『ウンディーネさんと湖の調査 ①』
「シリフィさん、エリミア湖の場所を教えてもらっても良いですか?」
わたしは受付のところにあるカウンターの上に、バッグから取り出した地図を広げます。
その地図を見たシリフィさんが、瞬きをするように目をパチパチさせました。
「それは構わないのですが……この赤く光っている点は、なんですか?」
そう言って、地図上にあるイールフォリオの町の中心部を指差します。
「これは、わたしがいる現在地を示しているんですよ」
「なるほど。ギルド会館は町の中心にありますからね。それにしても、ウン……ディーネ様は凄い魔道具をお持ちなんですね」
今、わたしのことを『ウンディーネ』と言いかけませんでしたか?
まあ、それは良いとして、シリフィさんの言葉に若干疑問を持ちました。
「凄い魔道具? 王都の道具屋さんで銀貨5枚で売っている普通の地図ですよ??」
「この地図が銀貨5枚で買えるのですか?! やはりカスタリーニは都会だけあって、魔道具の技術が進んでいるのですね。イールフォリオのような田舎とは段違いです……」
シリフィさんは、がっくり肩を落とします。
でもすぐに顔を上げ、地図上のある場所を指差しました。
それは現在地を示す赤いポイントから北に位置する森の中。
わたしはその場所を見て首を傾げます。
「あれ? ここって……『聖なる森』ですよね??」
「はい。エリミア湖は聖なる森の奥にあるのです」
よく見ると、シリフィさんの小さな指は、森の中にある円形状のものを指差してました。
「こんな所に湖があったんですね」
「ディーネ様は聖なる森に行かれたことがあるのですか?」
「ええ、まあ。一度だけ」
ゲーム内でのクエストですが……。
「そうでしたか。現在、聖なる森には狂暴化したフェンリスヴォルフがいるとの報告を受けてますので、十分お気をつけください」
「それって、リジェンさんが襲われた黒いフェンリスヴォルフさんのことですか?」
「恐らく……」
そう答えると、シリフィさんはわたしから視線を逸らしました。
これはなにか訳ありですね。
詳しいお話を訊きたいところですが、そう言う雰囲気ではなさそうです。
ホールに集まる冒険者さんたちが、ちらちらとこちらを見てましたので。
それならクエストの最終確認でも、しておきましょうか。
わたしはニコっと笑って、気持ち切り替えます。
「えーっと、今回の水源調査ですが、クリアの基準はなんですか?」
「あっ、そのことですが、エリミア湖の水位の報告がクリアの条件となっています」
「それだけで良いんですか?」
「そんなに簡単なクエストではないんですよ? 聖なる森には毒を持つモンスターが多く存在しますから。途中で毒を受けてクエストを失敗する冒険者も少なくありません」
毒の攻撃ですか。
確かにあれは厄介ですね。
休んでも食事をしてもHPが減っていくのですから。
わたしも解毒を覚えるまでは苦労しましたっけ。
「あー、わかります。でも、そんな危険を冒してまで水位を調べる必要があるんですか?」
「はい。エリミア様が亡くなられてからと言うもの、この町は水不足になることが増えまして、町の傍を流れる川も年々細くなっているのです。今年は特に深刻な状態でして、このままでは作物に影響がでるかもしれません。ですから現状を把握しておきたいのです」
「そうなんですか。エリミア湖は川の源流になっているんですね」
「全てと言うわけではないのですが、大半はエリミア湖から流れています」
「わかりました。では、早速調べてきますね!」
わたしは広げていた地図を、バッグの中にしまいます。
それとほぼ同時に、シリフィさんが銀色の鍵を差し出してきたのです。
「ディーネ様、こちらをお持ちください」
「この鍵はなんですか?」
「湖の畔にある、エリミア様のお屋敷の鍵です。現在誰も住んでおりませんが、お休みくらいはできると思います」
「それはそれは、とても助かります」
シリフィさんから鍵を受け取り、そのままバッグにしまいます。
そしてギルド会館のドアに手を掛けました。
「では、行ってきますね!」
「お気をつけて」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ウンディーネ様! クエスト頑張ってください!!」
門番を務める若い男性のエルフさんに見送られ、わたしはイールフォリオの町をあとにします。
号外の影響なのでしょうか。
わたしの名前が町中に知れ渡っているようです。
ここにくるまで、かなり声を掛けられましたからね。
そのほとんどが、感謝の言葉だったりします。
有難いと言うか、恥ずかしいと言うか……。
でもこの町のエルフさんたちは、人族のわたしを受け入れてくれてるんですよね。
それは素直に嬉しく思います。
そんなことを考えながら、緩やかな坂を上り、小高い丘を越えました。
それから一時間ほど掛けて、聖なる森の入り口に着いたのです。
ここまでずっと歩きっぱなし。
ですが全く疲れがありません。
「これが健康な体と言うものですか……」
驚きましたね。
入院生活中は100メートルの距離を歩いただけで息を切らせてましたから。
体力に余裕があったので、わたしは休むことなく、聖なる森に足を踏み入れます。
エリミア湖までは一本道。
迷うことはありません。
しばらくすると、森の茂みから大きなモンスターさんが現れました。
「早速、フェンリルさんの登場ですか!」
……と期待しましたが、ただのヴァイパーさんです。
ヴァイパーさんは、どこにでもいる普通の毒蛇さん。
うーん、残念。
わたしは、ため息交じりに炎の杖を掲げました。
「はあ……ファイヤーボール」
その言葉に応じるように、炎の杖の先端が真っ赤に輝きだします。
そして一秒と掛からずに、直径50センチほどある炎の球体が出現しました。
それを3メートルくらいありそうな、ヴァイパーさんに向かって撃ち込んだのです。
正確には足元と言うか、地面にですが……。
地面にぶつかったファイヤーボールは、爆音と共に無数の火花を散らします。
これに驚いたヴァイパーさんは、慌てて森の奥深くへと姿を消しました。
今回も無傷で撃退できましたね。
森の中で生活するモンスターさんは炎が苦手ですから、この戦法はとても役に立ちます。
このあと何度かヴァイパーさんとお会いしましたが、全て炎の杖で退けました。
そして、ようやく森を抜けたのです。
目に飛び込んできたのは、一気に広がる鮮やかな景色。
そこには緑豊かな大草原がありました。
さらに道の先には一軒のお家。
シリフィさんは、エリミア様のお屋敷だと言ってましたが……。
「どう見ても、ログハウスですよね」
別荘地にありそうな、三角お屋根の木造建築のお家です。
ちょっと期待外れと言いますか……。
すいません。
豪邸みたいなものを想像してました。
でも、こう言うお家も素敵ですよね。
間近で見てたら、住んでみたい気持ちが膨れ上がります。
その気持ちはおいといて。
さて、肝心の湖はどこにあるのでしょうか?
お家の裏に回ってみましたが、クレーターみたいな巨大な窪地があるだけです。
底のほうに池くらいの水たまりは、あるんですけどね。
湖と呼べる規模ではありません。
もしかして、途中で道を間違えたとか?
このお家もエリミア様のお屋敷ではないのかもしれません。
そう思って、バッグから地図を取り出します。
「えーっと、今わたしがいる場所は……えっ? まさかここがっ?!」
現在地を示す赤いポイントは、シリフィさんが指差したエリミア湖だったのです。