『ウンディーネさんと神官さんの推薦状』
深淵の谷。
それはアルファルムンより遥か北に位置する、山岳地帯に存在します。
そもそも山間の道だったものが、大きな地割れにより深淵の谷になったのだとか。
その深さは計り知れず、最下層にたどり着いた冒険者さんは、ほとんどいません。
と言うのも、深淵の谷はモンスターさんの巣窟になっているからです。
深さを増すごとにモンスターさんも強くなるので、冒険者さんたちは途中で諦めちゃうみたいなんですよね。
まあ、最下層にもなると魔族さんなんかも現れるので、仕方ないと思いますが……。
なんでそんなことを知っているのかって?
わたしも最下層まで降りたことがあるからです。
ここを通らないとアスモディアに行けませんからね。
素材回収のためなら、どこだって行っちゃいますよ~♪
これが冒険者さんとしての、わたしのスタンス。
幸いなことに、わたしはとある魔法のお陰で、難なく深淵の谷を突破することができました。
その魔法と言うのは……おっと、船がポルトヴィーンの港に着いたようですね。
続きはまたの機会に!
船から降りて早々に、マルホフさんは海賊さんたちを衛兵さんたちに引き渡します。
もちろん、そこにはベリアさんの姿もありました。
木製の手錠を掛けられる姿を見るのは二度目になりますね。
でも今回は晴れやかな表情を浮かべていたのです。
そしてその視線はわたしに向けられました。
「お嬢ちゃ~ん。アタイとの取引、忘れないでよね~」
ベリアさんらしい何時もの口調。
でも今は全く嫌な気持ちにはなりません。
たくさんお話をして、悪い人ではないと、わかったからです。
「お任せください。お約束は必ず守ります。ですから、もう二度と脱獄とかしたらダメですよ」
「わかってるわよ~。ちゃんと罪を償って、今度はマトモなエルフの奴隷になるわ~」
そう言って、ウインクをしながら檻のついた馬車に乗り込みました。
ベリアさんは笑っていましたが、わたしとしては複雑な心境です。
だって……隷属の刻印を解いたのに、また隷属の刻印を刻まれて、奴隷さんになるんですよ?
結局、ベリアさんは自由になれないんですよね。
そのお仲間さんたちも……。
そんなことを思ったら胸が苦しくなりました。
俯いていると、そこにポーナさんとファフルさんがやって来ます。
ここでポーナさんに声を掛けられたのです。
「ウンディーネ様、ご気分が優れないようですが……どうかされましたか?」
「あ、いえ……ちょっとお聞きしたいんですけど、ベリアさんってアルファルムンに着いたら、隷属の刻印を刻まれるんですか?」
「恐らくは。それが決まりですから」
「そうですか……」
わかってはいましたが、やっぱり落ち込みますよね。
ベリアさんが悪いことをしたのは事実です。
でもそれをさせたのは、ハンターギルドのボスさんの命令。
奴隷さんになった場合、主さんの命令には逆らえないと聞きます。
ならどう考えても、ベリアさんは被害者さんなんですよねぇ……。
深いため息を吐き、また俯いてしまいました。
そこに今度はファフルさんが声を掛けてきたのです。
「ウンディーネさん……貴女は納得されていないのですね」
「ええ、まあ。本当に罪を償うべきはハンターギルドのボスさんだと思うので……」
「そうですね。でしたら、貴女が彼女たちの新しい主になれば良いのではないですか?」
「え? わ、わたしがっ?! そんなことができるんですか??」
「出来ますよ。奴隷を雇えるのは貴族か名のある商人……もしくはゴールドランク以上の冒険者ですから」
ゴールドランクの冒険者さんなら、わたしでも主さんになれますね。
ですが、わたしにはとても気になることがあったのです。
「それって……人族でも大丈夫なんですか?」
「種族による規定は無かった筈ですが、人族で奴隷を雇ってるケースはありませんね。迂闊でした……」
やっぱり、そうですよね。
こちらの世界での人族は、序列最低位の種族です。
そんな人族のわたしが、奴隷さんを雇えるとは到底思えません。
もし、わたしが主さんになれたら、ベリアさんたちを奴隷さんのようには扱わないのに……。
むしろ隷属の刻印を解いて、すぐに奴隷さんから解放します。
そう思っていただけに、残念でなりませんでした。
わたしはガックリと肩を落とします。
そんなわたしとは対照的に、ファフルさんは明るい表情でお話を続けたのです。
「……それでしたら、わたくしが推薦状をお書き致しましょう。ハイエルフが推薦したとなれば、人族であったとしても問題なく主になれる筈です」
「それはとても、ありがたいのですが……どうしてそこまでしてくれるんですか?」
「人族の貴女を神官だと認めなかった事への謝罪と、わたくしたちを海賊から守ってくださった、せめてものお礼の気持ちです。あとは伝説級の回復魔法を見せて頂いた拝観料でしょうか。色々と勉強になりました。本当に、有難うございます」
ペコリと頭を下げる、ファフルさん。
最後の拝観料のくだりは冗談でしょうね。
ファフルさんはクスっと笑ってましたから。
それでも、ファフルさんの言葉はとても嬉しく思いました。
だからわたしも感謝の気持ちを伝えます。
「いえいえ、わたしのほうこそ、ありがとうございます。ファフルさんのお陰で、ベリアさんたちを奴隷さんにせずに済みそうです」
そうお返事したところ、ファフルさんは突然怪訝な表情を浮かべました。
「まさかとは思いですが……貴女は彼女たちに施される魔術刻印を再び解こうと、お考えなのですか?」
「あ、はい。ベリアさんたちには自由に生きてもらいたいと思いまして……もしかして、ダメだったりします?」
「貴女と言う人は……良いですか? アルファルムンの術士が施した刻印を解こうものなら、その時点で反逆行為とみなされます。貴女の場合、自力で魔術刻印が解けますから一生牢獄で生活する事になりますよ!」
一生牢獄で生活?!
そ、それは困りますね。
わたしは不老不死の影響で死ねない体になってますから、永久に牢獄で生活することになります。
いやいや、それよりも……シュヴァルツさんと離れ離れになるのが耐えられません!!
もちろん、フウカさんもですよ。
冷や汗を垂らすわたしに、ファフルさんは勢いよく詰め寄ります。
「くれぐれも馬鹿な真似は、しないでくださいね! ねっ!!」
「は……はい……」
あまりの気迫に、わたしは頷くことしかできませんでした。