこと。
だが、もう既にミカエラは傭兵崩れどもと交戦状態にあると言っていい。ここで悠長に過ごして村が焼かれるようになるのは望ましくない。
「すぐに準備を。なるべく早く敵を叩く」
「承知しました!」
若い農民が飛び出していく。
「この程度、疲労のうちにも入らん」
伯父に鍛えられたときは7日間不眠不休で戦い続けたこともある。ドラゴンとは強大な存在で、よほどこのことがなければ眠ることはない。不眠不休で戦い続けるドラゴンと対峙するために生み出された竜殺流もその点を踏まえている。
最長で7日間はドラゴンと対峙し続けるだけの体力と集中力。
そうでなければドラゴンは殺せないと言われていた。
ミカエラは汎用魔術で生み出した水を飲み、体調を整えると、若い農民が向かった方に向かう。そこでは農民たちが荷車を馬に繋ごうとしているところだった。
「悪くない馬だ。傭兵崩れどもも馬の手入れはしていたようだな」
「そうですか? まあ、山賊にとっては俺たちを脅すための道具ですからね」
若い農民には馬の良し悪しは分からなかった。
「できました。これで向かうことができますね」
「ああ。案内を頼むぞ」
「案内だけではなく、俺も戦いますよ!」
「いい。私は人の面倒を見ながら戦えるほど器用ではない。それに竜殺流は人類が単騎でドラゴンを殺すための剣術。周りは全て敵と見做している」
「そう、ですか……」
若い農民はがっくりと落ち込んでいたが、これでよかったのだ。
確かにミカエラは他人の世話をしながら戦うことはできない。竜殺流も他者との連携など考えて作られた剣術ではない。だから、軍隊などでは採用されず、無名の剣術となっているのだ。
若い農民には熱意がある。その熱意ある若者を死なせるわけにはいかない。
ミカエラ自身も若いが、ミカエラは武人だ。死ぬこともその役割のひとつ。
「少し揺れますよ。でも、すぐですから」
「ああ」
それは荷車を無理やり馬車にすれば揺れるものだろう。
それよりミカエラが警戒しているのは、傭兵崩れたちが仲間が帰ってこないことに気づいて、捜索隊を出すことだ。死体はまだ家畜小屋にあるし、地面には血の染みが残っている。村に傭兵崩れが到達するよりも早く、傭兵崩れの拠点を襲撃しなければならない。
「あんたも物好きだね、ミカエラ」
「だ、誰だっ!?」
「おう。兄ちゃん、こっちだ、こっち」
「け、剣? 剣が喋っているのか……?」
「剣だって喋るご時世だよ」
どういうご時世だと思いながらも、ミカエラは無視して進むように手で示す。
若い農民はその指示通りに馬車を進めた。
「それで。物好きとは?」
「こんな辺鄙な村。傭兵崩れに襲われなくたって、飢饉や疫病であっという間に滅んじまうんだよ。そういう村を俺はたくさん見てきた。人間の営みは脆弱だ。ちょっとした要因であっという間に崩壊する」
「そうかもしれないな。だが、それは目の前で困っている人々を助けない理由にはならない。彼らが将来死ぬとしても、今は生きられる。今を生きることに人々は幸せを感じる。お前の言う脆い人間の営みとはそういうものの積み重ねの上に成り立っているんだ、“竜喰らいの大剣”よ」
「今を生きる幸せね。ミカエラも今を生きることに幸せを感じているのか」
「当然だ。心臓が脈打ち、肌が風を感じ、無法者を討伐するという果たすべき使命に燃える。これが幸せでなくて何が幸せだというのだ」
「やっぱりあんたは物好きだよ、ミカエラ」
“竜喰らいの大剣”がけらけらと笑う。
「では、聞くがお前がドラゴンであった時は何が幸せだった?」
「そりゃあ、人間どもから奪った財宝の上に横たわって、財宝を盗もうとする侵入者を丸焦げにしていたときさ。俺は今でこそ人間の味方だが、かつては人間の敵だった。俺は人間を山ほど焼き殺し、それを楽しんでいた。まあ、そのせいであんたの伯父に斬り殺されたんだけどな」
さも誇らしげに“竜喰らいの大剣”は語る。
「では、お前も同じではないか。黄金の上に横たわるのも、侵入者を焼き殺すのも一瞬の楽しみ。私と同じだ。今に幸せを感じている。長期的な幸せを持っていない」
「おいおい。俺は財宝を100年間も守り続けたんだぞ。生まれてせいぜい13、14歳のお前が俺に説教するのか?」
「16歳だ。そうだな。生きた時間は関係ない。何を成したかだ。お前は財宝の山を築いたが、今では伯父上に殺されてその身だ。財宝も何も関係ない身になった。私の成したこともまだ少ない。これから積み上げていく」
そこでミカエラは若い農民の方を向いた。
「お前は何が幸せに感じる?」
「お、俺ですか? それは嫁さんが元気にしていて子供が育つことですね。子供が2人いるんです。目に入れても痛くないほど可愛い。そいつらに楽な暮らしをさせてやるためにも、山賊に貯えをくれてやるわけにはいかないんです」
「それは立派だ」
ミカエラが頷く。
「どうだ、“竜喰らいの大剣”? 我々よりも長期的で、将来性のある幸せを感じている人間がいるぞ。何か言えるか?」
「負けたよ、ミカエラ。俺の負けだ」
“竜喰らいの大剣”はため息を発する。
「そろそろ奴らの拠点の近くです」
「ここからは歩いて進もう」
若い農民の案内でミカエラは進む。
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本日の更新はこれで終了です。
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