『精霊術師さんと受付嬢さんの恋』
お師匠様の持つ転移の腕輪で、私はカスタリーニに帰って来た。
風のお掃除精霊と一緒にね。
おっといけない。
この子には『フウカ』と言う、お師匠様がつけた立派な名前があるんだった!
ちゃんと、そう呼ぶ事にしよう。
カスタリーニの神殿を出てから、フウカは終始ニコニコしている。
つられて私も笑顔になる。
「随分とご機嫌だね」
「エリミア様ト一緒ニ居ラレテ、嬉シイカラデス」
そんなにストレートに言われたら照れるじゃない。
まあ、私も嬉しいけどね。
ただ……一言注意しておきたい。
「こらこら、私はエリミアじゃなくて、エイシアだよ? 大事な事だから、間違わないようにねっ!」
きつく言ったつもりはないよ?
だけど、フウカは酷く落ち込んでしまった。
「ソウダッタデス。ゴメンナサデス……」
謝罪の言葉は涙声。
先ほどまで見せていた笑顔は完全に消えていた。
「モウ二度ト間違エナイデス! ダカラ……フウカノ事、嫌イニナラナイデ欲シイデス。エリ……エイシア様……」
そう言うと、私の胸に飛び込んできた。
名前が『エイシア』に変わったのは、私に原因があるからね。
本来なら注意できる立場ではない。
だけど……今後の事を考えたら、直してもらうしかない。
それが、誰も悲しませない方法だから……。
でも、この子には無理させてるよね。
だから私は、優しくフウカの頭を撫でて、こう告げた。
「嫌いになんてならないよ。名前の事も、少しずつ慣れていけばいいからね」
胸の中でフウカが、何度も頷く。
それが、とても愛おしい。
今度こそ大切にしたいな。
この子の事……。
私はフウカを抱いたまま、ギルド会館へと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ギルド会館に入って早々、一人の受付嬢と目が合う。
彼女はスッと立ち上がり、深く頭を下げてきた。
あの子は、ベデットだよね?
なんか……何時もと様子が違くないかな。
普段は目が合っても軽く会釈をされるだけなのにね。
ちょっと変な感じ。
まっ、いいや。
あの子に拠点変更の手続をしてもらおう。
私はベデットの居る窓口に足を運ぶ。
そして、小さく手を上げ、声を掛けた。
「やあ、ベデット。ちょっといいかな?」
「はい、エイシア様。ですがその前に、此方をお受け取り下さい」
彼女は拳大ほどの革袋を差し出す。
それを見て、私は首を傾げた。
「何だい、これは?」
「報酬です。私が昨日お願いした件の……」
そこまで話して、彼女は口を紡ぐ。
お願いした件って、あれだよね。
バハムートの足止めと言うか、お師匠様が来るまでの時間稼ぎでしょ?
そんなに言いづらい事…………だったか!
本来のお願いは、ギルマスを助ける事だもんね。
普段と全然違う姿を見せたワケだし。
言葉を濁すのも当然か。
しかし、報酬ねぇ……。
革袋の中を上から覗いた時にさ。
なーんか、違和感を覚えたんだよね。
それを確認するために、私は片手でフウカを抱きかかえ。
逆の手で革袋を掴むと同時に、ベデットに訊ねてみた。
「報酬って言うなら、中身を確認しても良いかな?」
「こ、此処では困ります。足りない分は、後日用意致しますので……」
「うーん……足りないとか、そう言う問題じゃないんだよね。もしかしなくても、このお金って……貴女の全財産じゃない?」
プラチナランクの冒険者となると、報酬の殆どは金貨で支払われる。
個人依頼なら尚更だ。
だけど……この革袋の中身は銀貨や銅貨が混ざってるんだよね。
まるで家中のお金をかき集めたような感じがする。
そんな私の指摘に、ベデットは一瞬目を見開き、再び口を噤んだ。
「…………」
「答えられないって事は、肯定してるのと同じだよ? なんでそこまでしちゃうかな??」
「私のような平民が、プラチナランクの冒険者に依頼をするとなると、これくらいの覚悟は必要ですから……」
「いやいや、私が言いたいのはそう言う事じゃなくてね。ハッキリ訊くけど……」
この時、すぐ傍で人の気配を感じた。
それが誰なのかは、わからない。
確認するつもりもないから、無視して話を続けるけどね。
ただ、聞かれたく内容だから、少し声を落とした。
「……そんなに大切なの? ギルマスの事??」
ベデットに問いかける。
この質問には、しっかりと頷いて答えた。
「……はい。ギルマスは私の命の恩人ですので」
「命の恩人? ふーん、それで??」
「私がまだ幼い頃、フレイムドラゴンに襲われた事があるのです。今でこそカスタリーニは全ての地域を水の魔法使い様達が守ってくれますが、当時私の住んでいた場所は北地区の外れ……スラム街にありましたので、フレイムドラゴンのブレスを防げずにいたのです……」
へえ、ベデットはスラム街の出身なんだ。
それが今ではギルド会館の受付嬢をやってるって……。
相当努力したんだろうね。
しかもギルマスの右腕だよ?
まっ、彼女の話を聞いて、理由は何となくわかるけど。
それよりなにより……。
「なるほどね。ギルマスはフレイムドラゴンのブレスから、貴女を守ってくれたってワケだ」
「……はい」
「それで命の恩人か。そんな事されたら……惚れちゃうよね?」
うんうん、わかるよ。
その気持ち。
お師匠様が男だったら、秒で恋に落ちてる自信ある。
ゴルゴーンの石化から助けてもらった事を思い出し。
深く頷く私とは対照的に、ベデットは否定するように首を激しく横に振った。
「ほ、惚れるだなんて、とんでもない事です! ギルマスは御貴族様ですよ?」
「貴族って言っても騎士爵でしょ? 騎士爵なら平民を娶っても問題ないはずだけどね」
「めめめめ……娶るっ?!」
ベデットは、あわあわしながら一気に顔を赤くする。
さすがにこの話は刺激が強すぎたかな?
でも、彼女がギルマスに恋心を抱いているのは間違いない。
だったら、この報酬は受け取れないね。
私は持っていた革袋を受付の台に戻した。
「じゃあこれは、その時のための、ご祝儀って事で」
「え? そ、そう言う訳にはいきません。それに……私なんかがギルマスと一緒になれるなど思っておりませんから」
「そう? 可能性はゼロじゃないと思うけどね。でも……この報酬を受け取れば可能性は限りなくゼロに近くなる。スラム出身の貴女なら、この意味がわかるよね?」
お金のない貧しい者は奴隷になるか、スラム街でひっそり暮らすしかない。
それは……平民ですらない事を意味するからだ。
私の言葉を理解したんだろうね。
ベデットは再び革袋を差し出す事はなかった。
まあ、渋々と言った感じだけど。
「エイシア様こそ、なぜそこまでするのでしょうか? たかが受付嬢の私に……」
「たかがって……そんなに自分を卑下しないの。貴方はギルマスの右腕じゃない。もし居なくなったら困るよ? 冒険者も、もちろんギルマスもね」
建前上は、そう言ってみた。
でも本心は……。
彼女に後悔して欲しくない。
ただ、それだけだ。
私はフウカを置いていった事、めちゃくちゃ後悔している。
お師匠様に出会わなければ、この気持ちは一生続いていただろう。
私は両手でフウカを抱きなおし、今ある幸せを実感する。
そして軽く息を吐いてから、ベデットに視線を戻した。
「この話はおしまい! 今度は、私の話を聞いてもらえるかな?」
私は拠点変更の手続きを、お願いする。
かなり驚かれたけど、なんとか無事に手続きを終えた。
ただひとつ不思議だったのは……。
ギルマスに拠点変更の認証をもらう時、やたら顔が赤かったんだよね。
バハムート撃退のお祝いに、浴びるほどお酒でも飲んだのかな?




