思わぬ再会
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──思わぬ再会
ミカエラたちは街の衛兵たちから熱烈な歓迎を受けた。
既に小国家連合の英雄として名を上げていたミカエラたちだ。歓迎されることはあっても、拒否されることはないだろうとは考えていたものの、思った以上の歓迎を受けた。
というもの、この街を治める領主が、自分の兵として衛兵たちをこの前の戦争に連れて行こうとしたのである。衛兵たちは圧倒的数の差に死を覚悟していた。戦況は厳しいものとなり、自分たちは死ぬだろうと思っていた。
それが呆気なく終わった。
ミカエラたちが敵の傭兵を蹴散らし、敵の司令官の首を取ったことで戦争は終わってしまった。それも自分たちの勝利として。
死ぬかもしれなかった戦場から帰国できた衛兵たちがミカエラに感謝するのは当然だ。彼らは入市税を受け取らなかったばかりか、この街で一番いい宿まで案内してくれた。宿屋も宿屋で衛兵たちが無事に帰国できたことを喜んでおり、半額で宿泊させてくれた。
「こうまでもてなされると悪い気がしてくるな……」
「何言ってるんだい。連中の命の恩人になってやってんだから、感謝されるのは当然だろう? 命より大事なものはないってね。それに蔑まれるより、歓迎される方が気分がいいものだろう?」
「それは確かにそうだ」
誰だって歓迎されることの方が喜ばしい。それはミカエラも同じだ。
「だから、大人しく歓迎されておこうな。変に気を使うと向こうもやりにくいからな」
「うむ。それでいいというならば、そうしよう」
「そうと決まれば温泉だ。ヴァイスも一緒に行くぞ。湯上りにワインで乾杯だ」
「飲みすぎぬようにな」
それからミカエラたちは温泉に向かった。
温泉目的の客は多いらしく、それなりに温泉は込んでいたが、不快になるほどではない。むしろ、これぐらい賑やかな方がいいだろうとミカエラは思う。
賑やかな脱衣室で服を脱ぎ、胸甲を外し、“竜喰らいの大剣”を置く。
そして温泉に入る。
まずはしっかりと旅の垢を流してから。久しぶりの温かい湯が嬉しい。冷たい季節に水浴びで済ませるというのは、辛いものがあった。
しっかりと体を清めてから温泉に浸かる。
温泉はいいものだった。体に染み入る温かさ。冬が終わる中で、実にいい気分にさせてくれる。温かい季節に来てもいいのだろうが、やはりこの手の温泉というのは冬の寒さから逃れるためにこそあるものだとミカエラは思った。
「はあああ。染みるねえ……」
「ディアナ様、おばあちゃんみたいなこと言ってー」
「うるさいよ。私はおばあちゃんなんだからいいんだ」
ヴァルトルートがけらけらと笑うのに、ディアナも笑いながらそう返した。
「冬も終わるな」
「そして、春が来ると。ちっとは暖かくなってくれると旅も楽なんだが」
「そうだな」
冬の旅は辛いものだ。寒さというのは人間から容赦なく体力と気力を奪う。
「でも、春の獲物はいまいちなんですよねー。魚なら美味しいんですけど」
「じゃあ、これからは魚だね。魚釣りはできるのかい?」
「もちろんです!」
ヴァルトルートはグッとサムズアップして見せた。
それからこれからの旅についてミカエラたちは言葉を交わす。これからも一緒にやっていくことはごく当たり前のように話して。
そう当り前のことだ。これからミカエラたちが一緒にやっていくのは当たり前のことだ。なんらおかしなことではない。
「さて、と。そろそろ酒が恋しくなってきた。上がるとするかね」
「そうしよう」
ミカエラたちは温泉から上がり、タオルでしっかりと髪と体を乾かすと、外に出た。
「ブルクハルトはさっさと上がってるだろうし、酒場の場所を聞かなきゃね。それにひとりで飲んでも面白いものじゃないし」
「宿に戻ればいいのではないか?」
「そうなるだろうねえ。じゃあ、一旦宿に戻るか」
日が暮れ始めた街をゆっくりとミカエラ、ディアナ、ヴァルトルートが通っていく。
街は夜の賑わいを見せつつある。
普通の農村が燃料節約のために日が暮れれば寝静まるのとは異なり、街は夜の様相を呈する。明かりが灯り、賑やかな夜の街に代わる。
酒場もこの時間帯に盛り上がり、あちこちで吟遊詩人の歌声が聞こえ始める。
「ブルクハルトー。いるかー?」
「はい、なんでしょう、ディアナ様?」
「飲みに行こうぜ。いい酒場、知ってるんだろ?」
「それはもちろん」
ディアナがニッと笑うのにブルクハルトもニッと笑った。
「じゃあ、あたしたちは飲みに行ってくるから、あんたらは晩飯食って寝てな」
「ふたりとも酔っては物騒だ。私も同行しよう」
ここでミカエラが声を上げた。
「嬉しいね。心配してくれるのかい?」
「当然だろう。それに何か嫌な予感がするのだ」
「……冗談だろうね?」
「だといいのだが」
この街に入ってから、どうにも背筋にそわそわするものを感じていた。
その正体が何なのかは分からなかったが、あまりいい兆候ではないだろう。
「けっ。だからって酒がやめられるもんかい。行くよ。今日はたんまり飲むんだ」
「うむ」
ディアナとブルクハルトにミカエラが同行する。
「ここです。この酒場。美味い酒と肴をだしてくれますよ」
「いい感じだね。楽しんでいこう!」
意気揚々とディアナとブルクハルト、そしてミカエラは酒場に入る。
そして、嫌な予感の正体に気づいた。
「やあ、諸君。酒盛りかね?」
「ヒルデブラント……!」
髭を剃ったヒルデブラントが悠々と赤ワインのグラスを傾けていた。
「戦争はどうだった? 楽しめたか、ミカエラ?」
「戦争は楽しむものではない」
「だが、お前は戦いを好んでいるだろう?」
「それは……」
否定はできない。ミカエラは戦うことを好んでいる。
「まあ、我は戦いに来たわけではない。ただ、温泉に入り、酒を楽しもうと、この街にやってきただけだ。まだお前に勝てる気はしないのでな」
「そうか。相席、いいか?」
「構わない」
ヒルデブラントが向かいの席を指さす。
「それで、本当の理由はなんだ?」
「さっき語った通りだ。温泉に浸かり、酒を飲む。吸血鬼もそういう楽しみをするものだ。おかしなことか?」
「いや。分からん。吸血鬼の生活など知らないからな」
「ふむ。まあ、時折血を吸うぐらいで人間と変わらない。ただし、出歩くのは夜だ」
「血を吸った人間はどうなる?」
「意図して吸い殺すことがなければ、そのままだ。気づきもしないだろう」
本当かどうかは確かめようがない。ディアナたちは別のテーブルに座っている。
「しかし、大君主というわりには慎ましい生活だな。温泉街にきて、ワインを一杯とは。自分の城などはないのか?」
「とうの昔に他人のものになっている。我は死亡したものとして扱われ、財産は残らず持っていかれた。お前の伯父と少しずつ稼ぎながら、旅をしてきたものだが、その財産すらもならず者のせいでなくなった」
その言葉にミカエラの表情がピクリと動く。
「伯父上とお前は本当に知り合いだったのか?」
「竜殺流のマスター。無類の酒好き。そして、左腕に深い切り傷がある。そうだろう」
「……知り合いのようだな」
酒好きなどは適当に言って当てられても、切り傷だけは当てようがない。それは袖の下に隠されているからだ。
「こういう話をあの男はしなかったか? 変わった友人と釣りをした話」
「……!」
ミカエラがはっとしてヒルデブラントを見る。
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