『ウンディーネさんとギルドのランク』
「あの~、この町で生活するのって、そんなに大変なんですか?」
ギルドの受付に座るシリフィさんに、わたしは何気なく訪ねます。
「突然どうされたのですか?!」
「昨日、神殿でこんなものを見つけまして……」
そう言って、1枚の紙をシリフィさんに差し出しました。
執務室に散らばっていた、神官さんの退職届けの下書きです。
それを見て、シリフィさんが絶句します。
「…………」
そして深いため息を吐きました。
「はあ……神官様がお辞めになられた本当の理由は、田舎での生活にあったと言うわけですか……」
「みたいですね」
「前任の神官様はアルファルムンから派遣された方だったので、不便に感じていたのかもしれませんね」
アルファルムンと言えば、王都に匹敵するほどの大きな町です。
確か、この土地を治める貴族のエルフさんが暮らしてましたよね。
そこに比べたら、イールフォリオの町は田舎かもしれません。
「なるほど。それで実際のところ、どうなんですか?」
「そうですね……私はこの町で生まれ育ってますから、特に大変だと感じたことはありません。強いてあげるなら、フレイムドラゴンの襲来と水不足に問題がありましたが、ディーネ様が解決してくださいました。ですから、このお話が広まれば、ギルドにも冒険者が戻ってくると思います」
「え? 神官さんだけでなく、冒険者さんも出て行ったんですか??」
「はい。クエストで稼いでも寄付金に消えるんじゃ意味がないと言って……賑わっていた頃は100人以上の冒険者が登録していたんですよ。でも今では20人もいません」
凄まじい数ですね。
八割も冒険者さんが減るって……。
でもそれ以上に気になることがありました。
「まあ、冒険者さんにも生活がありますからね。それよりも、今のお話を聞く限りだと、田舎だから出て行ったと言う感じではないですよね?」
「実を言いますと、去っていた冒険者のほとんどが、この町の出身なのですよ。あとはエリミア様の噂を聞きつけて集まった冒険者ですね」
なるほど、だからわたしの話が広まれば、冒険者さんが戻ってくると言ったのですか。
でも、それに該当するのは、この町で生まれた冒険者さんだけでしょうね。
エリミア様が目的だった冒険者さんには当てはまらないと思います。
わたしに、そこまでの影響力はありませんから。
それにしても……。
「エリミア様は、とても有名なハイエルフさんだったんですね」
「そうですね。エリミア様のお陰で、こんな田舎のギルドでもシルバーランクの評価を頂いてましたから」
「ギルドにもランクがあるんですか?」
「ありますよ。一番上はミスリルで、その次はプラチナと言った感じで。ちなみに一番下がウッドですね。冒険者のランク付けと同じです。ちなみに、ウッドの評価を二年連続で受けたギルドマスターは強制的に解雇されます。去年、当ギルドはウッドランクの最低評価でしたから、ドーラさんは焦ったでしょうね」
シリフィさんは、クスッと笑います。
「いやいや、笑い事ではないですよね? 今年もウッドランクだったら、どうするんですか??」
「それは絶対にありません。フレイムドラゴンの脅威から無傷で町を守ったのですから。それだけで、シルバーランクの評価に値します」
「そうなんですか?」
「はい。ですからドーラさんは、もっとディーネ様に感謝するべきだと思うのです」
「感謝ならしてくれてると思いますよ? 昨日も生活に必要なものを用意してくれましたから」
そう……わたしが神殿に行ってる間、ドーラさんは歯ブラシやトイレットペーパーなどの日用品を買い揃えていてくれたのです。
これはとても助かりました。
「マスタールームに居ないと思ったら、お買い物に行っていたのですか。でも、ディーネ様のためにしたことなら責められませんね。ところで……風精霊の件は、どうなりましたか?」
「視線らしきものは感じるんですけど、姿は見てないですね。もしかして警戒とかされてます?」
「あるかもしれませんね。低位の精霊は臆病なところがありますから」
「そうですか。まあ、なにかされるわけでもないので気長に待ちますね」
「ご面倒をお掛けします」
「いえいえ、お気になさらずに」
「では報酬を用意しますね」
「そのことなんですけど、報酬はいらないですよ? 一人ぼっちでいる淋しい気持ちは、わたしにもよくわかりますから」
10年も入院していると、家族がお見舞いに来れない時があるんですよね。
長い時だと一週間くらい……。
上手く説明できないのですが、世界から見放されたような気持になったりします。
あんな僅かな時間でも辛くなると言うのに、風の精霊さんは5年も一人ぼっちなのです。
そのことを考えた時、クエストとか、わたしの中で関係なくなってました。
「ディーネ様は、お優しいんですね」
「そんなことないですよ。淋しがりやなだけですから」
「では、そう言うことにしておきますね。今日は何かクエストを受けられますか?」
いつもなら受けたいところですが……。
「今日はやめておきます。シュヴァルツさんのご飯を探しに行こうと思っているので」
「フェンリスヴォルフのお食事ですか。確かフェンリルの一族は、好んでシェドナーマッシュルームを食すると聞きます」
「やっぱり、そうなんですね。肉食なのかと思ったら、キノコばかり食べてて驚きました。でも、あの甘い香りとビリっとした舌触りは食欲をそそりますよね」
「……え? シェドナーマッシュルームを食べたのですか??」
「シュヴァルツさんが美味しそうに食べていたので」
「よくご無事でしたね。普通は麻痺の症状を起こすと思うのですが……」
その一言で、わたしは思い出します。
シェドナーマッシュルームに強い麻痺の効果があったことに……。
麻痺にならないのは『不老不死』のお陰。
即死以外なら、どんな状態異常からでも即時に回復するとんでもスキルです。
そう言えば、このユニークスキルのことは誰にも話していませんでしたね。
なのでわたしは、その場で固まってみせました。
「い、今頃になって……か、体が……」
「あのー、シェドナーマッシュルームは即効性の高い麻痺毒ですから、それは流石に無理がありますよ?」
誤魔化せそうにないので、シリフィさんだけに本当のことを打ち明けます。
そして女神様の加護を聞いたあと……。
「………………」
今度はシリフィさんの表情が、麻痺したみたいに固まるのでした。