『ウンディーネさんと隣町のギルド会館』
ヴィルアムさんの治療を終えたあと、わたしたちはラドブルクのギルド会館に向かいました。
途中で再び、たくさんの視線を感じましたが……。
どうやら町の皆さんはシュヴァルツさんのことを見ているようですね。
さすがは神獣クラスのモンスターさん。
しかも希少種なのですから、珍しいんだと思います。
そのシュヴァルツさんですが、ギルド会館の隣に併設された馬小屋で、お留守番をすることになりました。
イールフォリオのギルド会館には無い施設です。
やはり大きな町のギルド会館は違いますね。
建物も4階建てですし、高さも広さもイールフォリオの倍以上あります。
ただ、中に入ってみたところ、ホールにいる冒険者さんは30人ほどしか、いませんでした。
そこに違和感を覚えつつ、受付に足を運びます。
受付は三か所あり、全て女性のエルフさんが担当しているようです。
シリフィさんとは違って、全員が大人の女性。
いえ、年齢だけならシリフィさんも大人だと思いますよ?
あくまで見た目が、と言うことです。
ドーラさんは真ん中の受付に足を運び、副ギルドマスターさんである、お父様を呼んで来て欲しいと頼んでました。
わたしとグリエムさんは、後ろでその遣り取りを聞いています。
「……の件はキャンセルしたいのよね。父さんにそのことを伝えてもらえるかしら?」
「かしこまりました。少々お待ちください」
ペコリと頭を下げてから、受付のエルフさんは急いで階段を上がっていきました。
それからほどなくして……。
「ドーラ! リジェンに何かあったのかーっ!!」
……と、大きな声を上げながら、大人の男性が階段を下りて来たのです。
それはもう、もの凄い勢いで。
男性の年齢は50代くらい。
赤い髪をした人族です。
あの人がドーラさんのお父様……ウルガンさんですか。
随分と若い感じがしますね。
動きも機敏ですし、体も引き締まっているように感じます。
そのウルガンさんに向かって、ドーラさんは呆れた顔をしました。
「やだ父さん。慌て過ぎよ」
「しかしだな。何かあったから、神官様のイールフォリオ行きをキャンセルしたのだろう? まさか……リジェンの病状が悪化して、もっと高位の神官様の力が必要になったのかい??」
「ううん。母さんなら元気になったわよ。だから、キャンセルしたの」
「元気にって……モンスターの持つ麻痺毒は自然には治らないんだよ? どうやって回復したと言うんだい??」
「そこにいるディーネに治療してもらったのよ」
そう言って、ドーラさんはわたしの方を向いたのです。
一方でウルガンさんは怪訝な顔を浮かべてました。
「ドーラ、親をからかってはいけないよ。彼女は人族の娘さんじゃないか。例え回復術士であっても、麻痺は治せない。それは君も知っているだろう?」
「そんなの知ってるわよ。それにディーネは回復術士じゃないわ。れっきとした神官よ」
「神官だって? 何を馬鹿なことを言っているんだ。人族の神官など聞いたことがないよ」
「ふーん……人族で初めて炎精霊と契約した父さんが、それを言っちゃうんだ」
「それとこれとでは話が別だ。神官は素質だけでなれるものでは……」
そこまで言いかけたところで、『バーン!』とギルドのドアが勢いよく開いたのです。
そして、数人の冒険者さんたちが一斉に入ってきました。
どうやら真ん中にいるエルフさんは担がれているみたいですね。
しかも気を失っています。
そのエルフさんを担いでいる、別のエルフさんがウルガンさんに向かって声を上げました。
「副マス! すぐに馬車の手配をしてくれ。仲間が……バシリスクにやられちまった!!」
「申し訳ないが、今すぐは無理だ」
「何故だ? このままじゃ石ころになっちまうんだぞっ?!」
「そんなことは言われなくても、わかっている。だが、フレイムドラゴンの襲撃で多くの馬が怪我をしているんだ。どうか理解して欲しい」
「くっ……このまま見殺しにするしかないのかよ……」
エルフさんは悔しそうに奥歯を噛みしめます。
それはウルガンさんも同じのようです。
そんなお二人を横目に見てから、担がれているエルフさんに視線を移しました。
確かに足元が石化してますね。
ドーラさんもその様子を眺めています。
その視線はすぐさまウルガンさんに向けられました。
「ねえ、父さん。石化したエルフをポルトヴィーンに運ぶ時の費用って、全部ひっくるめて、いくらくらい掛かるの?」
「何だい? こんな時に……」
「良いから答えて」
「神官様に支払う石化除去の料金が金貨5枚。馬車の代金が護衛を含めて金貨3枚なるから、合計で金貨8枚になるよ」
「結構良いお金になるのね……で、そこの冒険者に聞きたいんだけど、その金額を今すぐ払えるかしら?」
ドーラさんはウルガンさんから、エルフさんに視線を移して訊ねたのです。
「も、もちろんだ! すぐに馬車の手配をしてくれっ!!」
「馬車の手配? そんなことしないわよ。もっと手っ取り早い方法があるから。じゃあ、ディーネ。あとのことはお願いね」
ここでわたしに振りますか。
別に構いませんけど……。
ただ、わたしを目にしたエルフさんが、とても不審がっています。
「人族の娘がか? 一体何をするつもりだっ?!」
こうするつもりです。
「完全回復!」
魔法名と共に白い光がエルフさんを包み込みます。
すると周囲から、驚きの声が上がりました。
そう言えば、こんなに大勢の前で完全回復を使うのは初めてでしたね。
ちょっと恥ずかしい気持ちになります。
やがて白い光は消え、石化は綺麗に解けました。
この一部始終を見ていたウルガンさんが、驚きながらも深く頭を下げてきたのです。
「ま、まさか本当に神官だったとは……疑ったりなどして申し訳なかった」
「いえいえ、お気になさらずに」
「それと、リジェンを助けてくれて、ありがとう」
そう言うと、ウルガンさんは再び頭を下げました。
そんなウルガンさんに向かって、ドーラさんは勝ち誇ったような顔をします。
「どう? イールフォリオの神官は凄いでしょっ!!」
「ディーネさんは、イールフォリオの神官なのかい? ラドブルクに欲しいくらいだよ」
「ダーメ! でも治療の依頼なら受けるわよ。今回みたいなことがあったら連絡をちょうだい。はい、これ」
ドーラさんはウルガンさんに1枚の紙を差し出しました。
「ふむ……石化の際は当ギルドのゴールドランク冒険者、水の女神官のウンディーネにお任せくだ……」
ウルガンさんが読み終える前に、わたしは声を荒げます。
「ドーラさん! なんでそれを持っているんですかっ!!」
「やっぱり宣伝は必要かなあ……とか思ってね。清書したのよ」
「せ、清書なんて! しなくてもいいですからーっ!!」
ギルド会館に、わたしの叫び声が響き渡りました。
そして、この日を境に、ゴールドランクの冒険者にして人族の神官。
水魔法すらも扱うウンディーネの名前が、ラドブルクの町に広まることになったのです。
わたしの知らない所で……。