戦勝祝いの宴
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──戦勝祝いの宴
ミカエラたちは何度も小国家連合を救ってきた。
そのことが讃えられ、彼女たちはあちこちの貴族から引っ張りだこになった。
是非とも我が家の戦勝祝いの場に、と。
ミカエたちとしては──というよりディアナとしてはただ酒と美味い飯が食えるなら、貴族の戦勝祝いの式典を巡り回ってもよかったのだが、流石にそれはどうだろうかということになり、何か一番重要な戦勝祝いにだけ参加することになった。
それが現在の小国家連合の盟主であるツェッペリン侯爵家の式典であった。
小国家連合の盟主ということもあり、多くの諸侯が参加する式典。これならばほとんどの貴族を納得させることができるだろうとミカエラたちは考えた。
「ミカエラ様方、この度はありがとうございます」
「“鋼鉄の虎”の皆さん! この度も我々は救われました!」
この手の式典にはつきものの、歓待を受けて、ミカエラたちは挨拶に来る貴族たちの相手をする。
「うーむ。こうまで褒められるとむずむずしますねー」
「今回は自分たちは橋の破壊を助けただけだからね」
ヴァルトルートたちは落ち着かない様子だった。
「おいおい。しっかりしろよ。こういうときはちゃんとおこぼれにあずからなくちゃな。ミカエラ様とディアナ様のおかげでご馳走が食べられて、そして美味い酒が飲めるんだからな」
「そう言いつつも団長もずっと後ろに引っ込んでるじゃないですかー」
「まだ今は目立つな。だが、いずれ目立っても問題なくなる」
今はミカエラとディアナがひっきりなしに貴族たちの挨拶と質問を受けているところだった。ブルクハルトたちが隅っこでニコニコしている。時々、ブルクハルトたちの方にも貴族たちが挨拶にやってくるので、その時は丁重に応じる。
そうやってブルクハルトたちがこの場をやり過ごしている中、ミカエラとディアナは貴族たちに質問攻めにあっていた。
「ミカエラ様の剣術はやはり鷲獅子流で?」
「いいや。竜殺流という。人類が単騎でドラゴンを倒すために生み出した技だ」
「それは凄いですが、実際に単騎でドラゴンを倒された方はいるので?」
「ああ。私の伯父は13体ものドラゴンを単騎で仕留めた。私も若いドラゴンながら、ドラゴンを1体仕留めた」
「おお。ドラゴン殺しの名は本当だったのですね」
「無論だ」
ミカエラは公爵家令嬢としてこういう場に慣れているので、てきぱきと挨拶と質問に応じていく。だが、ディアナはそうではない。
「ディアナ様も戦場では恐ろしく強いと聞きましたが」
「そりゃあ、ゼノン学派のマスターだからね」
「次々と傭兵たちを撃ち抜き、勝利したとか」
「そりゃあ、ゼノン学派のマスターだからね」
「魔術もいろいろありますが、やはりゼノン学派が強いので?」
「そりゃあ、ゼノン学派のマスターだからね」
面倒くさくなったのか同じことを繰り返すだけになっているディアナ。早く酒が飲みたいという顔をしている。
「さあさあ、皆さん。後は酒の席での話にしましょう! 今日はなんとライン共和国からのお客様が来ておられます! 今回の和平交渉に手を貸してくださった方々です」
ほう。ライン共和国からとはとミカエラが興味深そうに窺う。
「ライン共和国元老院議長エリーザベト殿下と副議長のシュテファン・フォン・シュタウフェンベルク公爵閣下です!」
これには流石のミカエラも驚いた。
まさかこんなところで父と再会することになろうとは思ってもみなかったのだ。
「ささっ。どうぞ席へ。“鋼鉄の虎”の皆さんも。今日は戦勝祝いです。潰れるまで酔い明かそうではありませんか」
あくまで格式ばった宴の席ではなく、カジュアルな祝いの場であることをアピールする小国家連合盟主の侯爵。
小国家連合は小さな領邦の寄り合い所帯で、一番上の貴族でも侯爵である。王家の血筋が入っていることを主張する人間はいないので王はおらず、侯爵家より上位の公国を名乗れる公爵家も存在しない。
そうであるからかどうかは分からないが、彼らの宴は本当に格式ばったものではなく、砕けた雰囲気の中で行われた賑やかなものだった。
貴族たちは酒を飲み、音楽が奏でられて踊りに興じたりする。ひたすら料理を食べている貴族もいれば、会話に夢中で酒すら入っていない貴族もいる。まさに飲めや、歌えやのお祭り騒ぎである。
ミカエラたちも隣の席の貴族や向かいの席の貴族と会話しながら、料理と酒を味わう。ディアナは酒が入って少しは饒舌になったらしく、今回の戦いで活躍したアギロの話を貴族に語って聞かせている。
「では、たった5名で6000名のオストライヒ帝国正規軍を食い止めたという噂も本当なのですね?」
「うむ。ディアナがゼノン学派のマスターでブルーメントリット殿たちが信頼できる仲間であったことも大きかっただろう。私は自分の戦いに専念できた。相手を倒し続け、勝利を手にすることができたのだ」
「竜殺流とはそれほどまでに強力な剣術なのですね……」
「まあ、本来はドラゴンを殺すための剣術だが」
どういうわけか人に使う機会の方が多いとミカエラがぼやく。
「あなたはまさしく小国家連合の英雄です。我々はあなたに感謝しています」
「ありがとう。そう言っていただけるのが一番だ」
ミカエラは料理に手を付ける。
料理は山盛りの肉にチーズに冬野菜。それぞれが凝った晩餐会用の料理に仕上げられ、食べるものに舌鼓を打たせた。
「この酒、美味いね」
「あなたはどんな酒でも美味いのではないか?」
「失礼な奴だね。不味い酒なら素直に不味いっていうよ。あたしの舌は洗練されているんだ。この酒は前に寄った領主の酒に似ているね」
「ああ。陸軍大将の」
「そうそう。あそこも治安が落ち着いたのかね」
ディアナが懐かしそうにそう言う。
あの時は自分たちがここまでの存在になるなど思ってもみなかったものだ。
「ミカエラ様。竜殺流というのはどこまで強力なのですか?」
「うむ。それを語るのは難しい。どの剣術にも得手不得手があって、均一に評価することはできないからだ。だが、竜殺流は広く通じる剣術であることは確かだ。万能や、最強とは言わないが、真に竜殺流を極めた相手と戦えば、大抵の剣術は苦戦するだろう」
もっともその道を究めたものは竜殺流に打ち勝つやもしれぬがとミカエラは言う。
「私も是非とも竜殺流を学んでみたいものです」
「うむ。そうであれば私の伯父に頼むといいだろう。いい酒を持っていけば、喜んで教えてくれるはずだ。だが、もしかすると断られるかもしれぬ。竜殺流の極意は秘伝のものだった。これまで限られた家でだけ語り継がれてきたのだ。故に断られるやもしれぬな」
「そうですか。それは残念です。ところで、ディアナ様はゼノン学派のマスターだそうですが、ゼノン学派は──」
ミカエラにもディアナにも質問が浴びせられ、称賛の言葉が浴びせられる。
ディアナは酒で満足して上機嫌だ。ミカエラは美味い料理に満足している。
だが、その時、向かいの席によく知った顔が座った。
「……エリーザベト殿下」
「エリーって呼んでっていいましたよね?」
「エリー。あなたが政変を起こしたのですか?」
ミカエラはそう尋ねた。
「そうよ。私たちがクーデターを起こして、ヴィルヘルムを追放したわ」
エリーザベトはあっさりとそう言った。
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