追放は唐突に
本日1回目の更新です。
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──追放は唐突に
その決闘の勝敗は一瞬で決まった。
ミカエラ・フォン・シュタウフェンベルクの繰り出した竜殺流“竜爪砕き”はその名の通り、恐ろしい硬度を誇る竜の爪を破砕する威力がある。人体がそれを受ければ、言わずもがなである。ミカエラはそれでも頭や首は狙わなかった。
相手は突然婚約破棄を宣言されたとしても、突然決闘を宣言されたとしても、ライン帝国第1皇子なのだ。
「立会人。勝敗はどうだ?」
「ミ、ミカエラ・フォン・シュタウフェンベルクの勝利です」
木刀を握ったミカエラは美しい少女であった。
長く流した白く輝く髪をポニーテイルにして纏め、瞳にはルビーのように赤い瞳。目鼻立ちもしっかりしており、絶世の美人と言われた母の面影を存分に引き継いでいる。
そんな彼女は動きやすい白いドレスを纏っており、真っ白な髪、真っ白な肌、真っ白なドレスと純白に包まれていた。
それだけにドレスに飛び散った赤い血は目立つ。
「ぐおっ……! おのれ、おのれ……」
ミカエラの視線の先には腕がへし折れ、開放骨折を引き起こしているライン帝国第1皇子ヴィルヘルムの姿があった。ぼたぼたと血を流し、呻き声を発している。
「誰か、誰か医者を呼べ! 急げ!」
「殿下、気を確かに! すぐに治療いたします!」
ヴィルヘルムは苦痛に震えながらもミカエラを見た。
「この女を追い出せ……!」
「畏まりました!」
治癒魔術がけられるヴィルヘルムを見て、ミカエラは追い出されるまでなく、自分の足で帝城を立ち去っていた。
「……一体何だったんだろうか?」
帝城を出て、公爵家の馬車に乗り込んだミカエラは首を傾げる。
あまりにも全てが唐突だったとミカエラは認識している。
ミカエラはシュタウフェンベルク公爵家の娘として第1皇子ヴィルヘルムに嫁ぐはずだった。だが、ヴィルヘルムは突如として一方的にそれを覆し、決着を付けるなどと称してミカエラに決闘を挑んだのである。
理解しかねるというのがミカエラの見解だった。
ただ、ヴィルヘルムも武人であり、ミカエラ自身も武人である以上、手加減などしては相手に失礼だというもの。ミカエラは殺さない範囲で木刀を握りヴィルヘルムとの決闘に望んだ。結果はミカエラの圧勝であった。
「戦いに飢えておられていたのか?」
確かにミカエラも戦いに飢えることがある。誰でもいい、何でもいいから戦いたくなる。そういう時はよく伯父に相手をしてもらっていた。伯父がいない時は領地に出没する魔物を相手にしていた。
「……しかし、満足させられなかったのだろうか」
ヴィルヘルムははっきりと言った『この女を追い出せ』と。
「手を少し抜いたことに怒っておられたのだろうか。かといってあの場では“竜爪砕き”がもっとも適切だと思うのだが」
ミカエラもライン帝国に、ライン帝国皇室に敬意を持っている。だから、あの場でヴィルヘルムを殺すわけにはいかなかった。
だから、死ぬような技は避けた。竜殺流ならば木刀でも容易に人を八つ裂きにできるのだ。だが、そんなことをしては敬愛するライン帝国皇室に損害を与えてしまうだけだ。そして、ミカエラの見たところヴィルヘルムは鷲獅子流を学んではいるが、極めてはいない。それでは竜殺流を受け止められない。
「うむ。どうにも分からないな」
ミカエラには結局意味不明な事象ということで、この件は片付けられた。
だが、第1皇子に重傷を負わせておいて、何の咎もないはずがない。
「なんてことをしてくれたんだ!」
シュタウフェンベルク公爵家当主であり、ミカエラの父であるシュテファンは帝城で起きたことを聞かされると激怒してミカエラを怒鳴りつけた。
「何を怒っておいでなのですか、父上?」
「ああ。もう、お前は馬鹿なのか? 帝城で自分が何をしたのか覚えていないのか?」
「ヴィルヘルム殿下と決闘をいたしました。無事、勝利を収めております。ヴィルヘルム殿下も武人の名に恥じぬ戦いぶりでありました」
「馬鹿者! だ、第1皇子であるヴィルヘルム殿下と決闘などとは! それも大怪我をさせたのだろう! 我々は身の破滅だ! お終いだ!」
シュテファンは唸りながら書斎をぐるぐると回る。
「事情は分かりませぬが、この身に至らぬ点があったとすれば謝罪いたす次第です。私はヴィルヘルム殿下に恥をかかせてしまったのでしょうか?」
「恥どころか、大怪我を負わせたのだ!」
「ですが、殿下は手は抜くな、と」
「お前はどうしてそう融通が利かないんだ! そんなことだから婚約も破棄されるのだぞ! 分かっているのか?」
ミカエラはさっぱり分からなかった。
「ヴィルヘルム殿下は確かに武人であられる。若くして鷲獅子流を学ばれ、剣聖と呼ばれたロータル・リヒテナウアーからも教えを受けている。だが、お前はどうなのだ? お前は武人なのか? それとも公爵家令嬢なのか?」
「武人であり、公爵家令嬢であります」
「それは両立しない! 公爵家令嬢は武人にはならない!」
「ですが、私は──」
「もし、伯父のことを引き合いにだせば、お前はそれで終わりだ」
シュテファンはこれまで聞いたことがないほど冷たい声でそう言った。
それを聞いてミカエラは黙った。
「どうすればよかったとおっしゃるのですか? 婚約が破棄されたのは決闘の前です。既にヴィルヘルム殿下は婚約破棄を決めておられました」
「……お前とはやっていけないと思われたのだろう。確かに否定はできない」
何故ですかという言葉を吐き出しそうになったがぐっとこらえる。
シュテファンは理由を語るだろう。むやみに質問するべきではない。
「本当ならばヴィルヘルム殿下ではお前の姉であるローゼマリーと婚約するはずだったのだ。だが、知っての通りローゼマリーは下級貴族の子息と駆け落ちして、どこかに消えた。そこでお前に白羽の矢が立った」
その話はミカエラも知っている。実は姉には姉が出奔する前に会っているのだ。他言無用とのことで誰にも喋っていないが、姉の言った言葉は覚えている。
姉は言った。『あなたはあなたらしく生きなさい。私はそうする』と。
だから、ミカエラはミカエラらしく生きてきた。
「まさかお前がヴィルヘルム殿下と婚約するなど思ってもいなかった。だから、教育が疎かになっていたことは認めよう。だが、お前はどうして自分を武人などと言い、あの口にするのも憚られる伯父に教えを求めていたのだ?」
「それが私らしくあるためだったからです」
ミカエラは率直にそう答えた。
「公爵家令嬢たるもの、第1皇子の婚約相手たるもの、自分らしさなど捨ててしまえ。お前はヴィルヘルム殿下の良き妻となり、帝国の後継者を生む役割があったのだ。それをお前が武人であるなどと名乗り……」
「お聞かせくださいませんか、父上。どうしてヴィルヘルム殿下は私との婚約破棄されたのか。父上は理由をご存じなのでしょう?」
「……男は女よりも弱いと思われることを嫌う」
「……それだけですか?」
「ああ。それだけだ。お前が武人を気取り、あの伯父から教えられた剣術をひけらかしたおかげで婚約破棄されたのだ」
「私は竜殺流をひけらかしてなどいません」
「そんなことはもうどうでもいい。お前はこの家から追放する。そして、このライン帝国から追放する。二度と戻ってくるな!」
こうして、ミカエラの追放は決まったのだった。
そして、それはミカエラが師匠として仰ぐ人物の耳にも届いた。
「世の中、どうなるものか分からないものだな。第1皇子に重傷を負わせて婚約破棄とは。やはり人生というものは面白いものだ」
その人物はシュタウフェンベルク公爵家の領地にある山の山荘で瓶ごとワインを呷っていた。そして、にやりと笑っていた。
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