『ウンディーネさんとハンターさん ①』
シュヴァルツさんのご飯を求めて、いざ森の中へ~♪
その主食となるのは、麻痺効果のあるシェドナーマッシュルーム。
探し方はとてもシンプルです。
シェドナーマッシュルームから放たれる、甘い香りを辿っていけば良いだけなので。
とは言っても、わたしには無理なお話。
鼻先まで近づけないと、匂いがわかりません。
これはシュヴァルツさんの鋭い嗅覚があるからこそ、見つけられるのです。
ところが……。
「あれ? この甘い香りは、シェドナーマッシュルームですよね??」
オレンジの木が近くにあるにも関わらず、その匂いをハッキリと感じ取りました。
でも、どこを見渡してもシェドナーマッシュルームがありません。
不思議ですねぇ。
わたしはシュヴァルツさんと一緒に首を傾げます。
するとその時、オレンジの木の後ろに人影が見えたのです。
その人は機械式の弓を持っていました。
ん? あれはボウガンと呼ばれる武器でしたっけ。
王都の武器屋さんで、同じものを見たことがあります。
確か、弓術士さん専用の武器だったはず。
……と言うことは、あの人がハンターさんなんでしょうね。
しかも見たところ、人族の女性のようです。
わたしにはない胸のふくらみが……って、これ以上は止めておきましょう。
虚しくなるだけなので。
肩を落とすわたしに向かって、ハンターさんはじりじりと近づいてきます。
そして睨みつけながら、口を開きました。
「貴様……人族なのか?」
「そうですよ」
「そのフェンリスヴォルフは、貴様の仲間か?」
「いいえ、家族です」
一緒に暮らしているのですから、間違ってませんよね?
まあ、ハンターさんは信じられないと言った表情を見せていましたが……。
「わたしからも質問して良いですか?」
「なんだ?」
「わたしの大切な家族に矢を放ったのは、あなたですか?」
そう言って、今度はわたしがハンターさんを睨み返しました。
「ああ、そうだ! だが、何故普通に動けている?」
「わたしが治療したからですよ。ところで……いい加減、その物騒なものを下げてもらえませんか?」
この会話中、ハンターさんはずっとボウガンを構えたままです。
矢が向けられるのは、気持ちのいいものではありません。
シュヴァルツさんに限っては、今にも飛び掛かりそうな態勢を取っていました。
でもハンターさんの答えは……。
「断る!」
ですよね。
そう言うと思ってました。
「断るもなにも、フェンリスヴォルフさんを狩るのは禁止されているそうですよ? 今、退いてくれるのならギルドには報告しませんが……」
「退くだと? 何をふざけたことを言っている。この状況で勝ち目でもあると思っているのか??」
「勝てるかどうかは、わかりませんけど……シュヴァルツさんは素早いですよ? 恐らく、そのボウガンの矢よりも速いと思いますけどね」
「誰がフェンリスヴォルフを狙うと言った。標的は貴様だ! 家族だと言うのならフェンリスヴォルフも手が出せまい。そうだろ?」
ハンターさんはわたしから、シュヴァルツさんに視線を移します。
その言葉を理解したのか、シュヴァルツさんは大人しくなりました。
なるほど、そうきましたか。
では、対抗策を打つとしましょう。
わたしはハンターさんに向けて、右手をスッと伸ばします。
「ウォーター……ゴホッ、ォール」
わたしとしたことが、魔法名をしっかり言えませんでした。
シェドナーマッシュルームの香りが強すぎて、ちょっと咽ちゃいましたね。
でも問題ありません。
目の前にはイメージした通りの、四角いお水の塊ができていますから。
シュヴァルツさんも守れるように、ちょっと大きめに作ってみました。
それを見て、ハンターさんが驚きの声を上げたのです。
「ま、魔力持ちだとっ?! まあいい、その程度の水の壁など貫いてくれるわっ!!」
ハンターさんはボウガンを構えなおし、わたしに向かって矢を放ちます。
ですがその矢は、お水の塊に触れた途端、真下に叩き落とされました。
「なん……だと……? ただの水の壁では無いのか?!」
「これはお水の壁ではないですよ。大瀑布、つまり滝です」
正確には上から下に向けて、お水を高速回転させてるだけなんですけどね。
なので相手の方から受けたものは地面に落とされ、わたしの方からだと逆に上空へ飛ばされます。
ちなみにこの魔法はゲーム内で行われるPVPの時に編み出したものです。
神官さんみたいな回復職は、戦闘職のプレイヤーさんに狙われやすいんですよね。
特に物理攻撃主体のプレイヤーさんに……。
でも、この魔法のお陰で負けたことは一度もありません。
もちろん勝ったこともありませんが。
ゲームなら時間切れで引き分けになり、お互い異なる場所に転送されるのですが……。
現実だと無理ですよねぇ。
さて、どうやって退いてもらいましょうか。
何か良い方法がないかと考えていたところ、突然ハンターさんが前に倒れました。
「……え?」
一体何が起きたのかと、魔法を解きます。
するとハンターさんの上を、一匹のハチさんが飛んでいました。
キラービーさんです。
そのキラービーさんですが、オレンジの実をひとつ手に取り、そのままわたしの前に置いていきます。
なんだか見覚えのある、この光景。
あ……この前治療したキラービーさんでしたか。
ハンターさんから、わたしを助けてくれたんですね。
「ありがとうございます!」
わたしの言葉が届いたのか、キラービーさん嬉しそうに森の奥へと飛んでいきました。
一方ハンターさんはキラービーさんの毒を受けたらしく、青ざめた表情を浮かべ、体をピクピクさせています。
どうやら、気を失っているみたいですね。
しかしこれは好都合。
でも、そのままにしておくわけにもいかないので……。
「解毒!」
本来なら、完全回復を使いたいところ。
ですが目が覚めて、暴れられても困ります。
「これで勘弁してくださいね」
申し訳ないついでに、ボウガンや他に武器になりそうなものは全て回収。
バッグの中にしまいました。
「さて……どうやってハンターさんを運びましょうか。シュヴァルツさん、お願いできますか?」
この問いに、シュヴァルツさんは快くコクリと頷きます。
そして長い尻尾を巧みに操り、ハンターさんをグルグル巻きの状態にしたのです。
「え? シュヴァルツさんは……こんなこともできるんですかっ?! わたしにもしてくださいっ!!」
お願いしますと、何度も頭を下げます。
ですがシュヴァルツさんは困った表情を浮かべるも、黙って視線を逸らすのでした。
くっ、ハンターさんが羨ましい……。