解毒が使えない回復師
呼ばれた方へ走るセイ。物々しい雰囲気の中、人混みをかき分けた。
輪の中にいたのは、老人の男性。床にへたり込んだままうずくまっている。
草爺。山菜好き、キノコ博士。よく近くの林や森で山菜やキノコをとってはみんなに食べさせてくれる……
「まさか」
私が食膳を見ると──あった。
毒草だ。すでにほとんどは食べてしまっている。首筋を怖気が走る。
「なあ、セイ、なんとかならねえか」
近くにいる男が言った。
事態の深刻さを知りつつも、気を落ち着ける。
「これは……毒草なんです」
周りを慌てさせないように静かに説明し始めた。
「これを食べると嘔吐や高熱を発症します。多く食べると、手足が痺れて徐々に呼吸ができなくなります。──解毒するしかないです──」
そう解毒。私にはできない回復師の技。でも、助けたい。
「やるだけやってみます。でも完全には解毒しきれません。だからこの毒草にそっくりな葉っぱで縁に白い斑点のある薬草を取って来て欲しいんです。なんとか……時間を稼ぎます」
俯くセイ。その背をバシッと叩かれる。後ろにはヴァンがいた。
「シャンとしてろ。俺たち任せろ。それはどれくらい必要だ」
数秒停止した。一気に回路が繋がる。
「えっと。5まい、いや一応10枚は欲しいです」
「わかった。草爺の狩場は知っている。先発組、俺についてこい」
ヴァンの一声で若い男や屈強な男性人が集った。糸がピンと張ったような、空気が変わる。命がかかっているのだ。
風のようにヴァンたちは出て行った。
私も命をかけないと。
フリートさんが何かできることはあるかと聞いて来た。タオルや布団や氷水を頼んだ。
草爺の状態が思わしくない。体が弱い草爺……すでに手足に麻痺が出て震えていた。
ヴァンたちは必ず薬草を見つけて帰ってくる。私も草爺の山を知っている。でも距離がある。往復1時間、草爺の体力はもって数十分。この状態じゃ、草爺の体力はもたない。
もうやるしかない。迷ってなんていられない。
父と母のことが好きだった、尊敬してた。今もそうだ。捕まっていても、見捨てられても。
でも、あの日から……特に母との記憶は霞んでいった。深く霧がかかったように
それでも薬屋の母が教えた知識が私の中に生きてる。父の剣術が私の体で生きている。僅かでも母と同じ回復師の技が使える。
父と母のように、誰かを守りたい。
「やってやる」
体中の力を込めて草爺の腹に手をかざす。草爺の呼吸が浅い。もっと、集中しないと。みんなが見守ってくれている。視線の暑さがこっちにも伝わってくる。
うっ、お腹に痛みが。
「いける」
吐き気を感じる。
「いける」
指先が震えそうだ。
「いけ、る」
──ここまでだ──
かざしていた手を下ろす。今度はセイが床へたり込む。
「大丈夫かっ、セイっ!」
フリートがセイを抱き起こす。
「く、爺は」
草爺の呼吸が落ち着いている。震えも止まったようだ。だが腹痛は治っていないだろう。草爺は体を丸めたままだ。
セイは草爺の額をツンっと指でついた。草爺の苦悶の表情が和らぐ。そのまま眠りへつく。
「少しだけ時間を稼げると思います。ヴァンさん達が戻ったら、薬草を5枚すりつぶしてお湯と混ぜて飲ませてください。そうすれば痛みが落ち着くと思います」
額から汗がながれてくる。早くこの場を離れたい。
「あと、残った薬草は私の所に持ってきて欲しいです。解毒作用を調べてみたいので……届けて欲しいです」
──嘘だ──
「すみません。私バテちゃったので、戻りますね。あとはお願いします」
フリートの手を振り解き食堂を出る。
みなの緊張の糸がほぐれた。仲間達はせきをきったように話し出す。セイにも声援が飛ぶ。
ありがとうと聞こえる。手を振りたいが、自由が効かない。手足が震えてくる。なんとか自分の部屋まで。
「セイっ!」
フリートの声が廊下に響いた。
その場にくず折れるセイ。フリートが背に腕をまわした。
「部屋まで連れて行くぞ。ちゃんと説明しろ」
意識が朦朧としていて、答えられない。
フリートはセイを抱き抱え、寮の部屋へと走った。