『ウンディーネさんとセイレーンさんの女王様 ②』
あれは初めてエルフさんが治める領地に向かった時のことです。
王都の港から出ている定期船に乗り、ポルトヴィーンを目指しました。
到着は5日後。
それまでのんびり船旅を満喫することに。
ところが、穏やかだった海が荒れ始め、厚い雲がお日様を隠します。
そして、鳴り響く警告音と赤い文字。
目の前には……。
『緊急クエスト:クラーケンとの遭遇』
……と映し出されていました。
楽しかった旅は一転、緊張感が走ります。
クエストのクリア条件は、クラーケンさんを討伐。
もしくは、この海域からの離脱です。
それも無傷で船を守り切らなくてはいけません。
同乗していた冒険者さんたちは迷わずクラーケンさんの討伐を選んだのですが……。
クラーケンさんは、すでに戦闘行為を行っていたのです。
その相手はセイレーンさんでした。
これは後で知ったことですが、セイレーンさんの縄張りにクラーケンさんが勝手に侵入。
そのことがきっかけとなり、戦闘が始まったそうです。
そこにわたしたちの乗っている船が、たまたま通り掛かったのだとか。
そんなことを知らない冒険者さんたちは、クラーケンさんだけでなくセイレーンさんにも攻撃を開始します。
これに怒ったセイレーンさんが冒険者さんたちに向かって魅了の歌声を響かせたのです。
わたしは戦闘に参加せず、事前にバブルドームを発動していたので問題なく回避できました。
ですが他の冒険者さんたち全員が魅了状態に陥ってしまったのです。
まあ、自業自得ですよね。
仕方がないので船を覆うようにバブルドームを広げました。
幸いなことに船員さんたちは魅了を受けていなかったので、船はゆっくり前進します。
このまま戦闘海域を離脱すればクエスト達成!
そう思ったのですが……。
クラーケンさんの太くて長い足の一撃を受け、セイレーンさんが海面に叩きつけられてしまったのです。
広げた翼が浮き輪になっているのか、海に沈むことはなさそうですが、起き上がれそうもありません。
かなりのダメージを受けてましたからね。
ちなみに攻撃を受けてしまった原因を作ったのは冒険者さんたちにあります。
魅了の歌声を発生した際に、クラーケンさんに背を向け、その隙を突かれていましたから。
わたしは申し訳ない気持ちになりました。
それと同時に、セイレーンさんを助けたいと思ったのです。
そこでわたしはバブルドームをさらに広げます。
半径は200メートルくらいですかね?
かなり大きなお水のドームが出来上がりました。
一応クラーケンさんの攻撃から守れるようにフルスピンも追加で掛けておきましょうか。
しかし、これがいけませんでした。
バブルドームを中心に巨大な渦が発生してしまったからです。
その巨大な渦に飲み込まれるクラーケンさん。
守るつもりが、こんなことになるだなんて……。
わたしは慌ててフルスピンを解除しました。
それからほどなくして、クラーケンさんは海上に姿を見せますが、逃げるように船から離れていったのです。
あれは悪いことをしましたね。
深く反省した次第です。
でもこれでクエストは達成。
残るは……セイレーンさんの治療です。
わたしは船員さんに頼んで、救助用の小さい船を借りることにしました。
魅了が怖いので、その船を包めるくらいのバブルドームを発動します。
『ムーブ』と唱えることにより、バブルドームと共に行動することに成功。
こうしてなんとかセイレーンさんの元にたどりつき、完全回復することが出来ました。
治療を終えたセイレーンさんですが、敵意を向けられることもなく、むしろものすごく感謝されたのです。
なんでも敵対しているクラーケンさんを追い払ってくれたからだとかなんとか。
そのお礼にと、セイレーンさんの翼から羽根を何枚かいただきました。
わたしが着用している青いローブの素材になっているものです。
いやぁ、今思い出しても、結構大変なクエストでしたねぇ……。
それを踏まえて、わたしはセイレーンさんの女王様のお願いを聞くべきか悩んでいました。
「あの~、クラーケンさんとあんなことがあったのに、助けたいのですか?」
「ディーネ殿ガ言イタイコトハ解ル。ダガナ……今、奴トハ敵対関係ニ無イノダ」
「ギルドのかたにお聞きしましたけど、同盟を結んでいるそうですね」
「同盟ト言ウヨリハ、同族ニ近イ感ジダナ」
「同族? セイレーンさんとクラーケンさんでは種族が違いますよね??」
わたしの記憶が正しければ、セイレーンさんは精霊族に属するモンスターさん。
一方クラーケンさんは、神獣クラスのモンスターさんだったはずです。
困惑した態度をみせると、セイレーンさんの女王様は申し訳なさそうな表情を浮かべました。
「済マヌ。言イ方ガ悪カッタ。我ト奴ハ互イニ『血盟ノ儀式』ヲ結ンデオルノダ」
「血盟の儀式……では、クラーケンさんと家族になったと言うことですか」
「マア、ソンナトコロダ。奴ニ『シレーヌ』ト名付ケラレテナ。近シイ者カラモ、ソウ呼バレテイル。良カッタラ、ディーネ殿モ、ソウ呼ンデクレヌカ?」
そう言うと、セイレーンさんの女王様は照れたように頬を赤く染めたのです。
なるほど、家族は家族でもご夫婦に近い感じですか。
いやはや羨ましい。
わたしもいつかシュヴァルツさんと深い仲に……って、それはさておいて。
「シレーヌさんですね。わかりました。でも、なんで血盟の儀式を結ぶことになったんですか?」
「ソレハ賊トノ戦イデ、共闘スル機会ガ増エタカラダナ。ソコデ互イニ親交ヲ深メタノダ。敵対シテイタ頃ハ鬱陶シイ事コノ上ナイガ、味方トナレバ、コレホド頼モシイ者モオラヌ」
確かにクラーケンさんは頼もしいと思います。
10メートルを超える巨体に、破壊力のある10本の足があるのですから。
でも賊って、海賊さんのことですよね?
船を護衛する時に何度か出会ったことがありますが……。
「海賊さんって、そんなに強かったでしたっけ?」
少なくとも、わたしは危険な目に遭ったことがありません。
なのでシレーヌさんの言っている意味が理解できませんでした。
「個々ノ戦闘力ニ関シテ言エバ、大シタコトハ無イ。ダガ最近ニナッテ、弓使イガ用イル矢ニ、怪シゲナ毒ガ仕込マレルヨウニナッタノダ」
「怪しげな毒? それはどんな毒なのですか??」
「毒ヲ受ケタ者ハ狂暴化シ、ソノ後……死ニ至ル。解毒ノ魔法ハ効カズ、神獣ヲモ倒スト言ワレテイル」
え? ちょっと待ってください。
狂暴化してから死に至る??
それって……シュヴァルツさんが受けた毒と同じではありませんか!!
わたしは振り返り、シュヴァルツさんがいる方に視線を向けます。
以前ドーラさんは言ってました。
『人族の使う矢には特殊な毒が含まれている』……と。
つまりクラーケンさんに怪我を負わせたのは、人族のハンターさんである可能性が高いと言うことです。
ラドブルクで悪いハンターさんたちを一網打尽にしたと思っていましたが、残党がいたとは……。
しかも今度は海賊さんときましたか。
本当に困った人たちです。
深いため息を吐いてから、わたしはシレーヌさんに視線を戻しました。
そして決意します。
「そうですか……お話は良くわかりました。クラーケンさんの治療は、わたしに任せてください」