道中の刺客
本日4回目の更新です。
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──道中の刺客
ミカエラは旅人向けの携行食料と道具を扱っている店に寄った。
「店主。5日分の携行食料を買いたい」
「150ドゥカートだ。他に入り用のものは?」
「ない。150ドゥカートだ」
「確かに」
携行食料はドライフルーツといろいろなナッツを混ぜ込んだクッキーのようなもので、触感はクッキーというよりケーキのようにしっとりとしているが防腐のために水分はあまり含まれていない。
水は汎用魔術で出せるので携行する必要はない。
「出してくれ」
「あいよ」
荷馬車がまたガラガラと移動する。
国境に近づくにつれて、景色が自然へと変わる。国境地帯は戦場になりやすく、入植したがる民もいない。辺境伯が立派ならば民を守り、そして外敵を阻止しながら国境地帯を交易の場所に変えるのだろうが、今もこの付近のライン帝国貴族にそんな気概のある人間はいなかった。
無人の国境地帯にここが国境であることを示す石碑が見えた。
「行きな、お嬢ちゃん。戻ってくるなと公爵閣下は仰せだ」
「短い間だが、世話になった」
ミカエラは国境の向こう側に立つ。
「さて、まずは村を目指そう。街道をまっすぐ進めばいいだけだ」
「国境地帯は大抵無法地帯だ。山賊に魔物。なんでもござれだぞ」
「害あるならば斬るのみ」
「それでこそだ」
俺も血を啜りたいしなと“竜喰らいの大剣”は呟くように言った。
ミカエラはただただ街道を歩いて進む。
すれ違うものはいない。馬車の1台も通らない。
その理由はやがて分かった。
帯剣した鎧姿の集団が街道にたむろしていたのだ。
「どう思う、“竜喰らいの大剣”?」
「あんたを殺しに来たんじゃないか?」
「だろうな」
あの決闘という行為が皇室の顔に泥を塗ったならば、追放で済ませて『はい、そうですか』とはいかない。こういうときは下級貴族が『無礼を働いた不届きもの』の首を上げて、より多くの領地が与えられることを望むものだ。
それを知ったうえでミカエラは武装した集団に向かう。
「止まれ」
武装した集団の中でもっとも大柄なものが声を上げる。
「私の行く手を塞ぐとは理由あってのことか」
「理由を知らぬわけではるまい。第1皇子ヴィルヘルム殿下に大怪我を負わせ、追放だけで許されるとでも思っていたか?」
「では、これは皇室の意向か?」
「いいや。俺たちは俺たちの意志で不届きものの首を上げに来た」
「なるほど。ならば、構うまい」
ミカエラが“竜喰らいの大剣”の柄を握る。
「できると聞いている。だが、俺も師より授かった火竜流を極めている。聞けばそちらは竜殺流などと名乗っているそうではないか。その名がただの飾りなのかどうかを、ここで俺が試してみてくれよう」
「よかろう。竜殺流の名を汚さぬ戦いを見るがいい」
大柄な男が1ドゥカートコインをピンと指で跳ねる。
それが地上に真っすぐ落下し──。
「はああああっ──!」
地面についたと同時に男が大剣を振りかざして一気にミカエラとの距離を縮める。
「“竜鱗裂き”」
だが、男が剣を振り下ろそうとしたミカエラの姿は男の前になく、ミカエラは一瞬のうちに男の背後に回り込んでいた。
そして、鮮血が吹き上げ、男が崩れ落ちる。
「次は誰だ?」
ミカエラは“竜喰らいの大剣”に帯びた血を払って尋ねる。
「貴様、よくも男爵閣下を!」
「許してはおけぬ!」
どうやらさっきの男が主でこっちのものたちは家臣だったようだ。
「一斉にかかれっ! 男爵閣下の仇を取るのだ!」
「上等だ」
ミカエラは嗜虐的な笑みを浮かべると、“竜喰らいの大剣”を横に構える。
「死ね──」
「“竜鱗裂き円舞”」
またしても男たちが狙ったミカエラの姿は消え、その背後にミカエラが現れる。
そして、5人の男たちは一斉に血を吹き出し地面に倒れた。その表情は自分がどうして死んだのかすらも理解できていないような唖然としたものであった。
「他愛もない」
すっと息を吐くと、ミカエラは剣に帯びた血を再び払う。
「本当に竜殺流を極めているんだな、ミカエラ」
「まだ極めたとは言えないのだ。ドラゴンを殺してこそ、竜殺流を極めたと名乗れる」
「あれならドラゴンを殺せるよ。俺はあんたの伯父にあの技で腕を2本ともぶった切られたんだ。トンでもねえものだぜ、竜殺流っていうのは」
“竜喰らいの大剣”がため息交じりにそう語る。
「竜殺流は人間が自然界の頂点に位置するドラゴンに単独で抗うために生み出された剣術だ。フィジカルブーストは当然として、自身の体を最大限に活かす必要がある。もっとも、実際には竜殺流で殺されたドラゴンより、人間の方が多い」
「それは竜殺流が直接殺した人間の数か? それとも竜殺流で調子に乗ってドラゴンに挑んで死んだ馬鹿の数か?」
「両方合わせて、だ。だが、殺した人間の方が多いだろうな」
斬り殺した男たちの死体を路肩に蹴りやる。下手に放置すれば魔物が近寄り、この街道を使う人間が危険に晒される。ここは纏めて焼いてしまっておくべきだろうとミカエラは判断した。
ライン帝国では、というよりこの付近の国々では普通は火葬は行われない。土葬が基本である。だが、ただの賊にそこまでの情けをかけてやる必要などない。
適当に死体を蹴りやり、ひとつの場所に集めると薪になる木々をいくつか積み上げて、汎用魔術で火を放つ。薪の炎は次第に賊たちのマントや体に移っていき、人間の焼ける臭いが立ち込め始める。
「これでいいだろう。これ以上の世話は衛兵にでも任せる。どうせ、このどこぞの男爵とやらを探しに兵士が来るはずだ」
「路銀はいただいておかなくていいのか?」
「死体から物を剥ぐほど落ちぶれてはいない」
死者から戦利品を剥ぐのは卑しい行為だと知られている。ミカエラは追放された身なれど、自分をそこまで卑しい地位に貶めたくはなかった。
そして、またミカエラは歩き続ける。
ひたすら、ずっと歩き続ける。
「そろそろ日が暮れるぞ。火を起こした方がいい。魔物が寄ってくる」
「そうだな」
ミカエラはゼバスティアンから受け取った野営の道具を使って簡易なテントを建て、焚火をする。魔物は本能的に炎を恐れる。──ドラゴン以外は。
携行食料を取り出し、汎用魔術で出した水を焚火で温めて白湯にし、携行食料を1食分だけ食する。甘い味付けの携行食料はより多く食べたくなるが、白湯を飲むことでごまかす。白湯の温かさは夏の終わりの秋の夕暮れにおける冷えた空気を温めてくれる。
「さっきの連中の仲間が騎乗してくるかもしれんぞ」
「ああ。今日は眠れないな。寝ずの番だ」
「辛い1日だな」
「この程度のこと」
そこでミカエラはくすりと笑う。
「どうした、ミカエラ?」
「いや。伯父上がどうしてお前を私に託したのか分かった気がしてな」
「ほう?」
“竜喰らいの大剣”が興味深そうな声を上げる。
「きっと私ひとりでは孤独だと思ったのだろう。それにこうして寝ずの番をするときも話し相手がいた方がやりやすい」
「ま、それぐらいでよければお喋りに付き合うぜ」
「ありがとう」
日は落ち、焚火の炎だけが辺りを照らし、ぱちぱちと音を響かせている。
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