“竜喰らいの大剣”
本日3回目の更新です。
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──“竜喰らいの大剣”
「紹介しよう。俺の姪のミカエラだ。今回は第1皇子に重傷を負わせて、無事に実家からも追放、国からも追放となったぞ」
「血は争えないな。よろしくな、お嬢ちゃん」
元は鋼の剣だと言われてもそうだと分からないような変貌を“竜喰らいの大剣”は遂げていた。刀身は赤黒く染まり、それでいて鋭利な輝きを放っている。鍔の部分にはドラゴンの血が集まったせいか、不気味に変形している。
まさにそれは魔剣だった。13体のドラゴンを殺し、最後はその使用者を狂わせて、民草を殺させた剣であった。
「餞別というのはまさか?」
「ああ。こいつを連れていけ。こいつは旅慣れしている。そして、お前には恨みはない。いい相棒になってくれるだろう。世間知らずなお前の役に立つはずだ」
それに、とジークヴァルトは付け加える。
「この剣に斬れぬものはない。どんな頑丈な鎧であろうと、はたまたドラゴンの鱗であろうと容易に引き裂けることだろう。そうだな、“竜喰らいの大剣”?」
「任せときな。切れ味だけはしっかりと保証してやる。後はお嬢ちゃんの腕前次第だ。その点はどうなんだ、ジークヴァルト?」
「問題ない。この歳で竜殺流を極めている」
「そいつは大したものだ」
“竜喰らいの大剣”が感心したようにそう言う。
「じゃあ、よろしく頼むぜ、お嬢ちゃん?」
「ミカエラと。そうお呼びください」
「おいおい。堅苦しいのはなしにしようぜ。俺はあんたの相棒で、あんたは俺の相棒だ。気楽にいこうじゃないか」
「それならば、そうしよう。よろしく頼む、“竜喰らいの大剣”?」
「俺も見汚いおっさんより、あんたのような別嬪さんが相棒の方がいいね」
ミカエラが“竜喰らいの大剣”に話しかけると、“竜喰らいの大剣”が応じた。
「言ってろ。しかし、そこまで気に入ったのならば本当に任せていいな?」
「あんたへの復讐は終わった。それで終わりだ。もう恨みはないよ」
“竜喰らいの大剣”は軽い調子でそう返す。
「それでは、ミカエラ。改めてこの“竜喰らいの大剣”を授ける。お前が追放されても上手くやっていけるとはとても思えないが、まあ、最善の次くらいの旅の保障はできるだろう。これからはその“竜喰らいの大剣”とともに師匠を超えて見せろ!」
「はい。伯父上」
ミカエラが恭しく、“竜喰らいの大剣”を受け取る。
「結果を楽しみにしているぞ。せいぜい俺を驚かせて見せろ」
「ですが、もうこの地に戻ることは叶わぬでしょう」
「運命とはどう動くか分からんものだ。機会が絶対にないとは言えまい?」
「伯父上が酒を控えられたら、また会う機会もあるでしょう」
「頭の隅に留めておこう」
ジークヴェルトは本当に頭の隅に留めておくだけだろう。
ミカエラは慣れ親しんだ鋼の剣をジークヴァルトに渡し、代わりに“竜喰らいの大剣”を腰に下げる。“竜喰らいの大剣”の大きさは大きく、ミカエラが扱えるギリギリの大きさであった。
「それでは、伯父上」
「気を付けてな。そして、お前はお前らしく生きろ」
その言葉を聞いて、姉も伯父に会っていたのかとミカエラは思った。
ミカエラは山を下り、待っている馬車を目指す。
馬車は公爵家のものが使う馬車ではなく、ただの荷物を運ぶだけのぼろい荷馬車であった。それでもミカエラは国境までの最低限の足が確保されていることに安堵する。
「お、お嬢様ー!」
荷物を載せ、自らも乗り込もうとしていたとき、初老の男性がミカエラに屋敷から向かってきた。
「ゼバスティアン。どうしたのだ? 私はもう出立するぞ」
「お、お待ちください! 今回の事件の責は私めにございます!」
ゼバスティアンはシュタウフェンベルク公爵家に仕える執事である。
「何を申すか。この責任は私にある。婚約破棄されるような行いをしたのも、決闘をしたのも、この私なのだから」
「いいえ! お嬢様、実は申せぬことがございましたが、今ならば申せます。姉君であるローゼマリーお嬢様の出奔の手伝いをしたのは、他でもない私なのでございます!」
「なんと」
自分以外にも姉は会っていたどころか出奔の手伝いまでさせていたとは。
姉は本当は出奔するのを隠す気がなかったのではないかとミカエラは思えてきた。
「姉君が出奔されたことによってお嬢様がヴィルヘルム殿下の婚約者となり……。今回のようなことに……。私めの責任でございます! 姉君をお止めしなかった私めの責任でございます! どうか、私めも一緒にお嬢様に同行を!」
ゼバスティアンは跪いてそう懇願する。
「ならぬ」
「……やはり、お怒りですか……?」
「違う。姉上が出ていき、私が出て行ってしまえば屋敷は寂しくもなろう。それに、これから父上は私が追放された後のことも考えられねばならぬ。傍に仕えるものは必要なのは父上だ。屋敷をよく知るお前が出ていってはならぬ。父上の傍でお支えせよ」
「お嬢様……! まさか自分を追放なされた旦那様のことまでお考えに……!」
「父上には迷惑をかけたからな……」
今回のことで公爵家にどのような処分が下されるか分からない。
ミカエラも馬鹿ではない。ここまで周囲が騒ぐならば自分が不味いことをしたことぐらい分かる。問題はどうして不味いことなのかをあまり理解していない点だけだ。
「では、せめてこれを」
「これは?」
「私めが使っておりました野営の道具でございます。今も余暇をいただいたときはキャンプ道具として使っておりました。国境から次の村や街までは徒歩では距離があります。これをどうかお使いください」
「うむ。助かる」
ミカエラはゼバスティアンから野営道具を受け取った。
「そろそろ出ますぜ、お嬢様」
「ああ。ゼバスティアン。生きていればまた会う機会もあるだろう。健康に気を使って生きていけ」
ゼバスティアンは涙が溢れていて返事が返せない。
だが、しっかりとミカエラに頭を下げて見送った。
「あんた、なかなかの果報者じゃないか」
不意に“竜喰らいの大剣”が喋る。
「恵まれた境遇で育ったことは自覚している」
「馬鹿な真似しなきゃ、今も幸せでいられただろうにさ」
「私は今も幸せだぞ?」
「そりゃ失礼」
“竜喰らいの大剣”がけらけらと笑う。
「御者。寄る所が1ヶ所ある。頼めるか?」
「俺はあんたを国境の外まで送り届けろと言われただけだから。夕暮れになるまで居座ったり、逃げたりしなきゃ、構いやしないよ」
「助かる」
食料を準備しておかなければ、地図に拠れば国境から隣国の村までは丸一日の距離だ。竜殺流の極意であるフィジカルブーストを使えば半日だろうが、何があるか分からないのだから、体力は無駄遣いしたくはない。
風雨の凌げる場所は途中で探すつもりだったが、ゼバスティアンからいいものをもらった。夜は快適に過ごせよう。
「世界は広く、我が身はあまりにもちっぽけだ。世界を知ろうではないか」
「おうとも。箱入り娘の出荷だな」
ミカエラと“竜喰らいの大剣”がそう言葉を交わす。
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