英雄の凱旋
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──英雄の凱旋
「ああ! ミカエラ様! 話は聞きましたよ! もう宿泊費は構いません! ただで泊っていってください!」
「そういうわけにはいかぬ。働きには対価を支払わなければ」
「ミカエラ様たちから宿泊費を取ったと知れたら、うちは看板を畳まなきゃいけなくなりますから!」
「そ、そうなのか?」
「そうです、そうです。ささっ、どうぞ窮屈な宿ですが」
宿の娘に押し切られて、ミカエラたちはただでこの宿に宿泊することになった。
「些か悪いことをしてしまったな」
「何言ってるんだい。ここの宿は『あの小国家連合の英雄ミカエラ様が泊った宿』って宣伝できるんだ。むしろ宣伝料を貰いたいところだね」
「ううむ」
何はともあれ、今は少し疲れた。体もしっかりと洗いたい。
ミカエラはそう思っていた。
「ディアナ。酒を飲む前に公衆浴場に付き合ってくれないか。よければヴァイスも一緒に。私もかなり血を浴びたものでな」
「いいよ。帰ったら酒飲んでたっぷり美味いもの食って寝よう」
あたしも久しぶりにあれだけ魔力を使ったからねえとディアナがこぼす。
「では、行くとしよう」
ミカエラたちは必要なものを持つと、公衆浴場に向かった。
「お出かけですか?」
「公衆浴場まで」
「お気をつけて!」
宿の娘の気のいい挨拶を受けてミカエラたちは外に出る。
街はまだ騒然としている。誰がオストライヒ帝国軍を退けたのか。どこにその傭兵団がいるのか。領主は本当はこうなることを知っていて、事前に準備していたのではないか。と疑問や憶測が飛び交っている。
「お、おい。あの白髪の剣士は……」
「ミカエラ様だ! 吟遊詩人が歌っていた通りだ!」
ついにミカエラに注目が集まる。
「隣にいるのはディアナ様か?」
「凄い。彼女たちが6000名のオストライヒ帝国軍を退けたんだ!」
街の民衆たちはわいわいと騒ぎ始める。
「面倒なことになりそうな予感がするよ」
「有名税だぜ、ディアナの姐さん。税金は徴収されるもんさ」
「ああ。全く、その通りだね、ドラゴンの悪霊」
ディアナはうんざりとした様子でそう言い、ミカエラの腰に下がっている“竜喰らいの大剣”はけらけらと笑っていた。
「ミカエラ様! オストライヒ帝国軍を退けてくれてありがとうございます!」
「一体どれだけの規模の傭兵団なんですか、“鋼鉄の虎”というのは?」
ディアナが予想した通り、民衆たちが詰め寄せて、話を聞こうとしてくる。
「うむ。団長のブルーメントリット殿。テオ、ヴァイス、ディアナ、そして私だ」
「え? ……たった5名で6000名のオストライヒ帝国軍を?」
「そうだ。ディアナはゼノン学派のマスターだ。彼女が縦横無尽に戦い、オストライヒ帝国軍は大打撃を受けた。そして、ブルーメントリット殿は鷲獅子流のマスターに相応しい剣術で、テオは海蛇流の使い手、ヴァイスはクロスボウと索敵の名手だ」
ミカエラは興奮する民衆たちにそう言った。
「ディアナ様がほとんどの敵をやっつけてしまわれたのですか?」
「まさか。半分以上はミカエラの功績だよ。吟遊詩人に言ってやりな。『白髪の剣士ミカエラと彼女に続くものたちがオストライヒ帝国軍6000名をぶった斬り、歴史に残る勝利を収めた』ってね」
ディアナは面倒だったのか功績の大部分をミカエラに押し付けた。
「凄い! ミカエラ様はまさに小国家連合の英雄だ!」
「本物の英雄だ! 俺たちは歴史を目にしているぞ!」
街の民衆が喝采を上げる。
「どうやって6000名ものオストライヒ帝国軍を退けたんですか?」
「斬った」
「……どのように?」
「うむ。竜殺流という剣術を私は使う。優れた剣術だ。マスターすれば単騎でドラゴンを殺せる。私の師匠であった伯父は実際に13体ものドラゴンを倒した。それを人間に対して使えば、言わずもがなだ」
ここぞとばかりに竜殺流の噂を広めようとミカエラが語る。
「竜殺流……。凄い剣術だ」
「6000名の兵士を屠ってしまうなんて」
「まさに英雄の技だ!」
民衆は竜殺流にすごぶる感銘を受けたようだった。
「それでは我々はそろそろ失礼する。戦場で血を浴び過ぎたものだからな。洗い流しておきたいのだ」
「すみません。ですが、あなたは本当に小国家連合の英雄ですよ!」
「私だけではない。“鋼鉄の虎”の団員全員が英雄だ」
彼らの助力なくして私の勝利もなかっただろうとミカエラは語る。
「ふう。危うく夜まで質問攻めにされるかと思ったよ」
「でも、凄いじゃないですかー。あんな風に人が集まるなんてー!」
「凄くないし、嬉しくもない。あたしたちは報酬がもらえりゃそれでいいんだ」
ディアナは心底うんざりした様子でそう言った。
「これからはミカエラが質問は受けろよ。あんたが5名で6000名を相手にするなんて言ったせいなんだからね」
「うむ。責任は取ろう」
この間もミカエラは思っていた。
自分は伯父を超えられただろうかと。
まだドラゴンを殺せてはいない。ドラゴンを殺さなくては、竜殺流を極めたとは言えない。それでも伯父よりも竜殺流の名をいい意味で広められているのではないだろうかとミカエラは思っていた。
思い上がりかとも思う。この程度のことで偉大な伯父を越えたと思うなど、百年は早いのかもしれない。
だが、他にどうすれば伯父を超えられるか。ミカエラには分からなかった。
「気難しい顔して、また何か考えているね」
「いや。どうすれば伯父上を超えられるだろうかと、そう思っていただけだ」
「とっくにあの小僧を超えているさ。あの小僧が6000名の正規軍を相手にしたことがあるってのかい?」
「だが、伯父上は13体ものドラゴンを単騎で討伐された」
「だから何だってんだい。13体のドラゴンを討伐して誰が得をしたってのか」
ディアナはミカエラの言葉に肩をすくめる。
「民衆はドラゴンの脅威がなくなり安堵しただろう」
「おいおい。勝手にドラゴンを誰彼構わず襲うような狂人にしないでくれないか。俺たちはいたずらに人を殺したりしないぞ。ただ財宝の上で惰眠を貪るのを邪魔する連中を焼き殺してるだけだ」
「その財宝は元は人間のものだろう?」
「そりゃまあ、そうだけどな。だが、奪ったのは200年、300年前の話だぞ。今を生きている連中には迷惑をかけちゃいない。むしろ、連中の方が俺たちドラゴンから財宝を奪おうと迷惑をかけているぐらいだ」
「そういうものなのか?」
「そういうものだぜ」
どうにも腑に落ちないミカエラであった。
「だが、どうあってもドラゴンは斬らねばならぬ。そうしなければ竜殺流の名を名乗ることも恥ずかしいのだ。民には竜殺流の名を広めたいが、私自身が竜殺流をマスターしていないのではな」
「気にするほどのことか? あんたってばちょっとしたことで悩むタイプだね。いつもは堂々としている癖に、竜殺流のこととなるとナイーブになる。いつものように堂々としていればいいんだよ。ドラゴンだってそのうち殺せるさ」
「そうであることを願いたい」
「できる、できる。さあ、風呂に入ろう」
ミカエラたちは公衆浴場に入り、戦いで流した汗と浴びた血をしっかりと流すと、ゆっくりと湯船に浸かり、くつろいだ。戦場の緊張感が薄れ、ほわほわした安心感に包まれると、ミカエラたちは湯から上がり、衣服を替えた。衣服は血で濡れている。
「服を買わなければならないな。この血は落ちそうにない」
「買うならここで買いな。まけてくれるよ」
「ううむ。悪い気がするが……」
ディアナとミカエラはそんな会話を交わしながら、宿への帰途に就いた。
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