魔法使いカレンは享楽的。
中々の難産でした。
クララにとって自身に向けられる視線は常に愛に溢れていた。この世に生を受け、触れ合った人は指折り数える程度である。親愛たる両親と尊敬する二人の姉。上位司祭や聖騎士団長達。敵意や警戒、懐疑といった感情を孕んだ視線を向けられる事は初めてのことであった。
しかし、クララは親近感を感じていた。彼女達は自分と同じ溢れ者だ。何かしらのハンデを背負い、出遅れたはみ出し者なのだ。
…厳密に言えばクララの感じた親近感は勘違いである。クララがクラスで感じている疎外感は自身のハンデとは無関係だ。恋煩いを起こした権力者による横暴の結果である。
しかし、それを知らぬクララは親近感を表に押し出した。
「私も…同じです。クラスでは私もパーティーを組んでもらえない落ちこぼれで…」
純然な善意で一組のパーティーに誘われているものの、異性が苦手で断っている事を無意識のうちに棚へあげたクララである。
僧侶なのに。と赤毛の少女は懐疑的な姿勢は崩れない。
「あの…私…実は…!」
勇気を振り絞り、クララは自分の抱える問題を打ち明けようとした時の事だ。赤毛の少女の後ろで話を聞いているだけのポニーテールの少年が涙ぐんでクララの手を取った。
「貴方!苦労したんだね〜!」
黒髪ポニーテールの少年の手の温度がクララに伝わった。今、クララは異性と触れ合っている。クララは生まれてから触れたことのある異性は自分の父親以外にいない。故に今まで感じていたセンチメンタルな想いや親近感、自身の背負う劣等感らは全てが吹き飛んだ。
クララは咄嗟に飛び退いて距離をとった。
「およ?」
クララは顔をサラマンダーの体表よりも真っ赤に染め上げて叫んだ。
「お、おおお乙女の肌に突然触れるものがありますかぁ!」
叫ばれたポニーテールの少年はぽかんと呆けた表情を浮かべた後、一泊置いて確認するように赤毛少女へ振り向いた。しかし、赤毛少女は一瞬にやけた後に首を横に振った。
「ごめん、ごめん〜?ところで、パーティーに入る、さんせーい!」
歓迎を示すように少年は両腕を大きく広げて満面の笑みを浮かべた。飛び込んでおいでと言ってるように見えてクララが怯む。怯みつつ、他のメンバーの顔色を伺った。真っ黒な少女は目しか見えていないが、笑顔なのが感じ取れる柔らかい目元をしている、気がする。赤毛少女は、と言えば仕方ないと言いたそうな額に手を当てている。
「それでは、自己紹介!しましょう!私、トウドウ・ミコトいいます!一年琥珀組!」
そしてミコトは横の真っ黒を差した。
「これはハナ!タチバナ・コハナ!同じ一年琥珀組!こっちに来た、今年。だから喋れないし分からない。私が通訳する!」
ミコトの紹介に合わせて、コハナは手をひらひらと振って挨拶とした。通訳発言後にミコトは得意げな顔をした。
「ちょっとミコト〜。貴方だってかなり語彙に不安があるし文法だって怪しいでしょ〜?」
悪戯好きの子供のような表情の赤毛少女にミコトは笑顔を引き攣らせた。
「まぁ…えぇと…修行!そう、修行中だから!」
「修行じゃなくて勉強でしょうが。まあいいわ」
そして、赤毛少女はクララへと向き直った。
「私はカレン。魔法使いよ。一年翡翠組。よろしく」
改めて自己紹介よろしく、と続けたカレンにクララは頷いて一つ気合いを入れ直した。
「私はクララ。クララ・サクリ。僧侶です。」
自己紹介を簡潔に終えるとカレンは日の国コンビから離れて、クララを含めて輪を作る形の位置へ移動した。
「さあて。ダンジョンが閉園するまでまだ時間があるわ。新パーティーの肩慣らしでもどう?」
ヒーラーがいてくれるなら一階層くらい余裕でしょ?と締め括るとミコトが片手を上げて賛成を示した。
「フォーメーション!フォーメーション決めよう!」
とても楽しげな顔でミコトは言う。カレンは片腕を腰にあてて呆れたように溜息を吐いた。
「ミコトはほんとフォーメーション好きねえ」
「フォーメーション!カッコイイ!言葉が!」
そう言うとハナ!とコハナを呼んでクララの聞いたことの無い言語で指示を出している。コハナがやはり聞いたことの無い言語で短く返事をして頷くと、ミコトはクララとカレンの方へ振り返った。
「ハナ!遊撃!自由。私、斬り込む。カレンは飛ぶヤツ、私が逃した敵を撃つ!、クララ、カレン護る。回復お願い。オーケー?」
いきなり名前を男子に呼び捨てにされ、クララは頬が赤く染まるのを感じた。
「はいはい、オーケーオーケー」
とカレンが了承を示すものの、クララは名前呼びに動揺し、未だ自身の役割を咀嚼している所だった。つまり後衛のカレンを護りつつ前衛のミコトとコハナに適宜回復を飛ばすと言うもの。サバンのパーティーにいた頃と同じである。つまり、後方から襲われでもしない限り、武器を振るうことはない。
だが、しかし万が一その時が来たら。告げるべきである。隊列の前提が崩れれば、どのような危険が訪れるか分からない。しかし、漸く組めたパーティーである。男子一人。女子は自分を含めて三人。理想の範囲内である。告げれば、またパーティーを抜けなければならなくなるかもしれない、となると自然の口は硬くなってしまった。
結局クララは自分の決定的な欠点を言い出せないまま迷宮ダンジョンへ足を踏み込んでしまった。話し合いの結果、最高階層の更新へ挑戦するのではなく、迷宮ダンジョン開園日と同じく第一階層を一通り巡回して終了という事に纏まった。軽い戦闘をしつつ、宝箱で消耗品や魔石が回収出来たらラッキー程度の気持ちである。
石造りの壁が人四人分の幅で道を作っており、時折別れて迷路の体を成している。床には生徒の戦闘した跡が疎らに残っているだけで酷く殺風景である。
「あ、あの…ミコト君はあの装備て良いの…?」
クララが前を歩くカレンに小声で耳打ちをした。切り込み隊長ことミコトの装備は布地のみである。近接職には動きの邪魔になるのを嫌って軽いチェインメイルや動物や魔物の皮を加工した防具を使う物もいるが、ミコトとコハナの防具は防具足りえない布地である。最早服と言って良い。
「ミコト君…ねぇ。」
話題を無視して意味ありげなイヤらしい笑みを浮かべるカレンにクララは身体を強ばらせた。
「な、なんです…?」
警戒心を隠す様子もない表情を晒すクララ。カレンは更に楽しげな顔で返す。
「なんでもないよ〜?で、装備なんだけどね。アタシも言ったわよ。でもねぇ。残念ながら変えるつもりはないみたい。ドワーフ並に頑固ね」
「大丈夫…なんですか?」
「まあ見てればわかるわよ」
何処か自慢げなカレンの表情にクララは首を傾げた時だ。前を歩くコハナが止まれとこちらに掌を向けるハンドサインを出した。
「ゴブリン、四。前方曲がり角」
とコハナが単語のみを発声する。仲間へサインを送る際に使う単語だけは覚えているらしい。ミコトが頷き、小声で指示を出した。
「私が切り込む。カレンは一体撃って。お願い。」
カレンが頷き、皆が戦闘態勢を整えるのを認めるとミコトは一直線に駆け出した。
「すご…」
クララは思わず呟いた。走る、と言うより跳ぶ、という印象を受けた。あっという間もなく曲がり角まで走るとひょっこりと顔を出したゴブリンの頭を一つ斬り飛ばしす。ミコトの振るった反りのある、クララが見たことの無い剣の軌道に光を残して煌めいた。
魔力の塊であり、生き物ではない迷宮ダンジョン内の魔物は生き物としての急所を突いたとしても一撃で消滅するとは限らない。しかし、ミコトの一撃はゴブリンを一体、一撃で消滅せしめた。
ぞろぞろミコトをゴブリンが囲い出す。そこへカレンの構えた杖が火を吹いた。
「そおれ、凝った火の玉!」
丸く凝縮させただけの魔力を火に変換して放つ。火の玉の当たったゴブリンが苦しげに呻くとカレンの方へ振り向いて駆け出した。
クララは自分の身体が石像になった様な錯覚を覚えた。後衛のカレンに代わり自分が前に出て戦わなければならない。強ばる身体を叱責し、クララがカレンの前に立とうと一歩踏み出した時、走り寄るゴブリンの前に黒い影が飛来した。
コハナである。コハナは腰に下げられたミコトの剣のような細さのナイフを引き抜き、逆手に構える。ゴブリンは唐突に現れたコハナに棍棒を大振りするが、コハナはそれをするりと躱してゴブリンの首元へ細い刀身のナイフを軽く当てがうように振り切った。
するとゴブリンは前のめりに倒れ、身体が魔素となって空気に溶けてゆく。それをクララは呆然と見つめ、自分が戦う事にならなかった事に安堵する。と、同時にミコトの事を完全に思考の外に追いやっていた事に気づいた。もし怪我をして回復を求めていたら、と顔を青ざめてミコトの方へ視線を向けた。
そこにはゴブリンの姿は既に無く、反りの入った細い剣を一度振り、鞘へ戻して悠々とこちらへ歩くミコトの姿であった。怪我所か、複雑そうな着方をしてる服装が乱れた様子すらない。
カレンは驚いた風もなくミコトへ大声を出した。
「そっち魔石はー?!」
ミコトが苦笑を浮かべた後に首を横に振る。まあそう簡単には出ないよねーとカレンが笑い、ミコトと合流した。
「クララ、第一階層の自動書記地図は?」
クララは初日のサバンのパーティー以外迷宮ダンジョンに潜れていない。探索の進行数が少ない事と男子からの名前呼びが恥ずかしく、クララは赤面しながら俯いた。
「えっとぉ…まだ全然出来てないです…」
「じゃあクララのマッピング埋めつつ、宝箱や魔石探そっか」
カレンの提案にミコトとコハナが諸手を挙げて賛成を示した。
それからはクララにとって緊張感のない戦闘が続いた。ミコトがまず切り込み魔物たち敵意を買い、カレンが釣り出し、コハナが仕留める。ミコトに盾役としての祝福がないからこそ、稀に洩れてこちらに向かってくる魔物もいるが、クララへ攻撃が届く前にカレンとコハナによって消滅させられる。
この調子なら、私が戦わずに済むかもしれない。そんな安堵のため息を吐いたクララをカレンがじっと見つめていた。
それから数回後の戦闘時の事だった。カレンが唐突に凝った火の玉を二発連射し、ゴブリンと耳飛びネズミの二体を釣った。コハナは耳飛び鼠に星の形に似た投擲用のナイフのような物を投げて仕留め、ゴブリンを素通りさせた。
クララの前に魔法で深手を追ったゴブリンが迫る。
カレンが態と複数体釣り出したのは明白で、コハナが二体とも留めを刺せるのにしなかったのも確実だ、と察する事が出来ない程にはクララは混乱していた。
クララは決して魔物と戦う事を恐れている訳では無い。寧ろ、この学園を興味本位で卒業してきた姉の暇つぶしの鍛錬に付き合わされて同学年の貴族子女より動ける方である。
ただ、生き物や生き物のような物を武器で攻撃する事を忌避している。
故にクララは腰に指したショートソードを引き抜くと、ただひたすら防戦に務めるしかなかった。カレンは意外そうな表情を浮かべた後、コハナの名を大声で叫んだ。コハナは頷き、クララを一方的に殴りつけているゴブリンへ手裏剣を投げつけた。三枚の手裏剣がゴブリンの背中に突き刺さり、魔素の霧となって消える。
ショートソードでゴブリンの攻撃を防ぎきったクララは安堵した。一度息を深く吹いて落ち着きを取り戻せば、カレンとコハナの行動の意図が読めてくる。涙目でカレンを振り返ると悪びれた様子のカレンとコハナが並んで立っていた。
無傷で戦闘を終わらせたミコトも合流し、カレンが言い訳を並べだした。
「クララが何か隠してるのは分かったからねぇ。戦いそうになると変に緊張してる感じもしたし、確かめないとね、とさ。」
そう言われればクララは自分の非を自覚してる為何も言い返せなかった。
結果、クララは自分の冒険者としては悪癖と言わざるを得ないそれを告白した。思わずクララは緊張で身体が強ばった。パーティーの離脱。この言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡る。
「ふむふむ。ハナ!」
とミコトがまた母国語でコハナへ指示を改める。そして今度はカレンとクララへ向き直った。
「ハナはカレンを護る。私、クララ護る。クララ!えーっと」
どうやらパーティーを叩き出される様子ではない。良かった、と思いつつもミコトが何か記憶から捻りだそうと唸っている。
「無理にこっちの言葉で言わなくて良いわよ。イッソクイットーって奴でしょ?」
カレンがいつまでも言いたい言葉が出ないミコトに苦笑いを浮かべて言う。ミコトが照れ笑いを浮かべながら頷いて肯定を示した。
「あのぉ、イッソクイットー…?とは?」
聞きなれない言葉にクララは疑問符を浮かべ、語彙の少ないミコトの代わりなカレンが答えた。
「なんでも一歩踏み込めばカタナが届く距離らしいわよ」
カタナ、と言う言葉も聞いたことがないが文脈から察するにミコトの剣の事を言うのだろうとクララは察する。しかし、だ。それは戦ううえで非常に近い。お互いの動きが邪魔になる程に、近すぎるのではないか、とクララは案じた。最も、自分の欠点を態々補う形をとってくれているのだ。文句を付けるつもりはなかった。
そんなクララの思考が読めたのか、カレンが妙に得意げな顔で告げた。
「別に突っ込んでくミコトの隣にいる必要はないわよ」
「でもそれじゃあ…イッソクイットーにならないんじゃ…」
「そんな事ないのよ、この子はね。ねぇミコト!最初のうちはあたしとクララの立ち位置交換しない?」
きょとんと疑問符を浮かべたミコトにカレンが説明した。
「クララがね、イッソクイットーがどれくらいか分からないんだって。まずはあたしがイッソクイットーって奴をクララに見せて教えてあげるの」
クララとカレンの立ち位置を逆にすると言う事だった。クララが離れてコハナに護られ、ミコトが敵の集団に切り込みつつカレンを護る。暫くはミコトに労力の比重が偏るが、口で説明するよりは簡単に解るだろう。ミコトが賛成し、パーティーはまた進み始めた。
次回王立アルタニア学園!
クララの悪癖を受け入れたミコト一行はフォーメーションを新たに迷宮ダンジョン第一階層を進む!しかし、会敵に恵まれずフォーメーションを試す間もないままボス戦へ挑むことに!
次回「侍ミコトは神と共に歩む者」
お楽しみに!