『ウンディーネさんと混乱するバシリスクさん』
うずくまる神官さんを横目に、ドーラさんは町の外へと歩き出しました。
わたしもシュヴァルツさんと一緒に、そのあとに続きます。
お外は真っ暗で、かなり視界が悪い様子。
ですが、バシリスクさんが近づいて来ているのはわかりました。
蛇山の方から、ドカドカと地面を揺らす激しい足音が聞こえているので。
いつバシリスクさんが現れても、おかしくない状況。
それでもわたしは、ウルガンさんに確認したいことがあったのです。
「あの~、ウルガンさんはバシリスクさんを討伐するおつもりなんですか?」
「なんでそんなことを聞くんだい?」
「わたし……相手がモンスターさんでも傷つくところを見たくないんです」
本心を告げたところ、ウルガンさんは少し考え込み、そして納得するように頷きました。
「ふむ。ディーネさんが神官になれた理由が、わかった気がするよ」
「え?」
「心配しなくても、そんなことはしないよ。初めに言った通り叩き起こすだけさ。主を倒すと山に暮らすモンスターたちの力関係が変わるからね。そっちの方が厄介なんだよ」
「そうなんですか。なら、良かったです」
わたしは安堵の笑みを浮かべます。
ですがウルガンさんは突然険しい顔をしたのです。
「来るぞっ! ドーラ、明かりを頼む」
「任せて。ファイヤーボール!」
ドーラさんの両手から、大きな炎の球体が放たれます。
その球体は頭上10メートルほどのところで静止し、周囲を照らしました。
そして100メートル近く離れた森の中に、怪しくうごめく影を捕らえたのです。
「バ……バシリスクだーっ!!」
やや怯えた声で、1人の冒険者さんがそのお名前を叫びました。
羽をはやした、トサカ頭の巨大な蛇さん。
間違いなく、バシリスクさん本人です。
バシリスクさんは、もの凄い勢いでこちらに向かって突進します。
ゲームの中でお会いした時よりも速く動いてますね。
混乱しているからでしょうか?
その証拠に、木の枝をバキバキ折りながら、お構いなしに森を駆け抜けました。
こんなに無茶をしているのに、傷ひとつありません。
バシリスクさんの皮膚は、予想以上に頑丈なようです。
そして、50メートルほど離れたところで、ウルガンさんは冒険者さんたちに指示を出しました。
「今だ、ウインドウォールを発動! バシリスクの動きを止めてくれ!!」
その言葉に応じるように、冒険者さんたちは一斉に両手を前に突き出します。
そこで巻き起こる『ウインドウォール』の大合唱。
そう言えば、ラドブルクにはお水の魔法使いさんが5人しかいないんですよね。
逆を返せば、それ以外の冒険者さんは風の魔法使いさんである可能性が高いと言うことになります。
恐らく、ここにいる冒険者さんたちは全員、風の魔法使いさんなんでしょうね。
両手を下ろしているエルフさんは、ひとりもいませんでしたから。
そして100人分の風魔法がバシリスクさんの突進を防ぎます。
何層にも重なり合った緑に光る風の壁は、そう簡単に突き破れるものではありません。
……と思ったのですが。
「なんか、押し負けてませんか?」
多少勢いは弱まったものの、バシリスクさんはジリジリとこちらに近づいてきます。
こうなることを予想していなかったのか、ウルガンさんは焦りの表情を浮かべてました。
「なっ、なんて馬鹿力だ……」
ウルガンさんが呟いた直後、バシリスクさんの両眼が、カっと見開いたのです。
今、石化の能力を発動しましたね。
わたしの足が石になりかけた時も、あんな感じで睨まれましたから間違いありません。
それに気づいた女性の冒険者さんが、魔法の発動を止め、怯え出し始めました。
「ひぃっ! バシリスクに睨まれたぁっ!! た、助けて……」
逃げ出したくても、足先の石化が始まり、それができません。
ショックのあまり、その場で崩れ落ちます。
ひとり……またひとり……。
結局魔法を発動している冒険者さんは30人ほどになってしまいました。
バシリスクさんを足止めするには、明らかに力不足です。
「副マス! 何とかしてくれ!! このままじゃ突破されちまう」
「くっ、討伐するしかないのか?!」
冒険者さんの言葉に、ウルガンさんが苦悩の表情を浮かべてました。
ウルガンさんの右手が、腰にある大きな剣へと向かいます。
討伐とは穏やかではありませんね。
わたしの前で、そんなことはさせませんよ?
そしてついにバシリスクさんは風魔法の壁を突き破ります。
そこでわたしは、両手をスッと伸ばしました。
「ウォーターボール!」
バシリスクさんの目の前に、大きなお水の球体を作り出します。
さらに中に入るのを確認すると同時に……。
「ハーフスピン!」
お水の球体を半回転させました。
一瞬で後ろ向きになるバシリスクさん。
お水の球体を突き破り、進路は町から蛇山へと変わります。
このままお家に帰ってもらうとしましょう。
そう思った矢先のことでした。
ドーーーーンッ!!
……と、バシリスクさんが大木に衝突したのです。
混乱しているから、回避できなかったんですね。
そこまで考えていませんでした。
でもまあ、遅かれ早かれこうなっていたと思います。
衝撃を与えなければ、混乱は解けませんから。
それでも、わたしはバシリスクに向かって、ぺこりと頭を下げました。
「痛い思いをさせてしまって、ごめんなさい」
周りを見渡した後、今度は空に向かって両手を伸ばします。
「範囲魔法発動! 完全回復!!」
真っ暗な夜空が、一瞬昼間のように明るくなりました。
それからほどなくして、バシリスクさんが立ち上がります。
バシリスクさんはキョロキョロと左右を見てから、こちらに振り返りました。
ここでビクッと体を震わせ、慌てて蛇山に戻って行ったのです。
一体何が起きたのでしょうか?
バシリスクさんの行動が理解できません。
でもまあ、これで一件落着ですね。
ホッと胸を撫で下ろしているところに、ウルガンさんが近づいて来ます。
「バシリスクの傷を治したのかい?」
「ええ、まあ。わたしのせいで怪我をさせてしまいましたから」
「そうか……申し訳ないが、皆にもお願いできるかい? 僕はまだ大丈夫だけど、石化の症状が出ている者が、かなりいるようだ」
「それなら、バシリスクさんと一緒に治しておきましたよ? 面倒だったので、ここにいる皆さん全員に完全回復しちゃいましたけど……なので、ウルガンさんも石化しないと思います」
そう言ってみたものの、ウルガンさんに首を傾げられていまいました。
「ディーネさんは何を言っているんだい? 全員に完全回復だって?? そんなの大神官様でも不可能な話だよ」
うーん、ウルガンさんも信じてくれませんか。
ドーラさんと同じく、親娘で否定されてしまいました。
そのドーラさんが何故か呆れた顔で、ウルガンさんの肩を叩いたのです。
「本当みたいよ。ほら、あの子を見てみて」
ドーラさんの視線の先には、最初に石化した女性の冒険者さんの姿がありました。
石化が解けたことにより、冒険者さんはぴょんぴょんと飛び跳ねていたのです。
他の冒険者さんたちも、似たようなことをしてますね。
「…………」
その様子にウルガンさんは、言葉を失っていました。
でもこれで信じてもらえたみたいです。