『ウンディーネさんと狂暴なウサギさん』
今回の捜索で、初めてとなる犠牲者。
それは、わたしの忠告を無視した兵士さんでした。
その原因を作り出したのは、1匹のシャドウラビットさんです。
兵士さんは10メートルほど先で、シャドウラビットさんを確認。
ここで盾を構えなくてはいけなかったのですが……。
「なんだ、ただの黒いウサギじゃねぇか」
と判断し、盾ではなく、剣を構えたそうです。
なにをやっているんだか……。
呆れてものが言えません。
シャドウラビットさんに、そんな戦法が通じるワケなく。
あっさりと剣を躱され、一瞬で距離を詰められたそうです。
まあ、そうでしょうね。
あの素早さは異常ですから。
その上、凶暴さも持ち合わせています。
なので、ここから先は一方的な展開。
最初の一撃でヘルムを弾き飛ばされ、さらにこの時の衝撃で持っていた剣と盾を落としてしまったのです。
これをチャンスとみたシャドウラビットさんが追撃を開始。
露になった首元を狙います。
ですが、兵士さんは両腕でガードし、この攻撃を阻止。
ただし防げたの1回だけ。
両腕に受けたダメージが大きすぎたため、兵士さんは両腕をだらんと下ろしてしまいます。
絶体絶命のピンチ!
かと思いましたが、別の兵士さんたちが素早く対応。
怪我をした兵士さんの周りを囲んだのです。
そして盾を構えて、しっかりガードしました。
シャドウラビットさんは何度か攻撃してましたけどね。
仕留められないと判断したのか、撤退してくれたのです。
怪我をした兵士さんが、どうなったのか?
それなら神官さんが治療してますよ。
大事にならなくて良かったです。
ですが、その様子を見て思わず一言……。
「神官さん……いたんですね」
そんな言葉が出てしまいました。
これに対し、怪訝な顔をするお兄さん。
「深淵の谷は危険な場所なのだから、居るに決まっているであろう。其女は何を言っているのだ?」
「いえいえ、そう言う意味ではなくてですね。以前、アルファルムンの神殿を訪れた時に、神官さんがいなかったんですよ。執務室も使われていなかったようですし、どこにいるのかなあと思いまして……」
「ふむ、それでか。アルファルムンの神官は神殿には居らぬぞ。普段は『聖堂』で治療を行っている」
聖堂?
そんなものがあるんですね。
いやいや、それよりも……。
「神殿は使ってないんですか?」
「アルファルムンほどの都市になると、病や怪我をする者が多く存在する。勿論、死者もだ。神殿の規模では到底全てを賄う事は出来ぬ」
なるほど、それで神殿とは別に聖堂があるんですね。
大きな町だからこそ発生する問題。
イールフォリオのような小さな町では、あり得ないお話です。
まあ、わたしの完全回復なら、1度に500人くらい治療できますし……。
そんなことを思っていると、突然お兄さんに頭を下げられてしまいました。
「それよりも……先程は部下が済まぬ事をした。其女の言いつけを守っていれば怪我などせず済んだものを……兵を束ねる者として、謝罪する」
「え? あ……別に気にしてませんよ?? わたしは人族ですから、聞き入れてもらえないのも当然のことかと思います。なので、どうか頭を上げてください」
「そう言って貰えると助かる。私としては人族でも優秀な者からは知恵を借りるべきだと思っているのだが……どうも周りの者には、それが解らぬらしい。困ったものだ」
苦笑いを浮かべる、お兄さん。
そのお兄さんに向かって、わたしは首を傾げます。
「わたしは優秀では、ないですよ?」
「ふっ……本当に其女は、可笑しな事ばかり言う。ティーニヤの手紙で知っているのだぞ。其女は人族の身でありながら神官の職に就き、水魔法も使えるとな。ハイエルフでも、其女の様な者は居らぬ」
「そ、そうですか? なんだか恥ずかしいですね……」
「誇って良いと思うが……して、其女にひとつ訊ねたい事がある」
「なんでしょう?」
「シャドウラビットやらの対処法だが……其女は盾を使うと説明していたではないか。だが、其女は盾を持っておらぬ。如何なる方法で対処するのだ?」
そこに疑問を持ちましたか。
そもそも盾による対処法は、王都の冒険者ギルドに開示してあった方法なんですよね。
もちろんゲーム内のお話ですが。
「えーっと、わたしの場合ですけど……」
質問に答えている途中、前方に視線を感じました。
なんて運が良いのでしょう。
現れたのはシャドウラビットさんです。
わたしと目が合うと同時に、シャドウラビットさんが飛び掛かって来ます。
でも、それよりも先に……。
「…………(バブルドーム! からの、フルスピン!!)」
わたしが使う、最大防御魔法を発動しておいたのです。
口に出さないのは、発動時間短縮のため。
お兄さんも一緒に守ってますからね。
バブルドームのサイズは、やや大きめです。
そうとはしらず、シャドウラビットさんは、こちらに向かって来ます。
そしてバブルドームに触れた瞬間……真横に飛ばされました。
シャドウラビットさんは、ものすごい勢いで大きな岩に激突。
痛そうに見えますが、シャドウラビットさんに一切傷はありません。
見た目に反して、とっても頑丈なんですよね。
恐らく暗闇の中で強化されているからだと思います。
このあとも数回飛び掛かって来ましたが、バブルドームはその全てを阻止。
結局シャドウラビットさんは逃げるように去って行きました。
「……とまあ、こんな感じで対処してます」
「其女……今、何をしたのだ?」
「高速で横回転する、お水の壁? みたいなものを作ったんですよ。まあ、わたしが考えたオリジナルの防御魔法なんですけどね」
「凄まじい魔法を編み出したものだ。これが防御魔法だと? フッ……冗談が過ぎる。攻撃魔法の間違いでは無いのか??」
バブルドームは、れっきとした防御魔法ですよ?
まあ、過剰防衛になりかねないのは認めますが……。
お兄さんは笑っていましたが、この遣り取りを見ていた兵士さんたちは青い顔をしてました。
その中には、わたしの忠告を無視した兵士さんもいます。
ただ……今度は忠告を受け入れてくれそうです。
しっかりと盾を構えていましたから。
このあとすぐに捜索が再開されました。
兵士さんたちは油断せず、周囲を確認しながら進行します。
そして、中層をほぼ全域捜索したところで……。
「ダークエルフが居たぞーっ!!」
ハンターギルドのボスさんが見つかったのです。




