『ウンディーネさんと奴隷さんたちの受け入れ準備 ①』
ラドブルクから帰った翌日のこと。
「今日こそは、エーリィル様のところに行きますよ!」
……と意気込んでいたのですが、現在わたしはティーニヤさんのお屋敷にいたりします。
別に呼ばれたわけじゃないですよ?
ちょっと気になることがあったので、わたしからお願いして、お邪魔しているのです。
その気になることと言うのは……。
「あの~、ティーニヤさん。この町に奴隷さんって、いたりしますか?」
「奴隷ですか? 居りませんわよ」
「で、ですよね……」
そんな気がしてました。
イールフォリオの町中で、人族の姿を見たことなどありませんから。
町に暮らしているのはエルフさんだけ……いや、ひとりだけいましたね。
ドーラさんのお父様である、ウルガンさんが人族です。
でもそのウルガンさんは、ラドブルクでのお仕事が忙しくて、ほとんど帰ってきません。
そもそも奴隷さんじゃないですしねぇ……。
さて、どうしましょうか。
少しばかり悩んでいると、ティーニヤさんが心配げな顔をします。
「どうかされましたの?」
「えーっと、実は……」
あれこれ考えても仕方ないので、わたしはベリアさんのことを打ち明けることにしました。
「……と言うわけなんですよ」
「あらあら、まあまあ。では、ディーネさんはその奴隷達の主になると仰るのですね」
「多分、そうなると思います。それで相談なんですけど……この町にベリアさんたちを住まわせても大丈夫ですか?」
そう……これがわたしの気になっていたことです。
ベリアさんたちが来ても、住む場所がないと困っちゃいますからね。
でもその相手は元ハンターさんの人族。
ところがこの相談ごとに、ティーニヤさんは笑顔で応じてくれました。
「大丈夫ですわよ。奴隷はどの町にも居ますもの。イールフォリオが特殊なだけですわ。それにディーネさんは、その奴隷達を奴隷として扱う訳ではありませんのよね?」
「そのつもりです。悪いことをしたのは事実ですけど、それは隷属の刻印による命令があったからで、逆らえるものではありませんでしたから……ベリアさんたちは今まで大変苦労されていたそうなので、この町では普通に暮らして欲しいと思ってます」
「でしたら何も問題などありませんわ。わたくしとしても領民が増えるのは嬉しいことですし、歓迎致しますわ」
「そう言ってもらえると助かります。ティーニヤさんのお陰で、肩の荷が下りました。あ……でも、お家をどうにかしないといけないですね」
一難去ってまた一難。
ベリアさんたちを受け入れるには、まだまだ準備が必要なようです。
再び頭を悩ませていると、ティーニヤさんがお顔を近づけてきました。
それも瞳をキラキラさせながら。
「お家の件でしたら問題ありませんわ。エリミアさんが居なくなってからと言うもの、この町を去る冒険者が後を絶ちませんでしたから。空き家がたくさん有りますのよ」
あー……確か、ギルド会館が賑わっていた頃は100人を超える冒険者さんがいたんでしたっけ?
それが今では20人に満たないとかなんとか……。
以前、シリフィさんがお話してくれたことを思い出しました。
「なるほど。それなら、お家の心配をしなくても良さそうですね。ちなみに空いているお家の情報って、ギルド会館で聞けば教えてもらえますか?」
「ええ。シリフィさんが、お詳しかった筈ですわ」
さすがは頼れるシリフィさん。
これはすぐにでも情報をお聞きしたいところです。
「そうですか。色々と、ありがとうございます。では、ちょっと行ってきますね」
ペコリと頭を下げたのち、わたしはスッと立ち上がります。
「もう、行ってしまいますの?」
「すいません。3日後には、ベリアさんたちを迎えにいかなくてはいけないので、それまでに物件を押さえておきたいんですよ」
「でしたら、わたしもご一緒させて下さいな」
そう言って、ティーニヤさんも立ち上がりました。
その言動と行動に目を丸くします。
「え? ギルド会館で、お家を探すだけですよ??」
「承知しておりますわ。それとも……ご迷惑ですの?」
上目遣いで訊ねてくるティーニヤさん。
そんな目をされたら断ることなどできません。
なのでわたしは、慌てて両手を左右に振りました。
「いえいえ、そんなことないですよ!」
「良かったですわ。わたくし……ディーネさんとご一緒していると、自分も冒険しているみたいな気持ちになって、楽しくなりますの」
「わたしといて、楽しいですか?」
「ええ、とっても! エリミアさんとは、お話ばかりでしたから……勿論、それでも十分楽しませて頂きましたわ。ですが、わたくしは……お話を聞く事よりも、同じものを見たいと感じましたの。昨日の件は色々と衝撃を受けましたけど、自分の目で事実を知る事が出来て、良かったと思ってますわ」
エリミア様が生きていたことは、確かにショックでしたね。
でもまあ、ティーニヤさんの気持ちはよくわかります。
興味のあるお話は、自分の目で確かめたくなりますから。
わたしの場合、主にクエスト関係ですが……。
「それなら今度、ベリアさんたちの主さんになる手続きなどで、アルファルムンまで行きますけど……良かったら、ティーニヤさんも一緒に行きませんか? 神具の腕輪なら、一瞬で里帰りできますよ??」
そう提案したところ、ティーニヤさんは顔をしかめました。
「アルファルムンだけは、ご遠慮させて頂きますわ。わたくしは厄介者として追い出された身ですのよ? 特にお姉様には嫌われてましたから、戻った事が知られれば、何を言われるかわかったものではありませんわ」
「お姉さんと仲が悪いんですね……」
「最悪ですわ。アルファルムンを出立する時、馬車一台と護衛が一人だけだと、お話ししましたわよね?」
「あ、はい」
「それ……お姉様が指示した事ですのよ」
「うわぁ……」
ティーニヤさんのお話に、わたしも顔をしかめます。
どうやらティーニヤさんのお姉さんは、かなり意地悪なかたのようです。




