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巨人殺し

……………………


 ──巨人殺し



 トロールは地方によっては神聖視される。


 それは巨人という扱いを受けるからだ。


 ある地方の神話では巨人は神々の一種であり、特殊な国に暮らしてると言われている。そして、この世界に現れるのは災いなれど、それを倒したものは神々の国に迎え入れられる資格を与えられる勇士となるのだ。


 戦乙女は人々に守護を与え、魂を導く。勇者の魂を神々の世界へと。


 だが、ミカエラはあまり神話を信じているわけではなかった。ただ、本当に勇者のみが導かれる神々の国があるというのならば、自分も是非戦乙女に導かれるという栄光を得たいものだと、ぼんやりと考えるぐらいであった。


 今はトロールを討伐することに集中するべきだ。


「どうも嫌な予感がするんだよね」


 ディアナはそう言っていた。


「嫌な予感とは?」


「トロールが1体より多くいること」


「ふむ」


 確かにそうなれば厄介だ。トロールはバラバラに斬り刻んで再生能力が追いつかないほどの打撃を与えて、かつ炎で焼いてしまうしかない。


 それができるのはミカエラとディアナだけだ。ブルクハルトも鷲獅子流を極めているとは言えど、トロールの相手は無理だろう。


 そのトロールが2体、3体といた場合、面倒なことになる。


「以前、あんたも言ってただろう。魔物は1体だけ単独でいることの方が珍しいって」


「確かにそう言った。今回もそうかもしれないな」


「……大丈夫かい?」


「やってみせよう」


 ミカエラたちは石造りの橋を徒歩で渡る。


 目指すのは橋の対岸。


「トロールだ。今のところ1体。他に姿は見えない」


「アギロにも探らせている。そろそろ戻ってくるはずだ」


 そして、アギロが戻ってきた。


「……3体のトロールだと」


「そうか」


「本当に大丈夫なんだろうね?」


「大丈夫じゃないとしたらどうする?」


「あたしの魔術で丸ごと焼け野原にする」


「それは止めておこう」


 ミカエラはそう言い、“竜喰らいの大剣”を抜く。


「“竜喰らいの大剣”。頼むぞ」


「ああ。任せときな。ばっちり相手にしてやれるさ、ミカエラなら」


「その信頼に応えよう」


 そう言って、ミカエラがトロールに近づく。


「ディアナ。焼く準備はしておいてくれ」


「あいよ」


「では、始めるか──!」


 ミカエラが一気に駆ける。


「────!」


 橋の対岸のトロールがおよそ人には判別不能なおぞましい雄叫びを高らかと上げて、ミカエラを迎え撃つ。


「“竜骨断ち大乱舞一閃”」


 トロールが八つ裂きにされて、再生を始める。


「“竜骨断ち大乱舞反転一閃”」


 再びミカエラの斬撃が加わる。


「────!」


 そこで残り2体のトロールたちが戦場に乱入してきた。


「“竜骨断ち大乱舞輪転一閃”」


 そして、再び八つ裂き。


 だが今回はしぶとい。なかなか倒れようとはしない。その上、やってきた仲間がミカエラを狙ってくる。これを全て八つ裂きにするのは苦労しそうだなと思いながらも、ミカエラは攻撃を続ける。


「“竜骨断ち大円舞一閃”」


 襲ってきた他のトロールたちも巻き込み、確実な一撃を。


「“竜顎開き”」


 そして、八つ裂きにしてきたトロールに渾身の一撃。


 トロールの上半身と下半身とは斬り裂かれ、上半身が吹き飛ぶ。


「ディアナ!」


「あいよ!」


 すかさずディアナが回復困難になったトロールを焼き払う。


 残り2体。


「“竜骨断ち剣舞一閃”」


 そして、2体目のトロールにミカエラの刃が襲い掛かる。


 トロールが拳を振り下ろした先には何もなく、ミカエラが背後に出現する。その次の瞬間、トロールが八つ裂きにされた。すぐさま回復を始めるものの、回復までには時間がかかる傷を負っている。


 だが、そこにもう1体のトロールが襲い掛かってくる。


 ミカエラは応戦を強いられた。


「“竜骨断ち大乱舞一閃”」


 自分より巨大で攻撃力も高い敵に対する戦術はヒット&アウェイだ。斬って、駆け抜け、さらに斬って、駆け抜ける。常に敵の攻撃位置から外れ続け、そうやって戦闘を続ける。それこそが唯一の勝利への道。


「“竜顎開き”」


 そして、相手が回復に専念せねばならなくなったところで、渾身の一撃を叩き込む。


「ディアナ! 次だ!」


「任せときな!」


 トロールの体が魔法による炎に覆われ、焼き尽くされる。


「最後の1体……!」


 ここまでくればもう少しだ。


 そう思った時に急に空が曇り始め、太陽の光が消えた。


 それと同時に突如としてトロールが口から大量の血液を吐き、痙攣する。


 痙攣と同時にトロールの体がぼろぼろと崩れる。まるで野菜を千切りにしたかのようにトロールの体が崩れ落ちていく。


「手伝ってやったぞ、ミカエラ」


「……ヒルデブラント」


 ぞくりとする空気が周囲に漂う。


 トロールの体をみじん切りにしたのはヒルデブラントの血で出来た剣だった。


「再戦の申し出か? それならば受けて立つぞ」


「いいや。噂に聞いたのだ。ドラゴンを殺した、と。ついに竜殺流を極めたのだな」


「まだだ。竜殺流の最低限のラインに至っただけで極めたと慢心するつもりはない」


 ミカエラは“竜喰らいの大剣”を構えたままそういう。


「なるほど。あの男と同じだ。『トカゲ一匹程度倒したところで何を誇る?』と。あの男はそう言っていたよ。お前の伯父ジークヴァルトは」


「……そうか」


「知りたくはないか。お前の知らない伯父について」


「どうだろうな。お前は信用できない」


「ふむ。嫌われたものだ。だが、私はお前のことを愛してると言っていい」


 ヒルデブラントは血で出来た剣を血に戻し、体内に取り込む。


「あの街で出会って以来、お前のことを考えなかったことはなかった。どうすればお前が振り向いてくれるだろうかと。どうすればお前が我が血の伴侶になってくれるだろうかと。ずっと考えてきた」


「……正気か?」


「正気だとも。私はお前のことを愛している。強く、凛々しく、美しいお前のことを」


 ヒルデブラントは笑みを浮かべてそう言った。獰猛な肉食獣のような笑みだ。


「ならば、私に一太刀入れることだ。そうすれば血の伴侶にだろうとなってやろう」


「お前の価値観は素晴らしい。それでこそだ。だが、まだ再戦は望めない。私は吸血鬼の中の吸血鬼に。大君主になったと思っていた。お前の伯父ジークヴァルトと私の二強が世界の覇者だと考えていた。だが、そこにお前が現れた。あの男より強いお前が」


「私は伯父上を越えたつもりはない」


「そうか? 私は超えていると思うぞ。お前の剣技は研ぎ澄まされた一本の糸だ。弦楽器のような音楽を奏でる糸だ。だが、あの男のそれはそこまでではなかった。確かにお前の伯父ジークヴァルトは強い。私でも五分五分だろう。だが、私はまだお前に一太刀浴びせられるか分からないほどだ」


「甘言で惑わすつもりか? 挑むなら正々堂々と挑め」


「頑固なところはあの男ではなく、別の人間に似たようだな」


 やれやれというようにヒルデブラントが肩をすくめた。


「では、いいことを教えてやろう。今回のライン帝国の政変には黒魔術師が関わっているぞ。ウォーレン・ウェイトリーという名の黒魔術師だ。その男がミカエラ、お前を嵌めた。貶めた。オストライヒ帝国とアルビオン連合王国を通じて」


「ふむ……? 知らぬ名だな。恨みを買った覚えもない」


「そうだろうな。私も調べたが、接点はない。ただ、お前と第1皇子の愚者が決闘するように、婚約破棄するように仕組んだのは奴だ。そして、今回の革命騒ぎ。何が狙いかは分からないが、ただ──」


 ヒルデブラントがにやりと笑う。


「血の臭いがする」


 ミカエラは“竜喰らいの大剣”を握る手に力を込めた。


「伝えたかったのはこれだけだ。ではな。お前に一太刀浴びせられる自信ができたら、再戦を申し込もう。楽しみにしておいてくれ」


「ああ。お前のような強者と戦ってこそだ」


「私の愛するミカエラはそうでなくてはな」


 ヒルデブラントはそう言うと切りになって消えた。


「何とか退けたか」


 ミカエラが安堵の息を吐く。


「ディアナ。死体を……」


 ディアナは殺意に満ちた目でヒルデブラントがいなくなった空間を睨んでいた。


「ディアナ? どうしたのだ?」


「なんでもないよ。ほれ」


 ディアナは首を横に振るとヒルデブラントが解体したトロールを燃やした。


「ウォーレン・ウェイトリー……」


 ただ、ディアナはその名を忌々し気に呟いていた。


……………………

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― 新着の感想 ―
[一言] ディアナ姐さんとウェイトリー、因縁のヨカーン 王道ぢゃな。
[一言] >戦乙女は人々に守護を与え 英雄に相応しくなると殺しに来るけどね ふさわしくない人物に加護を与えたりも
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