『ウンディーネさんと伝説の回復魔法』
「くっ、数日の野営で日にちの感覚を失っていたか……」
「落ち込むのは後にしてちょうだい。とにかく急ぐわよ」
「うむ……承知した」
ドーラさんとグリエムさんは、ヴィルアムさんが身を寄せる軍の宿舎へと向かいます。
わたしもお二人の後ろについて行きました。
気持ちが焦っているからなのか、宿舎までの距離が遠く感じます。
ラドブルクは大きな町なので、余計にそう思うのかも知れません。
やがて目的地である、軍の宿舎に到着します。
レンガ造りの宿舎は5階建ての団地みたいな建物でした。
そこから一人の女性が飛び出してきたのです。
人族のようですね。
なんだかとても慌てています。
その女性はグリエムさんと目が合うと、大きな声を上げました。
「グリエム!」
「リベルか」
「やっと帰ってきてくれたのね。でも、もう遅いわ……」
「まさか……ヴィルアムが完全に石化したのか?!」
「ええ、そうよ。たった今、ヴィルアムちゃんが石の塊になったわ」
「そ、そんな……」
お馬さんから降りたグリエムさんは、そのまま膝から崩れ落ちました。
そのグリエムさんの右腕を、わたしは強く掴みます。
「まだ望みはあります。簡単に諦めないでください」
「しかしだな……」
「ぐだぐだ言ってないで、妹の所に案内しなさいよ。たった一人の家族なんでしょ?」
「……わかった」
ドーラさんの説得を受け、グリエムさんはようやく立ち上がりました。
そして、案内されたベッドの上で石と化した女の子と対面したのです。
彼女がヴィルアムさんですか。
ヴィルアムさんはおさげの髪形をした、可愛らしい女の子でした。
ですが狩りの時に襲われたとあって、男の子みたいな服装をしています。
上下茶色の長袖長ズボンです。
お洋服は、なんの変化もないんですね。
体だけが石化しています。
その石化した妹さんを前に……。
「うう、ヴィルアム……ヴィルアム……」
グリエムさんは大粒の涙を流しながら、何度も妹さんのお名前を口にしてました。
そしてその場で崩れ落ちたのです。
長いこと病院で生活していると、こう言う場面に遭遇することが多々あります。
本当に悲しくて辛いことです。
わたしも、お父さんとお母さんに同じことをさせたんでしょうね……。
ただ、わたしは余命宣告をされた身で、ヴィルアムさんはバシリスクさんによる石化。
状況が全く異なります。
ヴィルアムさんは、もっと長く生きられるはずなのですから。
だからわたしは助けます。
全ての魔力を注いででも。
それくらいの覚悟を持って、魔法を発動したのですが……。
「完全回復!」
…………あれ? 魔法名を口にしてみるも、発動どころか光も発しません。
それを見ていた、グリエムさんの同僚さんが冷めた視線をわたしに送ります。
「あのぉ、同族のお嬢さん? こんな時に、ふざけた真似はよしてもらえませんか??」
別にふざけているつもりはないですよ。
ただ単に魔法が発動しなかっただけですから。
しかし、完全回復で治せないとは……。
事態は急を要すると言うことですね。
こうなったら、あの魔法を使うほかありません。
わたしは祈るように両手の指を組み、深く深呼吸をしました。
ではいきます!
「蘇生!!」
魔法名を告げると、金色に輝く神々しい光がヴィルアムさんを包み込みました。
そして、虹色に光る球体が天井から降りて来たのです。
その大きさは20センチほど。
虹色の球体がヴィルアムさんの胸に収まると、金色に輝いていた光はスッと消えました。
それと同時に石化も解除されたのです。
「すー、すー……」
ヴィルアムさんの寝息が聞こえます。
「危ないところでしたが、これでもう大丈夫ですよ」
「今……何が起こったのだ?!」
「聞いてなかったの? 蘇生よ。まさか本当に使えたとはね」
グリエムさんに説明しつつ、ドーラさんはどこか呆れた顔をします。
「信じてなかったんですか?」
「伝説にもなっている最上級の回復魔法よ? そう簡単に信じられないでしょ?! でもなんで最初に完全回復を使ったのよ??」
レベル100で覚えられる魔法が伝説なんですか。
ランクの扱いといい、ゲームとのギャップを感じますね。
それよりも、ドーラさんに質問に答えることにしましょう。
「石化したばかりの状態なら、完全回復でも治せるんですよ」
「そうなの? なんで??」
「まだ生きているからです」
「生きてる? 完全に石化したのに?!」
「えーっと正確には瀕死の状態ですね。ここで蘇生を使っても、魔法は発動しません。最初に行った完全回復と逆のことが起きるだけです。わたしもゴルゴーンさんに倒された人を助けるまでは、知らなかったんですけどね」
あれは一年半ほど前のことでした。
ゴルゴーンさんの討伐クエストに参加してたパーティと偶然鉢合わせしたのです。
ゴルゴーンさんはバシリスクさんとは違い、わずか数秒で完全に石化してしまう能力を持っています。
なんでも神獣クラスのモンスターさんよりも遥かに強い、魔人族と呼ばれる存在なのだとか。
そんな強力なゴルゴーンさんを前に、パーティの人たちは瞬く間に石化されていきました。
いやぁ……あの時は討伐クエストなどするものではないと、改めて実感しましたね。
この時、石化した相手に蘇生をしたところ、全く反応が無かったのです。
不思議に思っていましたが、よく見たらHPのゲージが1残ってました。
これなら完全回復でも治せます。
ただ、少し時間が経つとHPがゼロになるんですよね。
こうなると蘇生するしかありません。
現実の世界だとその見極めがわからないので、最初に完全回復をしたと言うわけです。
「そ、そうなんだ。でもゴルゴーンと言ったら、女神様と同等の力を持つ魔人よね? どうしたら、そんな危険なモンスターと会えるのよ??」
「アスモディアとか言う所で素材集めをしている時ですかね」
「ア、アスモ……それって、魔族りょ…………」
何か言おうとしてましたが、途中で止めてしまい、ドーラさんは石化したみたいに固まります。
隣に立っている、グリエムさんの同僚さんも同じような感じでした。
あ、でも何か話そうとしてますね。
「………お、お嬢さんは人族の姿をした、女神様だったのですね」
「いえ、人族の神官さんです」
勘違いされそうなので、同僚さんから目を逸らします。
するとその先に、嬉し涙に変わったグリエムさんの姿がありました。
グリエムさんはスッと立ち上がり、わたしに抱き着いてきたのです。
「ディーネ殿、ヴィルアムを助けてくれたこと、心から感謝する。本当に、本当にありがとう……」
「任せてくださいと言いましたからね。お役に立てられて良かったです」
わたしも嬉しく思います。
ですが、グリエムさんが想像以上にきつく抱きしめてくるので、押し付けた胸が口を塞いで息ができません。
危険な武器は全て隠したと思ったのに、こんな秘密兵器があったとは……ぐふ。
今度はわたしが天に召されるところでした。