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かつての日々

……………………


 ──かつての日々



 嘲るようにブルクハルトを見る使用人。


「あいにく、金には困ってないよ。それより領主様の方が金に困ってるんじゃないか? この間の戦争にも出兵したんだろう? それに賠償金。相当な出費だ。俺はそういう人間から金を無心するほど馬鹿じゃない」


 ブルクハルトは肩をすくめて言い返した。


「貴様……! 仮にも領主閣下は貴様の──」


「それ以上はなしだ。お互い同意の上だろう」


「ふんっ! せいぜいシラミに塗れて、戦場で遊んでいればいい!」


 使用人はそう言って出ていった。


「ブルーメントリット殿。先ほどのは?」


「気にしないでください。ここの領主とは昔ひと悶着あったんですよ」


 ブルクハルトはそう言って苦々しい笑みを浮かべた。


「ほらほら。ミカエラ様もソーセージを。エトヴィンのソーセージは絶品ですよ」


「ああ」


 だが、ミカエラはどうにもここの領主とブルクハルトの間には何かあるような気がしてならなかった。ただのトラブルであそこまで言われるものだろうか? そもそもトラブルを起こしたのに、ここに来なければならない理由とはなんだろうか?


 友人と会うため、としてもトラブルを起こした地で友人ができるものだろうか?


「美味いソーセージだ。文句なしだな」


 だが、ソーセージは確かに美味かった。


 皮はパリッとしていて、そして肉は香草を程よく混ぜてあり、飽きない味だ。


「ふたりは友人だと聞いていたが。どこで知り合ったのだ?」


 ミカエラがそれとなく尋ねる。


「幼馴染なんですよ。歳は違いますけどね。昔は俺も一緒に狩猟場の手入れを手伝ったりしてたんです。昔はこいつの親父さんが狩猟場の管理人で、一緒になって手伝った……って言えるのかね、あれは?」


「俺たちは仕事そっちのけで遊んでただろう。親父がそのたびに怒鳴るものだから、領主様がいい加減にしろって」


「ああ。そうだったな。領主は今年で50歳か?」


「そうだな。時間が流れるのは早いもんだ。親父も隠居して街で暮らしてるし、お前は傭兵団を作るって出ていくし」


 エトヴィンがソーセージをかじりながらそう言う。


「昔からの夢なんだ。立派な傭兵団を率いて、戦場で戦うっていうのjは」


「アルブレヒト・フォン・ヴァレンシュタインのような傭兵になる、か。お前は昔から夢見がちがったよな。しかし、剣の腕は本物だ。なあ、今からでも領主様のところで、騎士として……」


「いいや。それだけはダメだ」


 エトヴィンのいうアルブレヒト・フォン・ヴァレンシュタインとは傭兵の中の王様だ。かつて神聖ゲルマニア帝国を分裂させた戦争を戦い、今のオストライヒ帝国の基礎を作ったともいえる人物だった。不幸にしてオストライヒ帝国からその実力を警戒され、最期は暗殺されているが。


「夢は遠く、大きな方がいい。それまでの道のりを大事にできる。簡単に達成できる夢では、人生は色のないものとなってしまうだろう」


「そうですね。ミカエラ様の夢は?」


「うむ。まずはドラゴンを討ち取ること。そして、ドラゴン13体を倒した伯父上を超えることだ。どう超えるかは、これから考える次第だ。14体のドラゴンを倒すのか、あるいは竜殺流の名を高めるのか」


「13体のドラゴンを……? それはまた伝説的ですね」


「ああ。伯父上は立派な人であったよ」


 ミカエラは少し誇るようにそう言う。


「けっ。同胞を13体も殺しやがったんだ。俺としちゃ気に入らない話だ」


「え? 今喋ったのは誰だ?」


「俺だよ、俺。ほら、ここにいる」


「け、剣が喋った!」


 エトヴィンが驚く。


「そう言えばどうしてその剣が喋るのか聞いてませんでしたよね」


「ああ。これは伯父上が13体のドラゴンを斬った剣だ。殺した竜の血が染みつき、呪いとなり、悪霊となり、この剣に宿っている。伯父上を狂わせ、民草を斬らせた呪いの剣だ。だが、今は私のよき相棒だ」


「よろしくな」


 “竜喰らいの大剣”が気さくに挨拶する。


「呪いの剣だったんですね、それ……」


「今はただの喋る愉快な剣さ。ここにいる誰にも恨みはない。気軽に声をかけてくれよ。ドラゴンの知識の凄さってのを教えてやるからな」


 テオがまじまじと“竜喰らいの大剣”を見るのに、“竜喰らいの大剣”はそう返した。確かに今は呪いなどではなく、ただの会話相手であり、アドバイザーだ。


「ドラゴンの悪霊が宿った剣とは。これはまた驚きですな」


「野営の見張りをするときなどいい話し相手になってくれる」


 ミカエラはそう言って“竜喰らいの大剣”の柄を叩いた。


「あんた、領主の不貞の息子か何かだろう?」


 そこで“竜喰らいの大剣”があっさり言ってのけるのにブルクハルトの肩が僅かに揺れた。エトヴィンは俯いたまま喋ろうとしない。


「どうしてそう思ったのです?」


「さっきの使用人の態度とどうしてまるで関係のない人間が接触相手の限られる領主の狩猟場の友人なのか。そして、上位の貴族しか会得し得ないはずの鷲獅子流を、どうしてあんたがマスターしているのか、だ。ここの領主は侯爵様だろ?」


 違うか? と“竜喰らいの大剣”は尋ねる。


「降参です。その通り。俺はここの領主の不貞の息子だ。母は城で働いていた使用人。最初のころは息子として扱ってくれたんですが、母が死んでからは他人ですよ」


「団長! どうして黙ってたんですか? 自分たちには話してくれてもよかったのに」


「こんな話、愉しくないだろ? まあ、俺の鷲獅子流は親父から受け継いだものだ。親父の子は娘しかしなくて、剣術を教える相手がいなかった。だから、俺に教えてくれたんだよ。親父は凄腕だ。それは認める。母のことも母が死ぬまで大事にしてくれた。だが、今は他人だ。そう取り決めた」


 そして、その関係を他言しないことも取り決めたとブルクハルトはいう。


「ありゃ。そうだったか。てっきり親父さんが憎くて黙ってるかと思ったんだが」


「とんでもない。親父の取り巻きは俺のことを嫌っていたけど、親父はそうじゃなかった。鷲獅子流をしっかりと教えてくれて、将来に備えさせてくれた。書斎の本も自由に読ませてくれた。いい親父でしたよ」


「そうかい。あんたもいろいろあったんだな」


「まあ、それなりには。ミカエラ様もいろいろあって流浪の身なのでしょう?」


 ブルクハルトはそう言う。


「その通りだ。私もいろいろとあった。すまない。私の剣がいろいろと喋ってしまって。場を冷やしてしまったな」


「気にしやしませんよ。いずれ、テオとヴァイスには教えるつもりでしたから」


 ブルクハルトはそう言って笑った。


「全く、空気の読めない剣だね。ドラゴンの悪霊ってのはみんなそうなのかい?」


「知らねえよ。俺以外でどこのどいつが悪霊になったかなんて……ああ、いたな。悪霊。“悪竜の宝剣”だ。あいつはあいつで惨めったらしい理由で悪霊になってやがるが」


「財宝を人間に奪われて悪霊になった、か。あんたもあれぐらいの力はないのかい?」


「冗談じゃねえ。あんなのは本物の呪いだ、呪い。八つ裂きにしても生き返るなんて、地味な拷問よりひでえじゃねえか」


 ディアナがいい感じに酔っぱらって来て“竜喰らいの大剣”に絡むのに、“竜喰らいの大剣”は迷惑そうにそう返した。


「“悪竜の宝剣”とは?」


「話していなかったか? あの温泉のある町で──」


 そして、その日の昼はエトヴィンの小屋でこれまでの旅路の話になった。


……………………

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