託されたものは魔剣
本日2回目の更新です。
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──託されたものは魔剣
出ていけと言われたミカエラの行動は早かった。
旅支度を済ませ、体も血を帯びたドレスから別のドレスに変えた。これも動きやすさを重視した飾り気のないドレスである。女騎士などが普段着として身に着けるものである。そのため剣を帯びるためのベルトがつけられている。
ミカエラは腰に剣を帯びる。
「これで、よし」
防具や食料は追々買い求めるとしよう。ミカエラには少なくない小遣いの貯えがあった。ドレスも高価なものは身に着けず、装飾品にも関心を示さなかった。故にもらっていた小遣いは相当な額になっている。
「後は師匠に挨拶をすませておかねば」
ミカエラは自分で抱えられるだけの荷物を抱えると、領地の山を登っていった。
そして、山荘の前に立つ。
師匠が、伯父がここに追放されてから何年が過ぎているのだろうかとミカエラは思う。伯父は力の探究者であった。他の追随を許さない猛者であった。
だが、ミカエラは伯父を手放しで褒められないことを知っている。力を求めるがあまり民草を斬った。無残に惨殺した。だから、伯父は竜殺流を極めていながら、その後継者になることはなかったのである。
「伯父上。いらっしゃるか?」
「おう。いるぞ。入ってこい」
中から男性の低い声が響き、ミカエラは扉を開ける。
「来たな、ミカエラ。やらかしたんだってな」
「そうらしいです。私には分かりませんが。しかし──」
男の手に酒瓶が握られているのを見てミカエラはため息を吐いた。
「ジークヴァルト伯父上。些か酒の量が多すぎるのではないですか? 酒は限度を過ぎれば毒となりますよ」
「何、どうせこの山荘に軟禁された身だ。酒以外に楽しみなどない」
ジークヴァルト。ジークヴァルト・フォン・シュタウフェンベルクは本来の公爵家の後継者であった。だが、先ほどにも述べたように力を求めすぎて民草を殺し、この山荘に軟禁される羽目になっていたのである。
「それに俺の酒も体に悪いかもしれないが、お前の世間知らずはもっと体に悪いぞ。ついに追放だって? 第1皇子を怪我人にして。どれを使った?」
「“竜爪砕き”を」
「お気の毒様だな」
ジークヴァルトは肩をすくめた。
「ただの骨折です。治癒魔術があれば3日もすれば動かせるでしょう」
「それはお前のような体力馬鹿だけだ。お前は本当に無自覚に馬鹿をやるよな。婚約破棄を覆す方法があったのに気づいていなかったのか?」
「そんな方法があったのですか? どのような技ですか?」
ミカエラが目を輝かせる。
「簡単だ。負ければよかったんだよ。ヴィルヘルム殿下に華を持たせてやり、自分はめそめそと泣いて、男の心を刺激する。それだけで今頃は追放なんてことにはなってなかっただろうさ」
ジークヴァルトはそう言ってワインを呷った。
「お前は酒で言うならば100年に1度の高級酒だ。それに対して、ヴィルヘルムの坊ちゃんは俺が今飲んでいるような安酒だ。安酒は安酒で価値がある。無価値ではない。だが、高級酒と比べられれば腹も立つ。需要が違うんだからな。お前はそれを理解しておくべきだったのさ」
「伯父上のたとえはいつも要領を得ません」
「お前が馬鹿なだけだ」
げらげらと貴族らしからぬ笑い声をあげると、ジークヴァルトはまたワインを呷る。
「では、伯父上にまずは感謝の言葉を。私は無事に竜殺流を修め、武人として名を立てることができるようになりました」
「はんっ! それで追放などされていたら何の意味もないだろう」
「追放されても行く先々で民草を助けていれば、いずれは私も武人として竜殺流の末席に名を残せると思っております」
そうミカエラが言った時、ジークヴァルトの眉が動いた。
「……武人として名を残して何とする?」
「それだけで誉であります。ドラゴンは死して鱗を残すと言いましょう。私が死したのちに竜殺流が残り、その系譜の中に名が残れば御の字であります」
「お前は親父によく似ているよ」
「祖父上にですか?」
「ああ。騎士の名誉だ、誇りだのと。そんなもので飯が食えて、酒が飲めるならば苦労はせん。お前は大馬鹿者だ」
「ですが、誉は大事だと伯父上自身も……」
「俺が誉を重んじた暮らしをしているように見えるか? これまで俺がしてきたことに誉や名誉、騎士の誇りがあるように思えたか?」
「それでは、何故私には」
「お前は俺じゃないからだ」
そう言うとジークヴァルトは立ち上がった。
「こっちに来い。餞別にいいものをやろう」
「はい」
ジークヴァルトが手招きするとミカエラが続く。
「俺がドラゴンを殺したときの話は覚えているか?」
「ええ。胸の躍る話でした。今でも思い出せます」
ジークヴァルトは地下室の扉を開き、タラップのように急な階段を降りていく。
「そうだ。あれは俺にとっても楽しい日々だった。あの時は俺も名誉や誇りを信じていた。だが、お前には話していないことがひとつある」
「と言いますと?」
「ドラゴンどもを殺した剣だ」
ジークヴァルトが指をパチリと鳴らすとランタンの明かりが灯る。
「そういえばどのような剣を使われたのですか?」
「ただの鋼の剣だ。だが、ドラゴンどもの血を吸ううちに、それはただの鋼の剣ではなくなった。ドラゴンの血には毒がある。その毒を克服できれば不老不死になるとも言われるが、眉唾ものだ。だが、ドラゴンの血に特殊な効果があるのは確かだ。俺の鋼の剣はドラゴンを斬るたびに固く、鋭くなり、より多くのドラゴンを殺させた」
血が、血が呪いのように剣を犯していったのだとジークヴァルトは語る。
「そして、13匹目のドラゴンを殺したときに、それは意志を持った。つまりは“魔剣”となったのだ。伝説の魔剣にも劣らぬ、獰猛な魔剣に。それはドラゴンの血をたっぷりと吸い、連中の人間への憎悪を吸い、俺を錯乱させた。奴らは復讐を果たした。俺は竜殺流を破門され、シュタウフェンベルク公爵家の家督を継ぐこともできなくなった」
「では、伯父上が民草を殺したというのは」
「言い訳はせん。俺の心の弱さに付け入られたのだ。殺したのは俺だ」
ジークヴァルトはそう言ってランタンと置いた。
「さあ、15年振りの再会だ。魔剣“竜喰らいの大剣”よ」
そして、ジークヴァルトが剣を収めるための箱を開けたとき、膨大な魔力の流れが感じられた。それは実体として吹き荒び、埃を巻き上げ、やがて収まった。
「起きろ。“竜喰らいの大剣”。長い昼寝は終わりだ。またお前に斬らせてやる」
ジークヴァルトは剣の柄を掴んで持ち上げる。
そして、自分の手の平にその鋭い刃を走らせる。手のひらから血が流れ、心臓が鼓動するようなそんな音がミカエラには聞こえた気がした。
「ああ。ジークヴァルトじゃねえか。久しぶりだな。この血、酒臭いぞ?」
「ああ。久しぶりだな。お前が俺に人間を斬らせて以来だ」
「お前は俺を殺した。その復讐をしたって文句は言えないだろう?」
「もっともだ」
剣が、喋っている。
流石のミカエラもこれには驚いた。
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