亡命
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──亡命
多くの予想を裏切り、ヴィルヘルムは小国家連合で逃げ回るのではなく、オストライヒ帝国に亡命していた。
亡命までの道のりは厳しいものだった。
次々に現れる追手。賞金稼ぎ。衛兵。
それらから逃げ続け、オストライヒ帝国に辿り着いた。
連れて来れたのは信頼のできる部下2名のみ。
ライン帝国という一国の皇帝だったヴィルヘルムの凋落ぶりを示していた。
「ようこそいらっしゃった。まあまあ、旅の疲れもあることでしょう。しっかりと休まれるがよろしいでしょう」
ヴィルヘルムを受け入れたオストライヒ帝国皇帝ヨーゼフはそう言った。
「すまない。世話になる」
「気にすることはありません。王位とは、国の指導者の地位とは正当なものの手にあるべきもの。そうでしょう?」
「全くだ!」
ヨーゼフはこの扱いやすい人間を使って陰謀を企てていた。
正確には陰謀を考えて張り巡らせたのはフレデリックだったが、ヨーゼフはその陰謀に乗ったのだ。すなわち、ヴィルヘルムを正当なライン帝国の後継者として掲げ、ライン共和国に内乱を引き起こすという計画に。
オストライヒ帝国はライン共和国が急速に基盤を固め、小国家連合とも共同歩調を取りつつあるのに脅威を感じていた。このままではゲルマニア統一はライン共和国の手によってなされてしまうのではないかと。
だから少しでもライン共和国の力を削ぐために、ヴィルヘルムを利用することにしたのである。ヴィルヘルムは使える駒だ。未だライン共和国の中にいる王党派に決起を促し、他国の非難を浴びることなく、オストライヒ帝国はライン共和国に介入できる。
下手にライン共和国を攻撃することでガリア王国やルーシニア帝国が介入する可能性をなくせるのである。
それにヴィルヘルムは愚かだ。愚か者であるからこそ、使いやすい。楽に自分たちの駒になってくれる。自分たちの祖国が自分たちの血で真っ赤に染まることを予想することもできない愚か者の極みだ。
「丁重にもてなしておけ。いいな?」
「畏まりました、皇帝陛下」
ヨーゼフは淡々と指示を執事たちに下すと自分たちは陰謀の準備を始めた。
「集められた傭兵団の規模は?」
「4000名です。ですが、王党派が決起すれば数はさらに増えるでしょう」
「結構だ、実に結構」
王党派と共和派で食い合ってもらわなければなとヨーゼフは語る。
これから手始めに4000名の傭兵が国境を越える。
そして、それらはオストライヒ帝国の軍隊ではなく、帝位奪還を目指すヴィルヘルムの軍隊として振る舞うのである。
オストライヒ帝国は戦争には無関係。
ライン共和国とライン帝国が勝手に殺し合っているだけである。
完璧な計画のように思える。
このままライン共和国の勢力を削れれば、いざ戦争となった時、勝利するのはオストライヒ帝国だ。
やはり自分たちが直接武力に訴えるのは、非合理的だ。もちろん、小国家連合の武力併合は行うが、その前にその背後にいる人間たちを倒しておかなければならない。
そして、その上で戦争を仕掛けるのである。
よくできている。アルビオン連合王国には感謝しなければ。
それはそうとして、また傭兵団を雇うのに金がかかった。今年は農民への税金を引き上げなければならないだろうとヨーゼフは考えた。
今はただの出費だが、ゲルマニア統一の暁には膨大な富が溢れるのだ。今はただただ耐えるのみである。
ヨーゼフ自身は晩餐会のひとつとて、中止するつもりはなかったが。
そもそもそれが貴族や皇族の役割なのだ。晩餐会は何も金を無駄にするために設けるものではない。他国の使者に自分たちの富の偉大さを見せつけ、外交的に舐められないようにするためである。
それに文句を付けるというのならば、そのものも共和派に違いない。
いや、共和派であるはずのエリーザベトたちも小国家連合から関係改善のために送られてきた使者を晩餐会で迎えているので、共和派ですらないだろう。
由々しきことに小国家連合とライン共和国が急接近している。ガリア王国とも関係改善を行い、同盟を強固なものにしつつある。前にヴィルヘルムが悪化させたことについて謝罪の意を込めてエリーザベトが訪問する形だが、自ら進んで外交官として働く、エリーザベトの姿勢は評価され、どの国も関係改善に応じつつある。
まだ噂の段階だが、ルーシニア帝国とも関係改善を図っているようであり、もしかするとライン共和国と開戦した際にルーシニア帝国がライン共和国側に立って参戦する恐れすら生じていた。
忌々しい小娘めとヨーゼフは思う。
ウィルヘルムが破壊し尽くしてくれた外交関係は瞬く間に回復しつつある。ヴィルヘルムの無能が招いた結果はことごとく修復され、以前よりも強固になった節すらある始末だ。ヴィルヘルムが今も王座に座っていれば関係は悪化したままだったというのに。
それもあの小娘がいけない。エリーザベト。忌々しい小娘めとヨーゼフは唸る。
しかし、ライン共和国皇室は人材に恵まれていたようだ。短期間のうちにここまで諸外国との関係を改善し、より強固にするなど、そうそうできることではない。ヨーゼフも敵ながらと評価している。
このままライン共和国と手を取り合ってゲルマニア統一を目指すのはどうだろうかとヨーゼフは一瞬考えた。ふたつの国が緩やかに連合し、かつての神聖ゲルマニア帝国の時代のようにゲルマニア統一を果たす。
いや、ダメだとヨーゼフは首を横に振る。
自分たちがイニシアティブを握っていなければダメだ。連合では両者に統治の権限がある。それは将来絶対に間違いを生む。かつて神聖ゲルマニア帝国が崩壊したときのように。何かの間違いでバラバラに砕け散るだろう。
だからこそ、オストライヒ帝国が主導権を握ったゲルマニア統一が必要なのだ。かつてのようにならないためには強国が武力を以てして、ゲルマニア統一を果たすより他ないのである。
ヨーゼフはそれを成し遂げるつもりだった。自分の代において。
誰かが成さねばならぬこと。そうであるならば自分が成し遂げて見せる。
ヨーゼフは良くも悪くも野心家であった。
「皇帝陛下。ヴィルヘルム様方とのお食事の準備ができました」
「おお。そうか、そうか。では、これからが勝負だ」
ヴィルヘルムに挙兵する勇気を与えなくてはならない。
この計画はヴィルヘルムが蜂起するかどうかにかかっていると言っていいのだ。
臆病なヴィルヘルムになられては困る。
ヨーゼフは晩餐の席でヴィルヘルムの能力を褒めちぎり、ライン共和国の連中はまるで分っていないと憤って見せた。
釣られやすいヴィルヘルムはおだてられて、すぐに調子に乗り、自分の能力をひけらかし始めた。こうなれば挙兵まで持っていくのは簡単なこと。
ヴィルヘルムは酒と美味い食事のもてなしと言葉によるもてなしによって、計画通り蜂起することとなった。これで計画の第一段階は果たされたのだ。
後はヴィルヘルムがライン共和国と食い合い、その末にまた無能な皇帝になってくれればいうことはない。
晩餐は深夜まで続き、ヴィルヘルムはすっかり蜂起する気持ちになっていた。
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