『ウンディーネさんとデリシャスなイノシシさん』
山間の道は『蛇山』に比べれば遥かに安全です。
ですが、モンスターさんが現れないわけではありません。
行商人さんが護衛をお願いするくらいですからね。
それなりに危険な場所だと言えます。
ちなみに、この護衛のクエストの推奨ランクはブロンズ。
王都の軍人さんであるグリエムさんは、ブロンズランクの冒険者さんと同等に扱われるので、依頼を受けることができたそうです。
そこでグリエムさんに訊ねます。
「モンスターさんが現れたら、ボウガンで仕留めるんですか?」
「いや、そんなことはしないぞ。死骸を残せば、別のモンスターが寄ってくるからな。安全な道が危険になってしまう」
「ふーん、わかってるじゃない。じゃあ、どうやって護衛するのよ?」
「こいつを使って、モンスターを退ける」
そう言うと、グリエムさんは腰につけている革袋から、まあるい木の実を取り出しました。
おお、これまた随分と懐かしいものを……。
「タントゥルムナッツではありませんか」
「タントゥルム……なによそれ?」
木の実を見ながら、ドーラさんが首を傾げます。
「この木の実を地面に叩きつけると、大きな音を立てて爆発するんですよ。森に住むモンスターさんは音や炎に敏感ですからね。これに驚いて逃げて行くんです」
まあ、弱いモンスターさんに限りますけどね。
でもこの山間の道なら、十分効果はあると思います。
「ディーネ殿は、タントゥルムナッツを知っているのか」
「ええ、まあ。回復術士さんだった頃、王都の道具屋さんで良く買ってましたから」
今は炎の杖があるので、使うことはありません。
ですが大変お世話になった、とても便利な道具です。
「なるほどな。だが、手持ちはこれ1つだけだ。もしモンスターが現れたら、後はディーネ殿に頼んでも構わないか?」
「わかりました。では、わたしが前に……」
「ちょっと待ったー! その役目、あたしが引き受けるわっ!!」
わたしの言葉を、ドーラさんが遮りました。
何故か対抗心を燃やすような感じで。
「良いんですか?」
「炎を爆発させて威嚇するだけでしょ? 炎の魔法使いのあたしなら、そのくらい余裕よ。タントゥルムなんちゃらには負けないわ!」
対抗心を燃やしてた相手は、タントゥルムナッツでしたか。
「で、では……お願いします」
「まっかせなさーい!」
ちょっと嫌な予感がしたりもしますが、ドーラさんがご機嫌なので、口を挟むのは止めておきます。
それからほどなくして、ついに姿を見せるモンスターさん。
記念すべき? 最初の相手はヴァイパーさんでした。
ドーラさんは直径1メートルはあると思われる、大きなファイヤーボールを爆発させたのです。
ちょっとそれは、やり過ぎだと思うのですが……。
グリエムさんも、やや引き気味です。
そんなわたしたちの視線を気にすることなく、ドーラさんは次から次へとヴァイパーさんたちを退けていきました。
自分の力を誇示するかのように。
ところが次に現れたのは、ヴァイパーさんではなく、イノシシさんだったのです。
幸いなことに、まだこちらには気づいていません。
もちろん、このイノシシさんもモンスターさんだったりします。
正式名称は、デンジャラスボアさん。
名前の通り危険なイノシシさんです。
とは言っても特殊な攻撃はしてきません。
怖いのは突進による一撃のみ。
かわせないと大きなダメージを受けるのです。
その一方で『デリシャスボア』とも呼ばれていたりもします。
デンジャラスボアさんのお肉は、とても美味しいらしく、人族や亜人族の間で大評判なんだとか。
王都の食材屋さんで、そんなお話を聞いたことがありました。
しかも肉食系のモンスターさんも、大好物だと言うのですから驚きです。
なので干したお肉は逃走用のアイテムとして、売られていたりもします。
わたしはお肉が食べられないので、所持したことすらありませんが……。
ちなみにデンジャラスボアさんは大きな音に反応し、姿を見せる習性があるそうです。
もしかすると、ドーラさんの放ったファイヤーボールの爆音につられて、出てきたのかもしれません。
まあ、それはさておいて。
デンジャラスボアさんの登場に、グリエムさんのテンションが上がっていました。
「おおっ! デリシャスボアではないかっ!!」
デリシャス……そちらのお名前で呼びますか。
モンスターさんではなく、食料として見ているんですね。
「もしかして、仕留めたいとか思ってます?」
「いや、今はそれどころではないからな。それに、デリシャスボアには恩がある」
「デンジャラスボアさんに? どんな恩があるんですか??」
「バシリスクから逃げる時にな。狩りで捕らえたデリシャスボアを使って注意を逸らしたのだ。バシリスクも突進してくるタイプのモンスターだったからな。私たちの足では追い付かれてしまうと思ったのだ……」
なるほど、それなら恩を感じますよね。
わたしは納得の笑みを浮かべます。
ところがグリエムさんの表情は、急に暗くなったのです。
「……だが、その肉を狙ってハルシネイトクロウが現れたのだ」
「ハルシネイトクロウさん? 幻覚を見せて混乱させると言う、あの大きなカラスさんがですか??」
「ああ、そうだ」
「ではバシリスクさんと、お肉の取り合いになったんですね」
「そこまでは、わからんな。逃げるのに必死で、最後まで見ていない」
「ですよね。ところで……あのデンジャラスボアさん。かなり大きいと思いませんか?」
「うむ、確かにでかいな。あれだけの大物は、私も見たことがない。通常の3倍はあるのではないか? あのサイズだとタントゥルムナッツは効かないと思うが、ドーラ殿の炎魔法ならなんとかなるだろう」
「そうですね。あっ、こっちに気づいたみたいですよ」
デンジャラスボアさんと視線が合いました。
間違いなく、こちらに向かって突進してくると思います。
デンジャラスボアさんは、そう言う性質をしてますからね。
でも恐れることはありません。
デリシャスボアさんの動きは直線的ものなので、かわせさえすれば、そのまま走り去ってくれるのです。
「ドーラさん、炎の魔法でデンジャラスボアさんの進行方向を変えられますか? 少しでも軌道がズレれば、かわせると思います」
「進行方向を変える? いやいや、ムリでしょっ! あのデンジャラスボア……どう見ても道幅と同じくらい、大きいじゃないっ!!」
「うむ、言われてみれば避けられるスペースがないな」
「あ、確かに……」
タントゥルムナッツよりも大きな音を出した結果。
より大きなデンジャラスボアさんを呼び寄せてしまったようです。
誤算でしたね。
嫌な予感は、このことだったのかもしれません。
では音を立てずに、速やかに退場してもらうとしましょう。
突進してくるデンジャラスボアさんに向かって、わたしは右手を伸ばします。
「ウォーターボール!」
魔法名と共に現れたのは、道幅と変わらない大きさの、お水の球体です。
サイズ的にはデンジャラスボアさんよりも少しだけ大きいくらいでしょうか。
それを見て、ドーラさんが声を上げました。
「は? その程度の水魔法じゃ、突破されるわよっ?!」
「ディーネ殿、もっと強力な魔法はないのか?」
「これで十分ですよ。進行方向を変えるだけですから」
と言ったものの、わたしの言葉が信じられないようで、ドーラさんとグリエムさんは不安げな表情を浮かべます。
その数秒後、デンジャラスボアさんは躊躇なく、お水の球体に突進してきました。
まあ、予想通りの行動ですね。
では中に入ったことを確認してから……。
「ハーフスピン!」
人差し指をくりると回し、同時にお水の球体を半回転させました。
これにより水中にいるデンジャラスボアさんは、回れ右をした状態になります。
そしてそのまま、お水の球体を破って、走り去って行ったのです。
わたしたちに背を向けて。
「これで、もう大丈夫です」
「そ、そうだな。しかし水魔法にこう言った使い方があるとはな……」
「ホントよね。でもこんな魔法、あまり使わないでしょ?」
「そんなことないですよ? 最近だと、バシリスクさんから逃げる時に使いましたしね。突進してくるモンスターさんには有効的な魔法なんですよ」
「なるほどな。デリシャスボアの肉よりも効果がありそうだ」
「あたしなんてタントゥルムなんちゃらと、張り合おうとしてたのよ? なんか、バカらしくなってきたわ」
あんなに燃えていたドーラさんの対抗心は、すっかり鎮火しまったようです。