『ウンディーネさんと奴隷さんたちのお仕事』
あの騒動から数日が経ちました。
ようやくイールフォリオの町に平穏が戻ります。
この時の功労者であるグリエムさんですが……。
今はなんと! 衛兵さんのお仕事をしているのです!!
なんて、そこまで驚くことはないですよね。
そもそもグリエムさんは王都の軍人さんでしたから。
その腕を見込まれて、スカウトされたそうです。
功労者と言えば、ベリアさんたちの存在を忘れてはいけません。
中でもリアットさんの活躍は素晴らしいものがありました。
ただ……ベリアさんたちは奴隷さんと言うこともあって、スカウトのお誘いは、なかったようです。
でもこれは、表向きのお話。
後日ティーニヤさんに、こんなことをお願いされましたから。
『奴隷の皆さんには、秘密裏に情報を集めて頂きたいんですの』……と。
お仕事の内容は、町の中で不穏な動きがないか、調べると言うもの。
ベリアさんたちなら、大事になる前に反乱分子を見つけられる。
ティーニヤさんは、そう考えているようです。
実際、ベリアさんはアルファルムンにいた頃、狩りの他に情報などを売って生活していましたからね。
なので、このお仕事を受けるかどうか訊ねたところ、二つ返事で引き受けてくれました。
急用がない限り、報告は5日に1度。
そして今日は、その報告も兼ねて、お茶会にお呼ばれしています。
では早速……。
「ベリアさんのお話によると、この5日間は特に問題ないとのことでした」
「それは何よりですわ。奴隷の皆さんに、お疲れ様でしたと、お伝え下さい。あと……こちらは今回の報酬ですわ」
そう言うと、ティーニヤさんは小さな革袋を差し出しました。
その中には金貨が10枚ほど入っています。
「あの~、こんなにいただいて、良いんですか?」
「勿論ですわ。本来なら、わたくしの私兵を使わなくていけませんのに……ディーネさんの奴隷達にお願いしているのですから」
「そこはあまり気にしなくても大丈夫ですよ? ベリアさんたちは、ティーニヤさんに恩返しができると、喜んでましたし」
「そんな……わたくしは前領主の娘として、当然の事をしたまでですわ」
「当然のこと?」
「ええ。お父様は何時も仰ってましたの。『領民は皆平等である』と。苦しんでいる者が居るのなら、エルフであろうと、人族であろうと関係ありませんわ!」
ティーニヤさんは力強く語りました。
その言葉に胸を打たれます。
ティーニヤさんは、もちろんのこと……。
「ティーニヤさんのお父様も素敵なかたなんですね」
「ええ……とっても」
嬉しそうに笑うと同時に、ティーニヤさんの頬が赤く染まります。
自慢のお父様なのでしょうね。
「ちなみに、今の領主さんである、お兄さんも同じ考えなのですか?」
そう質問したところ、ティーニヤさんの顔が、一瞬で険しくなりました。
あれ? もしかして……聞いたらダメなことを聞いちゃいましたか??
今のはナシで、お願いします!!
急いで訂正しようとしましたが、ティーニヤさんこの質問に答えてくれたのです。
「お兄様は、お父様と同じ考えですわ。ただ……お姉様は反対してますの。利益にならない領民は切り捨てるべきだと。ですから、わたくしの行いに対して、何時も不満を漏らしていましたわ」
「そうだったんですか。では、お兄さんとの関係は……」
「良好ですわ。今でも、お手紙の遣り取りをしてますの」
「なら良かったです」
わたしは、ホッと胸を撫でおろしました。
するとその時、お部屋のドアを叩く音が聞こえてきたのです。
「ティーニヤ様、宜しいでしょうか?」
この声は、メイリーさんですね。
ティーニヤさんは、スッと立ち上がり、ドアを開けました。
「あらあら、まあまあ。どうされましたの?」
「ティーニヤ様宛の、お手紙をお届けに参りました。オーベリオン様からです」
「お兄様から! 届けて下さって、有難う存じますわ!!」
「勿体ないお言葉。それでは失礼致します」
メイリーさんは一礼し、この場を立ち去ります。
一方ティーニヤさんは、お手紙を読み始めていました。
本当に仲が良いんですね。
ティーニヤさんは、今日一番の笑顔を見せています。
ところが、読み進めていくうちに、ティーニヤさんの表情が、少しずつ暗くなっていったのです。
そして読み終えたあと、お手紙を持つ両手が震えていました。
「ティーニヤさん? 大丈夫ですか??」
「お、お兄様が……深淵の谷に向かわれるそうですわ……」
「深淵の谷? なぜ、そんなことになったんですか??」
「神獣様を殺めるダークエルフが、深淵の谷に現れるかも知れないと、ポルトヴィーンのギルドから情報提供があったみたいですわ。深淵の谷に一番近い町はアルファルムンですから、お兄様が軍の指揮を執る事になりましたの。これも領主の務めだと、解ってはおりますが……心配ですわ」
ソワソワするティーニヤさんを見て、複雑な気持ちになります。
なぜかって?
その情報の提供者が、ベリアさんだからです。
もちろん、悪いのはダークエルフさんであって、ベリアさんではありません。
ですが、知らぬ存ぜぬと言うわけにはいかないですよね。
ある程度の事情は、しっているのですから。
なので、わたしはティーニヤさんに提案します。
「そんなに心配なら、わたしが同行しましょうか?」
「ほ、本当ですの? ディーネさんがご一緒して下さるなら安心ですわ。ですが場所が場所だけに、お願いして良いのか……判断出来ませんわ」
「大丈夫ですよ。深淵の谷なら、何度も行ったことがありますから」
「何度もっ?! ディーネさん、貴女はやはり……女神様であられましたのね!!」
いえ、ただの神官さんです。
ですから、跪いてお祈りしないでください。




