『ウンディーネさんとお水の精霊さん』
アルファルムンから戻ったその足で、東の門へと向かいます。
翻訳念話のスキルを得たわたしは、終始シュヴァルツさんとお話ししてました。
その様子にフウカさんは呆れ顔。
仕方ないじゃないですか。
ずっとお話ししたいと思っていたんですから。
せめて今日くらいは許してください。
などと心の中で謝罪していたところ……。
「あれ? 具合の悪そうなかたがいますね」
門の近くで頭を抱える女の子の姿が見えたのです。
青い髪をしていることから、エルフさんでもなければ人族でもなさそうな感じがします。
お耳も短いですしね。
ひとつ言えることは、紛れもなく美少女であると言うこと。
ティーニヤさんとは違う、別の可愛さが、この女の子にはありました。
とりあえず体調が気になったので、声を掛けてみます。
すると女の子は、ビクッと体を震わせながら『大丈夫』と返してきました。
まあ、突然知らない人に声を掛けられたら驚きますよね。
でも少し間をおいて、ビクッと体を震わせるのは、なぜでしょう?
ちなみに今のが2回目です。
そこがちょっと気になるところ。
そして、体を震わせること3回目。
女の子の口から『フェンリル様』と言う言葉が聞こえてきたのです。
どうやら今度は、シュヴァルツさんを見て驚いている様子。
これは仕方のないことでしょうね。
フェンリルさんの一族は、山か森にしかいませんから。
町の中で出会うだなんて、思ってもみなかったはず。
しかもシュヴァルツさんは、フェンリルさんの希少種。
そんな珍しい存在を目の当たりにして、驚かないでいるのが無理なお話なのです。
女の子は、しばらくポカンと口を開けたままでしたが……。
シュヴァルツさんの頭上に視線を向けると、また体をビクッと震わせました。
たくさん驚きますね。
まあ、とても可愛い女の子なので見てて飽きませんけど。
その女の子に向かってフウカさんが訊ねました。
『高位ノ水精霊様デスカ?』……と。
それに対して、女の子は小さく頷きます。
へえ……この女の子は、お水の精霊さんだったのですか。
でも言われてみれば、ナイアスさんもこんな感じでしたっけ。
ただ、ナイアスさんのほうが存在感があると言うか、なんと言うか。
圧倒的なオーラみたいなものを感じたんですよね。
これが神位の精霊さんと高位の精霊さんの差なのかもしれません。
おっと、余計なことを考えてしまいましたね。
お陰でフウカさんと女の子の会話を聞きそびれてしまいました。
苦笑いを浮かべていると、少し離れたところで、わたしの名前を呼ぶ声が聞こえます。
よりにもよって、『ウンディーネ様』と……。
その相手は意外にも、シリフィさんでした。
訊けば、納得のいく理由でしたので、これ以上注意はしません。
とりあえず、お家の修理は順調とのこと。
ベリアさんたちが着く頃には完了しそうです。
これで一安心。
修理をしてくださっているドワーフさんにお礼を伝え、手を振りました。
するとここで、お水の精霊さんである女の子が……。
「ウン……ディーネ? あなたが??」
……と不思議そうに訊ねてきたのです。
まあ、そうなりますよね。
わたしは人族であって、お水の大精霊さんではないのですから。
なので誤解のないように、わたしは言葉を返します。
「あ、はい。もちろん、精霊族のウンディーネさんではないですよ? これには色々と事情がありまして……でも、お水の大精霊さんに失礼ですよね」
申し訳ない気持ちになっていると、シュヴァルツさんが首を一度だけ横に振りました。
『何を仰っているのですか。ご主人様の方が水の大精霊より、遥かに優れております』
「そんなぁ、買いかぶり過ぎですよ。でも、シュヴァルツさんにそう言ってもらえると嬉しいです……えへへ」
『本当の事を言ったまでです』
ああ、シュヴァルツさんが優しい。
お互いに見つめ合っていたのですが……。
シュヴァルツさんの頭上から冷たい視線を感じました。
フウカさん、そんな目で見ないでください。
こんなやり取りを全く気にすることもなく、今度はシリフィさんに声を掛けられます。
「ところで。こちらの精霊様は、ウン……ディーネ様のお知り合いの方なのですか?」
今のは怪しいですね。
まあ、目を瞑るとしましょう。
それはさておき。
さすがはシリフィさん。
この女の子が精霊さんであると見抜いているようです。
「いえいえ、違いますよ。初対面です」
首を横に振ったのち、女の子に視線を向けました。
すると女の子は、緊張した面持ちで、ゆっくり口を開いたのです。
「あの……わたしの願いを……聞いて欲しい……」
「お願い? なんでしょう??」
「あなたと……一緒に……暮らしたい……」
まさかの申し出に、今度はわたしが目を丸くします。
「え? 一緒に暮らす?! それはまたどうしてですか??」
「わたし……帰る場所が……ない……それで……」
そこまで話すと、女の子は口を噤んでしまいました。
この女の子は口下手なんでしょうね。
なんだか入院していた頃を思い出します。
こんな感じで言葉に詰まる、小さな男の子がいましたから。
その男の子はご両親がとても厳しくて、言いたいことを上手く言葉にできなかったのです。
それが躾だと言われたら、それまでですけどね。
ただ……お話しできなくなってしまうのは、いかがなものかと思います。
だからわたしは、その男の子とお話しする時、否定的なことは言わないようにしてました。
もちろん、この女の子に対しても、そうするつもりです。
わたしに叶えられることがあるのなら、なおさらのこと。
「大変な思いをされてきたんですね。わたしのお家で良ければ、いくらでも泊まっていってください。幸い、ベッドもひとつ余ってますから」
「ありが……とう……わたしは……アンデイル……よ、よろしく……」
嬉しそうに答える、女の子……ではなく、アンデイルさん。
その目は少し潤んでいました。
「アンデイルさんですね。こちらこそ、よろしくお願いします。あと、わたしのことですけど……できればディーネと呼んでくださ……」
言い終える途中で、アンデイルさんがボソッと呟きます。
「母さん……」
母さん?
なぜそう呼ぶのか、理解が追い付きません。
「え? ええっ?! そ、それはちょっと……」
「母さんじゃ……ダメ?」
上目遣いでお願いしてくる、アンデイルさん。
それはちょっと反則的な行為じゃないですか?
こんなに可愛い女の子に、そんな風にお願いされたら断れません。
なので、わたしは頷くことしかできなかったのです。
でもまさか16歳で母親になるとは……。
それも見た目だけなら自分と同い年くらいの女の子。
どうしてこうなったのか、わたしは頭を抱えるのでした。




