最初の村
本日5回目の更新です。
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──最初の村
歩き続けること1日。ようやく最初の村に到着した。
あれから襲ってきたあの男爵の家臣が追撃に来るかと思ったがそういうこともなく、平穏な旅が続いていた。
そして、ミカエラは魔物と害獣除けの柵に囲まれた最初の村を訪れた。
「国を出て最初の村だな」
「宿などがあればいいのだが」
「期待できないと思うぞ」
村はとても小さなもので、民家が4、5軒と集会場と思しき建物が1棟、家畜小屋が2棟という具合であった。
「では、とりあえずは、情報収集だな。ここら辺のことを聞きたい」
ミカエラは村に入る。
だが、村人の姿が見当たらない。どこにも村人がいない。
「む。廃村か?」
「いや。畑は手入れした後がある。廃村じゃあないな」
怪訝に思いつつ、ミカエラと“竜喰らいの大剣”は家々を除いて回る。
「ちょっと! そこのお嬢さん! 危ないよ!」
集会場と思しき建物から中年の男が出てきて叫ぶ。
「ああ。集会をしていたのか。私はミカエラという。よろしく頼む」
「ああ。よろしく……って、そんな場合じゃないよ! 早く隠れて!」
「何故?」
「山賊が来るんだよ!」
中年の男はそう言ってミカエラを集会場に連れてきた。
「あれま。どこのお嬢さんだね?」
「帯剣してるぞ。剣が使えるのか? 傭兵じゃないのか?」
「奴らの仲間ってことはないよな……?」
集会場の中には村人が30人ほどぎっしりと密になって座っていた。
「私はミカエラ。旅のものだ。困っているのであれば力を貸そう」
「お嬢さん。戦えるのかい……?」
「無論だ」
中年女性が不安そうにミカエラを見る。
「ダメだ、ダメだ。よそ様に迷惑はかけられねえよ。それにこんなお嬢さんに頼るなんて男としての名折れだぜ」
「だが、あたしたちは所詮は農民だから……」
「農民だからって戦えないとは限らないだろう!」
若い農民が檄を飛ばす。
「蹄の音だ! 奴らが来たぞ!」
「お嬢さんは奥へ! 隠れて!」
ミカエラは何か確認する前に集会場の奥に押し込まれてしまった。
「おいっ! いるのは分かってるんだぞ! 出てこい、農民ども!」
「畜生。やってやる。やってやるぞ」
外から男の粗野な声が響くと、農民が鍬を持って飛び出そうとする。
「やめなよ! 殺されるよ!」
「死んだら死んだ時だ! 他に戦うものはいないか!」
誰も声を上げない。
「畜生。このまま奴らのいいように──」
そこで集会場の扉が蹴り破られた。
「ここに隠れていたか、農民ども!」
姿を見せたのは革の鎧を装備し、斧を持った大男だ。それに続いて、子分と思しきナイフを持った男たちが姿を見せる。
「て、てめえ!」
「ほう。農民のくせに戦うつもりか? ああ?」
鍬を持った農民が鍬を構えるのを斧を持った男が呆気なく鍬を弾き飛ばした。
「農民が傭兵に敵うわけがねえだろうが!」
「殺されたくなかったら、今月の稼ぎを寄越しな!」
男たち──傭兵たちがわいわいと倒れた農民をなじる。
「だ、誰が渡すか! この金で次の鶏を飼わないともう卵も取れない! 農具も買い替えなければもうボロボロだ!」
「知るか! 勝手に飢えて死んでろ! だが、稼ぎがあるうちは俺たちに寄越せ!」
傭兵の頭目が斧を農民に突き付ける。
「ち、畜生……」
農民が眼前に突き付けられた斧を見つめて呻く。
「そこまでにしてもらおう」
そこでミカエラが声を上げた。
「なんだ? どこから迷い込んだんだ、お嬢ちゃん?」
「頭! こいつを戦利品にしましょうぜ!」
「へへっ。そいつはいいな」
傭兵たちがミカエラの方を欲情した目で見る。
「武器を捨て、力なき者への暴力を止めるならば生かして帰そう」
「はあ? 何言ってんだ? 状況分かってますか、お嬢ちゃん?」
げらげらと傭兵たちが笑う。
「よかろう。竜殺流の名を汚さぬ戦いを見るがいい」
ミカエラが“竜喰らいの大剣”の柄に手をかける。
「おっと! 下手に武器を抜いたらこいつの命はない──」
「“竜鱗裂き乱舞”」
傭兵の頭目と傭兵たちが武器を構えていた中を斬り抜けていった。気づいたときにはミカエラの姿はなく、傭兵の頭目が気づいたときには彼は地面に倒れていた。それから数秒も経たないうちに死が訪れる。
「口ほどにもない」
そして、ミカエラは傭兵たちの血を払った。
「お、お嬢さん。あんた、いや、あなた様は何もので……?」
「ミカエラ。竜殺流を極めんとするものだ」
「竜殺流……? 火竜流や水竜流じゃなくて?」
「ああ。それらを殺すものだ」
竜殺流はドラゴンの動きを模倣した流派を叩き潰すためにも使われる。そして、この世界において鷲獅子流を除けば、火竜流がもっともポピュラーな剣術として知られている。それを極めし彼らは炎を吐くドラゴンのごとく戦うという。
あの男爵は自称火竜流を極めたそうだが、あの程度では極めたとは言えまい。
「お願いがございます!」
鍬で立ち向かおうとした若い農民が地に頭を擦りつけるようにして頭を下げる。
「どうか、山賊どもの根城にともに乗り込んではいただけませんかっ!」
「ふむ。まずは話を詳しく聞かせてもらいたい。どういう事情でこのようなことが起きているのかを。それを理解したうえで判断を下す。場所は先ほどの場所でいいか?」
「いいえ。我が家へどうぞ。山賊どもも暫くは気づかないでしょう。あなた様を客人としてもてなしたいと思います」
「分かった」
ミカエラが斬り捨てた傭兵たちの死体は村人によって運ばれて行く。彼らはとりあえずそれを家畜小屋に隠すつもりのようだ。
「ささっ。剣士様、どうぞお上がりください」
「邪魔をする」
若い農民の家はこの村の中では一番立派な家だったが、それは貧しい農村の家として立派なのであって、いろいろと修繕を必要とするのではないかと思えるところが多々あった。だが、それを直す余裕もないのだろう。
「それではお話します。どうしてこの村があの反吐が出る山賊ども──傭兵崩れに襲われているか」
そう言って若い農民はミカエラに語り始めた。
要約すれば、近くで戦争があったらしい。それで領主が傭兵を雇ったのはいいものの、領主の陣営は戦争に敗北。領主も戦死し、まだ若い領主の子供が家督を継いだ。それで終わるはずだったのだが、問題が起きた。
傭兵たちが居座ったのだ。
傭兵たちは戦争に負けて、雇い主を失い、路頭に迷った。そこで山賊として生きるようになり、近くの村々から金品や食料を奪っては、戦争で廃村になった場所を拠点とし、遊び暮らしているという。
傭兵が山賊になるのはそう珍しいことではないのでミカエラも納得した。傭兵の補給と言えば略奪だし、正規軍すら敵の街からは略奪を行う。そんな世界の軍隊だからこそ、雇い主という収入源を失った傭兵が山賊になるのは当然と言えた。
「奴らはまだまだいます。全部で100名はいるでしょう。それを倒してしまわなければ、この村は、俺たちの村は……!」
若い農民は涙ながらにそう語った。
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