『お水の精霊さんと懐かしい町並み』
5年ぶりに帰ってきたイールフォリオの町。
わたし……アンデイルは今、神殿の中にいる。
ここまで送ってくれたのは復活の女神様である、レファリナ様。
そのレファリナ様にお礼とお別れを告げたあと、しばし神殿を眺めてみる。
「誰も……いない……」
静かすぎる神殿。
そうか……この町の神官は一年前に出て行ったんだった。
エリミアの姉、エリサの手紙にそんなことが書いてあったことを思い出す。
「でも……見られていないのは……好都合……」
わたしは説明するのが苦手だから。
そんな言い訳をしながら、神殿のドアをゆっくり開ける。
そして町の中心部に向かって歩き出した。
「懐かしい……町並み……」
でも緊張して、胸がドキドキする。
それは仕方のないこと。
何故なら……今までエリミアの中から見てきたものだからか。
自分の足でイールフォリオの町を歩くのは、これが初めて。
あと、緊張している理由は他にもある。
「そ、そんなに……見ないで……」
周囲の視線が、わたしに集まっている。
これも仕方のないことかもしれない。
精霊族はカスタリーニの町、もしくは自然の多い場所にしか姿を見せたりしないから。
珍しいものを見ていると思っているのだろう。
だからと言って話しかけられることはない。
青年期を迎えた精霊は、ハイエルフの貴族をも凌ぐ存在。
身分の差が、わたしを守ってくれている。
「それにしても……」
見慣れた景色のはずなのに、違和感を覚えてしまう自分がいる。
エリサの手紙だと、エリミアがいなくなってから町の活気がなくなったと書いてあったからだ。
エリミアの死が、かなりのショックを与えたらしい。
それは偽装なのだけど……。
ところが、わたしが今見ている風景は、そんなことを微塵も感じさせない。
エルフたちの表情は皆、明るく。
大通りに面した、お店も賑わっている。
わたしたちがいた頃よりも、活気づいているのではないだろうか?
不思議に思いながら、そのまま大通りを進み、東の門まで歩いてみることに。
そこで、さらなる違和感を覚えた。
「か、壁が……焦げてない?!」
毎年性懲りもなく襲撃してくる、フレイムドラゴン。
奴が放つ炎のブレスは、わたしの水魔法をもってしても、町を囲う壁までは守れない。
だから町の壁は、毎年修復していた。
それもフレイムドラゴンの襲撃から、二か月ほどかけて。
「これは……明らかに……おかしい……」
まだフレイムドラゴンが現れて、一か月くらいしか経ってないはず。
それなのに壁どころか、町全体が無事だなんて。
わたしの記憶が正しければ、この町で水魔法が使えるエルフは、ひとりしかいない。
エリミアの代わりにギルドマスターになったドーラの母親、リジェンがそうなのだけれど……。
「彼女が契約してるのは……中位の水精霊……」
わたしの水魔法に比べると遥かに劣る。
中位の水精霊では、せいぜい町の中心部しか守れない。
そうなると考えられるのは、第三者の存在。
フレイムドラゴンが現れる前に、強力な水魔法の使い手が、この町に来たと言うこと。
「でもそれって……誰?」
わたしを超える水魔法の使い手なんて、精霊族で言ったら母様とナイアス様しか知らない。
いや……ナイアス様を精霊族として扱うのは失礼に値する。
なにせ水の女神様である、オルケニス様のご息女なのだから。
「となると……母様……なの?」
それも考え難い。
プライドの高い母様が、こんな辺境の町に来るはずがない。
謎は深まるばかり。
頭を悩ませていると、東の門から少し離れたところで、話し声が聞こえてきた。
「修理は予定通り終わりそうですか?」
「んだ、問題ねえぞ」
話をしていたのは、エルフの少女と中年のドワーフ。
エルフの少女は見覚えがある。
ギルドで受付をしている、シリフィと言う子だ。
ドワーフの方は知らない。
この五年の間に移り住んだ来た者だろうか。
ただ……ドワーフが修理しているものは、良く知っている。
「衛兵の……宿舎……」
わたしの水魔法で、ギリギリ守れる建物。
でも、今の姿は焼け焦げた廃墟でしかない。
「わたしたちが……いなくなったせいで……こんなことに……」
胸が痛くなる。
もっと早く帰ってくればよかった。
後悔しつつも、二人の会話に耳を傾ける。
そこで、驚くべき名前を聞いてしまう。
「では、ウンディーネ様に、そう報告しておきますね」
今なんて言ったの?
「ウン……ディーネ?!」
何故ここで、母様の名前が出てくるのか理解できない。
まさか……わたしを探しに、ここまで来たと言うの?
信じられない。
ううん、信じたくない。
今度は激しく首を横に振る。
バレないように、エリミアの中に隠れていたのに……。
見つかるはずがない。
でも確かに、シリフィは『ウンディーネ』と言った。
「何故? どうして?! なんで??」
わけがわからない。
混乱して、頭を抱える。
そんな時……背後から魔力を感じた。
わたしなんて子供に感じるほどの凄まじい魔力を。
ま、まさか……本当に母様なの?
恐る恐る振り返る。
「あの~、大丈夫ですか?」
するとそこには、心配そうにわたしを見つめる、人族の少女が立っていた。