『ウンディーネさんと行商人のエルフさん』
大きなデンジャラスボアさんとの遭遇を最後に、わたしたちは山間の道を駆け抜けました。
ここまで来れば、もう安心。
左手には高くそびえ立つ『蛇山』が見えますが、モンスターさんに出会う機会は激減します。
なぜなら、広大な麦畑の間を走っているからです。
いわゆる農道と呼ばれる道ですね。
視界は良好。
モンスターさんが現れたとしても、すぐに気づきます。
以前お話したと思いますが、ラドブルクは農業が盛んな大きな町です。
麦だけでなく、野菜の収穫量もエルフさんの領地で一番なのだとか。
ゲームの中では、味などわかりませんでしたからね。
お野菜を使った、色んなお料理を食べてみたいところです。
でもその前に、神官さんとしての、お仕事をしなくてはいけません。
そう言えば治療する相手のことを何も知りませんでしたね。
なので、グリエムさんに訊ねてみることにしました。
「あの~、グリエムさんの妹さんって、どんな人なのですか?」
「妹か? 妹はヴィルアムと言ってな。年齢は10歳になる。ジョブは私と同じ弓術士だ。なかなか筋が良くてな、鍛え甲斐がある」
そう話すグリエムさんの横顔が、とても嬉しそうに見えます。
「仲が良いんですね」
「ああ、たった一人の家族だからな。ディーネ殿、ヴィルアムのことを宜しく頼む」
「任せてください」
わたしは右手を握り締め、その手で胸をポンと叩きました。
それからしばらくして、ラドブルクの町に到着します。
町に入るには門番さんのチェックが必要なのですが……。
「門番さんがいませんね」
「火事の後始末に追われてるのよ」
「あ……フレイムドラゴンさんですか」
「そう言うこと。ラドブルクには5人の水の魔法使いがいるけど、町も大きいからね。毎年人手が足らなくなるって、父さんが言ってたわ……さっ、このまま行くわよ」
ドーラさんに導かれ、門をくぐります。
すると焦げ臭い匂いが鼻を突きました。
どうやら壁のあちこちが、焼け焦げているようですね。
かなりの被害を受けたことがわかります。
そうなると真っ先に気になるのが治療するべき相手のことです。
「グリエムさん。妹さんは……ヴィルアムさんは、どこにいるんですか?」
「ヴィルアムなら、軍の宿舎に預けている。宿舎は町の中心部にあるからな。フレイムドラゴンの炎に襲われることはないだろう」
「そうですか。では無事なんですね」
「うむ。同僚も付き添ってくれているから、心配はない」
それは良かったです。
……とは言えませんね。
この状況では、他に怪我をされている人もいると思いますから。
それはそうと、町に入ってから、やたらと視線を感じます。
ラドブルクの町は人族も多いはずなのに不思議でなりません。
首を傾げながら宿舎に向かっていると、馬車の前で座り込んでいるエルフさんの姿が目に留まりました。
見た目は40代くらいと思われる、男性のエルフさん。
まあ、実際の年齢はわかりませんが……。
そのエルフさんに、ドーラさんが声を掛けました。
「ペドラさんじゃない。どうしたのよ?」
「ウルガンとこの嬢ちゃんか。いやなに、馬がフレイムドラゴンにやられてな、酷い火傷を負ってしまったんだよ。回復術士に治療を頼もうにも、それどころじゃないと断られてしまってな。明日はイールフォリオに行く予定だったんだが、これは無理そうだな……」
どうやらドーラさんとお知り合いみたいですね。
お名前はペドラさんと言ってましたっけ。
そのペドラさんの隣では、お馬さんが苦しそうにうずくまってました。
火傷の傷が痛むんでしょうね。
「でしたら、わたしが治療しましょうか?」
「なんだ嬢ちゃんの知り合いか……って、フェンリスヴォルフじゃないか?! なんでこんな所にいるんだ??」
シュヴァルツさんの姿に、ペドラさんは驚きます。
その様子を見ていたドーラさんが苦笑いを浮かべました。
「やっぱり驚くわよねぇ。フェンリスヴォルフを従えている人族なんて聞いたことないし」
「従えてなんてませんよ? シュヴァルツさんは家族ですから」
「ワオン!」
そうだと言わんばかりに、シュヴァルツさんは強く頷きます。
「フェンリスヴォルフが人族を受け入れているだと? 俺は夢でも見ているのか??」
「夢でもなんでもないわよ。それで、ディーネが馬の治療をしてくれるって言ってるけど……どうする?」
「どうするもなにも、人族には無理な話だろ? それともなにか、その人族の嬢ちゃんは回復術士なのか??」
「ううん、彼女は神官よ」
「そうか……やはりこれは夢だったか」
信じてもらえてないようなので、勝手に治療しちゃいますね。
お馬さんが可愛そうなので。
「完全回復!」
白い光がお馬さんを包み込みます。
それからほどなくして……。
「ヒヒーン♪」
お馬さんが元気に立ち上がりました。
「おい! 今のは、何の魔法だ?!」
「完全回復よ」
「そうか……俺は凄い夢を見ているな」
「現実を見た方が良いわよ?」
「完全回復だぞ? この町で、そんな大魔法を見たことがあるエルフがいると思うか??」
「まっ、そうよね。あたしも初めて見た時は驚いたし……」
「だろ? いやしかし、凄い人族の嬢ちゃんだな。火傷の跡も残さず、完全に馬が治っている。疑って、すまなかった。許して欲しい」
ペドラさんは、わたしに向かって頭を下げます。
「いえいえ、お気になさらずに」
「本当に助かったよ。それで馬の治療費なんだが回復術士に払う分しか用意してなくてな。金貨1枚しか手元にないんだ」
「お金はいいですよ。わたしが勝手にしたことですから」
「人族なのに嬢ちゃんは、随分と変わっているな。なら欲しいものがあったら何でも言ってくれ、嬢ちゃんの頼みなら、カスタリーニからでも取り寄せるよ」
「ありがとうございます。もしかして、ペドラさんは行商人さんなのですか?」
「一応な。10日に1度、イールフォリオに商品を運んでいる。そこにいる軍人の嬢ちゃんも運んだぞ」
「うむ、ペドラ殿には世話になった」
ペドラさんの馬車を護衛してたのは、グリエムさんだったんですね。
……って、そうではありません!
今のお話を聞いて、とても重大なことに気づきました。
それはドーラさんも同じようです。
ドーラさんは青ざめた表情で、グリエムさんに近づきます。
「グリエム……あなたがペドラさんの馬車に乗ったのは、バシリスクに遭遇した翌日だったりする?」
「そうだが。それがどうかしたのか?」
「どうもこうも、計算が間違ってるじゃない! ペドラさんが明日馬車を出すってことは……今日が完全に石化する10日目ってことよっ!!」
この言葉に、今度はグリエムさんが顔を青くするのでした……。