『ウンディーネさんと黒いフェンリルさんから告げられた事実』
エーリィル様から翻訳念話のスキルを授かったわたしは、早速シュヴァルツさんとお話ししてみることに……。
ついにこの時がやってきましたね。
緊張を振り払うように、咳ばらいをひとつします。
「えー、コホン……シュヴァルツさん、こんにちは」
「…………わ、わおん」
聞こえてきたのは、いつもの鳴き声。
ところが頭の中では……。
『…………こ、こんにちは。ご主人様』
恥ずかしそうに答える、シュヴァルツさんの声が聞こえてきたのです。
しかも落ち着いた女性の声で。
シュヴァルツさんって、女の子だったんですね。
まあ、男性と思われるモノがなかったので、そんな気はしてましたが。
それがなにかは、ご想像にお任せします。
しかし、これが翻訳念話のスキルですか。
シュヴァルツさんの鳴き声が、すんなり頭の中で言葉に変換されるのは驚きです。
このあと、しばらくシュヴァルツさんとの会話を堪能。
最初こそ、ぎこちない感じでしたが、途中から普通にお話ししてました。
そしてこの時、わたしは驚くべき事実を告げられたのです。
それは……。
「え? シュヴァルツさんは、わたしを追いかけてイールフォリオに来たんですか??」
『はい。ヴァナルガンドからご主人様のお話を聞きまして、是非お会いしたいと思い、同胞達に行方を調べて貰った次第です』
同胞と言うのはフェンリスヴォルフさんのことでしょうね。
山や森などで何度かお会いしたことがありますから。
恐らく、その目撃情報がシュヴァルツさんに伝わったのだと思います。
ただ、ヴァナルガンドさんと言えば、シュヴァルツさんと同じフェンリルさんの希少種。
王都の外れにある泉に行った時に、一度だけお見掛けしたことがありますが……。
「わたし……ヴァナルガンドさんと、お話ししたことなんてないですよ??」
『ヴァナルガンドとは面識が無くとも。ナイアス様でしたら、ございますよね?』
「ええ、まあ。ナイアスさんには水の操術者の加護を授けてもらいましたし……あれ? ではナイアスさんとヴァナルガンドさんは、既にお知り合いだったと言うことですか??」
『はい。ヴァナルガンドの主が、ナイアス様になります』
なるほど……そう言えばナイアスさんに出会ったのも王都の外れにある泉でしたっけ。
その時点で、お二人はお知り合い同士だったと言うわけですか。
それならヴァナルガンドさんが、わたしのことを知っているのも頷けます、
まあ、ヴァナルガンドさんの主さんが、ナイアスさんだと言うことは驚きましたが……納得はしました。
でもひとつだけ納得できないことがあります。
「そうですか。でもなんでシュヴァルツさんは、わたしに会いたいと思ったんですか?」
『それは……ご主人様が、どんな者に対しても分け隔てなく接する、優しき心をお持ちだとお聞きしたからです。ご主人様はモンスターの治療も沢山されていますよね?』
「ええ、まあ。それがわたしの信念みたいなものですから」
『そこに我は惹かれたのです。当時の我は無名の身。主として迎えるのなら、ご主人様以外に居ないと心に決めておりました。それなのに我はご主人様と初めてお会いした時、あの忌まわしい毒の影響を受けてしまい我を忘れておりました。そして、あろうことかご主人様に手を上げようと……』
そこまで話すと、シュヴァルツさんは俯いてしまいました。
手を上げる。
確かにそんなこともありましたね。
でもそれって……。
「シュヴァルツさんが言ってるのは、エンシェントワールドでのことですか? それとも、こちらの世界に来てからのことですか??」
『りょ、両方です。仮想現実の世界における分体の行動は、本体……つまり我自身の状態と酷似しますから。その節は大変申し訳ありませんでした……』
そう言うとシュヴァルツさんは、床に顔を埋めてしまったのです。
どうやら二重のショックを与えてしまったみたいですね。
「えーっと、そんなつもりで聞いたんじゃないんです。そもそもあれは事故みたいなものですし。だから気にしないでくださいね。それと……わたしもシュヴァルツさんに会いたいと思っていました。なので、こちらの世界で再会できて、本当に嬉しく思ってます」
『わ、我も同じ気持ちです……ご主人様』
お顔を上げるシュヴァルツさん。
そこでお互いに見つめ合います。
わたしたちが出会うのは運命だったんですね。
シュヴァルツさんのお話を聞いて、頬も胸の奥も熱くなりました。
あー、なんと言う幸せ♪
ところがここで……。
「何時までイチャついておる。このバカップルめが」
エーリィル様の冷めた声が聞こえてきたのです。
呆れた表情と一緒に。
それにしても、バカップルって……。
そんな風に見えていたんですかね?
心外です。
でも今は反論できるような状況でもないので、素直に頭を下げました。
シュヴァルツさんと一緒に。
「す、すいません」
『し、失礼致しました』
「別に怒ってなどおらぬわ。用が済んだのなら、行くがよい。まあ、たまには……遊びに来ても構わぬがな……」
お話の途中で横を向く、エーリィル様。
またもや最後の言葉が聞き取れません。
「はい? もう一度言ってもらえますか??」
「何でも無いわ! 妾の願いを忘れたら承知せぬからなーっ!!」
再び不機嫌になるも、今度は怒りが収まらない様子。
エーリィル様の怒声が響く中、わたしたちは足早に海底神殿をあとにするのでした。