過去の敵
本日2回目の更新です。
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──過去の敵
ミカエラとディアナは断ったのだが、領主は非礼を詫びるためと言って、自ら道案内を申し出た。今まで見てきた領主と違って、彼は火竜流の使い手らしく、帯剣している。筋肉もついているようで問題なく山歩きもできた。
「領主様が死んだら全部パーだよな?」
「だろうな」
「はあ……」
ディアナは額を押さえて呻いた。
「安心されよ。私も火竜流の使い手として剣術を学んでおります。下手な傭兵崩れなど八つ裂きにしてやりましょう」
「それができるならあたしたちを雇ってないだろ?」
「い、いやあ、2、3名はどうにかできても600名となると……」
「だろうな」
ディアナは心底呆れた様子で、周囲を見渡す。
「そろそろアギロが戻ってくるはずだ」
やがて空からアギロが戻ってきた。
「この先にある廃村を根城にしてるのか。なるほど、警戒に当たっているのは30名程度で残りは酒に溺れていると。少しばかり楽になりそうな知らせが入ってきたな」
アギロの報告を聞いてディアナが頷く。
「奇襲と行こうぜ。ギリギリまで静かに。できるか、ミカエラ?」
「ああ。やれないことはない」
「それでこそだ」
ミカエラとディアナの信頼は非常に高まっていた。
お互いが安心して背中を任せられる。そんな関係を築いていた。お互いに指示を出し合わなくとも、言葉なくとも、通じ合える関係になっていた。それは友情とは違う、戦場でこそ得られる不思議な信頼であった。
「前方。歩哨が2名」
「閣下、ここで待っていてくれ」
ミカエラは目にもとまらぬ速さで駆け抜けると、次の瞬間には男たちは地面に倒れていた。周辺を再確認して気づかれていないことを把握したミカエラが手招きする。
「いやはや。凄いですね。その剣術は」
「ああ。伯父上から闇討ちの方法も教わっておいて正解だった。正面から戦うばかりが、武人としてのありようではない。確かに誉れはないが、勝利はある。そして、武人とは勝利することで民を守るものだ」
伯父ジークヴァルトは武人の誇りや名誉など考えなかった。ただ、彼は強さだけを追求し続けた。だからこそ、彼が民を斬った時、誰も彼を擁護しなかったのだ。あの男はそういうことをすると、そう思われてしまった。
ミカエラも誇りや名誉では食べていけないことを知っている。箱入り娘だった彼女も外の世界に触れることでようやくそういうことに気が付いた。
だが、勝利は捨てない。必ず不正義に対して勝利する。
それが彼女の今を生きる指針だった。
「次だ。ディアナ、歩哨は?」
「この先の橋に2名。橋の反対側の歩哨は酒飲んで寝てる」
「分かった」
また音もなくミカエラが近づき、歩哨たちが談笑していたところに飛び込み、その体を切り裂く。一瞬のうちに2名の歩哨が始末された。
「今、何か音が──」
「“竜鱗裂き一閃”」
堀だった小川にかかる橋の向こうにいた歩哨が一瞬で斬り倒される。寝ている歩哨にも剣が突き立てられた。
「誰かいるぞ!」
「歩哨が死んでいる! 敵だ、敵だ!」
そこでようやく傭兵崩れたちが気づいた。
「閣下。戦われるのであれば後ろから付いてこられよ。クロスボウや弓の矢は気にせずともいい。ディアナが防いでくれる」
「わ、分かった」
そこに傭兵崩れがぞろぞろと50名近く集まってくる。
「てめーら、俺たちの仲間を殺しといてただで帰してもらえると思うなよ」
「無論、手ぶらで帰るつもりはない。お前たちの首を土産に帰るとしよう」
「てめえ……!」
殺気だった傭兵崩れたちがミカエラを取り囲む。
「首は俺たちがてめえからいただいて──」
「“竜鱗裂き大乱舞”」
そして50名の傭兵が全て死に絶えた。
一瞬のことに領主すら何が起きたのか分かっていなかった。
「い、今のは一体……?」
「閣下。今はその話をする時間ではない。敵を殺す時間だ。次が来る」
そして、ミカエラが剣に帯た血を払うと、カンッと音を立てて、クロスボウの矢がミカエラの周囲に張られた結界に衝突した。
「畜生。今のなん──」
「“光ある楔に命じる”」
そして、ディアナの右手から放たれた光線がクロスボウや弓で武装した兵士を次々と射貫いていく。死体がバラバラと家屋の屋上から転げ落ち、領主が目を丸くする。
「まだいるのだろう? 出てくるがいい、腰抜けども!」
ミカエラが一喝すると家屋の扉が開いて傭兵崩れたちがぞろぞろと出てきた。
「さっきの見せてもらったぞ」
正面の家屋から現れた隻眼、隻腕の大柄な男がそう告げる。金属の鎧を身に着け、黒い眼帯をしている。年齢はジークヴァルトと同程度だ。酒は飲んでいる様子はなく、一振りのハルバードを手にしてる。
「竜殺流、だろう?」
「ほう。竜殺流を知っているか」
「ああ。その忌々しい剣術で俺の目は潰され、片腕を持っていかれたんだからな」
傭兵崩れの隻眼・隻腕の男はそう言って、ハルバードを構える。
「その剣術を誰か教わったかは知らないが、その剣術を使っているというだけ殺す理由としては十分だ。ここで死んでもらうぞ」
「やれるものならば」
ミカエラも“竜喰らいの大剣”を構える。
「覚悟っ!」
男が素早くハルバードを突き出す。
ミカエラはそれを身を逸らして躱し、直ちに“竜爪砕き”を叩き込もうとする。
「おっと。やらせねえぜ」
男はミカエラが“竜爪砕き”を放とうとしたのを察したかのように、ハルバードを引き、今度は上から下に振り下ろしてくる。
「よく分かったな」
「前にそれでやられたからな」
「なるほど」
恐らくはこの男はミカエラの伯父ジークヴァルトと戦ってる。
伯父はこの男から片腕と片目を奪っただけで満足して去ってしまった。トドメを刺さなかったのは、この男が命乞いをしたのか、それとも伯父が飽きたからか。
「ならば、今度はしっかりとトドメを刺しておいてやるとしよう」
「言ってくれる。俺は左腕と左目を失ってから血のにじむような努力を積み重ねてきたんだ。そう簡単にはやられんぞ。竜殺流を名乗る連中は殺す。絶対に殺す」
「ほう? 出来るかな? その程度の腕で血がにじむとは乙女のような柔肌だな」
「貴様……っ!」
ミカエラがにやりと笑うのに男の額に青筋が浮かぶ。
「これ以上の侮辱は許さんぞ! 死ぬがいい!」
横薙ぎに男がハルバードを振るう。片手で振るっているとは思えない速度で、ハルバードがミカエラに向けて迫ってくる。
だが、ここでミカエラが跳躍した。
ハルバードは空を切って男は態勢を整え直そうとするが遅い。
「“竜頭落とし”」
男の頭に“竜喰らいの大剣”が叩きつけられ、それによって男は見事に真っ二つとなり、そのまま即死した。
「お前が両腕を有していたら私も危うかったかもしれぬな」
ミカエラは男に向けてそう呟いた。
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