『ウンディーネさんとハンターさん ②』
町に着いて早々に、森で捕まえたハンターさんをギルドに引き渡します。
対応してくれたのは、ギルドマスターさんであるドーラさん。
未だ気を失っているので、ハンターさんをソファーに寝かせました。
その間に、持ち物から身元を確認することに……。
そこで、ドーラさんは意外なことを口にしたのです。
「茶色の髪に短い耳。人族の女性であることは間違いなけど……彼女はハンターではないわ」
「え? シュヴァルツさんのことを襲ったと認めてましたよ??」
「ごめん。言い方が悪かったわ。彼女のジョブは軍人よ。それもカスタリーニのね」
「王都の軍人さん?」
「そう、これを見て」
ドーラさんはハンターさんが身に着けていたネックレスを差し出します。
そこには鉄製のプレートが、ぶら下がっていました。
「アイアンランクの冒険者カードよりも、一回りほど小さいですね」
「これは軍で発行している身分証なのよ。鉄製のカードだけど、ブロンズランクの冒険者と同等として扱われるわ。でも、その程度の実力で聖なる森に入るとは、いい度胸をしてるわね。しかも単独だったんでしょ?」
「だと思います。周りに誰もいませんでしたから。普通は違うんですか?」
「まあね。通常ハンターは複数で狩りをするのよ。他所のギルドからの報告だと、アイツらはハンターギルドなんてものに所属しているらしいわ。なんでも、あちこちの町にアジトがあるみたい」
「そうなんですか。もしかして、この町にもハンターさんのアジトがあったりします?」
「ないわよっ! こんな小さな町じゃ隠れようがないでしょ? ここら辺だと、ラドブルクだけね。あの町は人族の出入りも多いから……あっ、こんなモノまで持ってるじゃない」
今度はハンターさんのズボンのポケットから小瓶を取り出しました。
「それは何ですか?」
「シェドナーマッシュルームの煮汁から精製された香水よ」
ドーラさんは手に取った小瓶の蓋をゆっくり開けます。
すると、あの甘い香りがギルド内に広がりました。
「森の中に漂っていたものと同じ匂いがしますね」
「まっ、そうでしょうね。これはフェンリスヴォルフを誘き寄せるために使うものだから。しかも周囲にばら撒くことでフェンリスヴォルフの嗅覚を混乱させるの。ありもしないシェドナーマッシュルームを探している隙に、ハンターは毒の矢を放つ。考えられた戦術だけど、猟を禁じているモンスターにやったらダメよねぇ」
「ですね。一応未遂に終わってますけど、この女性は罪に問われたりするんですか?」
「彼女は本来、ハンターを捕らえる側の立場だからね。お咎めなしってわけにはいかないと思うわ。それにしても、下手したら森の中で死んでたかもしれないのに、なにをやってんだか……」
呆れたように、ドーラさんは言い放ちます。
そして、その言葉に続くように……。
「命に代えても、守りたいものがあるのだ」
……と、ハンターさんが返事をしたのです。
「あら、起きたのね」
「ここは何処だ?」
「イールフォリオのギルドよ」
「そうか。私は捕まってしまったのか……」
「まっ、そういうこと。それで命に代えても、守りたいものって何よ?」
「妹の……命だ」
この一言が、ギルド内に重い空気を運びます。
「「「…………」」」
沈黙する冒険者さんたち。
ですが、それを断ち切ったのはドーラさんでした。
「ふーん。妹の命ねえ……詳しく話してみなさいよ」
「数日ほど前のことなのだが、妹と山に狩りに出かけてな。そこで、バシリスクに襲われたのだ。私は何も無かったのだが、妹はヤツの目を見てしまってな……」
「石化し始めたって、わけね」
「そうだ」
「バシリスクと遭遇したのは何日前か、ハッキリ覚えてる?」
ドーラさんが訊ねると、ハンターさんは両手の指を一本ずつ折り始めます。
「うーむ、8日前だな」
「あ、そう。じゃあ、ハンターからフェンリスヴォルフの情報を聞いたのも、そのくらいよね?」
「なっ……何故、私がハンターから情報を得たとわかるのだ?!」
「そりゃあ、わかるでしょ。ハンターしか使わない香水とか持ってるんだから」
「そ、そうか……情報をくれたハンターがな、フェンリスヴォルフを仕留めれば金貨5枚で買い取ると約束してくれたのだ。それだけあれば、ラドブルクの神殿で治療が受けられると言っていたからな」
「ラドブルクの神殿で? あなた……アイツらに騙されてるわよ??」
「何を言っている。同族が裏切るものか! いくら上位種族のエルフ殿でも今のは聞き捨てならんぞっ!!」
ハンターさんは怒りを露にしました。
その一方でドーラさんは冷めた表情を浮かべます。
「まっ、信じなくても良いけどね。ただ……あなたのせいで、あたしの母さんは寝たきりになったのよ。あの黒いフェンリスヴォルフに襲われてね」
「そ……それは本当なのか?」
「嘘だと思うなら。あの爪で引っ掻いてもらいなさいよ。すぐに麻痺の症状が出るから」
「ちょっと待て! もし麻痺になったら、どうするつもりだ? この町に神官はいないと聞いたぞ??」
「それ、もう古い情報だから。今この町には優秀な神官がいるのよ。あなたもお世話になったでしょ?」
「世話になっただと? 一体誰のことを言っている??」
わからないようなので、ハンターさんの前に立ってみました。
「わたしですよ」
「笑わせるな。貴様は水の魔法使いではないか」
「いえいえ、わたしは神官さんですよ?」
「人族が神官になれるものか!」
完全に否定されてますね。
事実を言っているだけなのに失礼なお話です。
「別に、わたしのことも信じてくれなくて良いですよ。解毒も、わたしが勝手にしたことですし。治療費を請求したりしませんから」
「解毒だと? ふむ、言われてみれば確かに体の毒が消えているな。しかし、人族の神官など聞いたことがないぞ??」
「それは、あたしも同じよ。でも事実なの。ディーネは最高クラスの神官よ。麻痺解除までしか使えない、ラドブルクの神官様とはレベルが違うの」
「待ってくれ! ラドブルクの神官殿は石化除去の魔法が使えないのか?」
「そうよ。だからバシリスクに襲われると、ポルトヴィーンの神殿まで運んでたの。だけど途中で完全に石化してしまうこともあったらしいわ。まっ、10日しか猶予がないんだから、そうなることもあるわよね」
ドーラさんのお話を聞いて、ハンターさんの顔色が真っ青になりました。
「10日で……完全に石化するだと? そんな話は聞いてない」
「だから騙されてるって言ったのよ。あなたがフェンリスヴォルフを持ち帰ってたら、金貨も払わず横取りされたでしょうね。所詮あなたはカスタリーニから来たよそ者ってことよ」
「くっ、なんてことだ。同族に裏切られ、妹も救えずに全てを失うと言うのか……」
ハンターさんは片膝をついて、ガックリと肩を落とします。
するとその肩を、ドーラさんがポンっと叩いたのです。
「諦めるのは、まだ早いわ。今から馬を飛ばせば妹を救えるわよ? ディーネは石化除去よりも上位の魔法、完全回復の使い手だからね!」
「完全回復だと?! カスタリーニでも大神官殿にしか使えない最上級魔法だぞ??」
「だから言ったでしょ。ディーネはレベルが違うって」
「レベルがどうとか言う問題ではないぞ。それにだな……今の私には治療費を払える金がない」
お金なんていりませんよ。
そう言おうとしたところ、ドーラさんの口が先に動きました。
「だったら。ハンターの情報を売ってちょうだい。あなたがラドブルクに戻れば、間違いなく接触してくるでしょ? そこを一気に叩くから。そうね、報酬は金貨5枚でどうかしら??」
「き……金貨5枚だとっ?! 有り難い話だが、本当に良いのか??」
「良いわよ。アイツらには手を焼かされてるからね。まとめて牢にぶち込んでやりたいのよ」
「承知した。私が持っている全ての情報をエルフ殿に提示する」
「商談成立ね。そう言うわけだから、ディーネもラドブルクまで来てもらうことになるわ。断りもなく決めちゃって、ごめんね」
ドーラさんはわたしに視線を向けると、拝むように手を合わせて、謝罪の言葉を述べたのです。
お話の流れ上、こんな展開になると予想していたので問題ありません。
「別に構いませんよ。病気を治すのは、神官さんのお仕事ですから」
「そう言ってくれると思ったわ。ありがとね!」
このあと、ドーラさんは急いでお馬さんの手配をします。
そして、わたしたちはラドブルクの町へ出発したのです。