『ウンディーネさんと神殿の鍵』
お家の購入と拠点登録の手続きが終わったあと、わたしはシリフィさんから二つの鍵を渡されます。
それを眺めながら、首を傾げました。
「ひとつはお家の鍵ですよね? もうひとつは馬小屋の鍵ですか??」
「いえ、馬小屋の鍵はお屋敷の鍵と兼用です。そちらは神殿の鍵になります」
「神殿の……鍵? 何故それをわたしに??」
意味がわかりません。
わたしはさらに首を傾げます。
すると、ドーラさんが呆れたような表情を浮かべました。
「そんなの、ディーネが神官だからに決まってるじゃない。神官がいるべき場所と言ったら神殿でしょ?」
普通に考えれば、そうかもしれません。
ですがここは『エンシェントワールド』の元になった世界です。
なのでわたしは首を横に振りました。
「いえいえ、神殿にいるのは女神様ですよね? 神官さんじゃありませんから」
「なに言ってんの。女神様が神殿に現れるのは死者を祭る儀式の時だけよ?」
「え? そうなんですか?!」
「神官なのに、そんなことも知らないの?」
初耳です。
「わたしは冒険者さんですし、町の神官さんのことは、よく知らないんですよ」
……と適当に誤魔化します。
「言われてみれば、そうよね。じゃあ簡単に教えてあげるわ。女神様はね、死者の魂を預かる時にだけ現れるのよ。新たに生まれてくる命に、その魂を宿すためにね。だから『復活の儀式』なんて言われることもあるわ」
復活の儀式ですか。
なるほど、レファリナ様が復活の女神様と呼ばれていた理由がわかりました。
もしかすると、復活の儀式以外の時は、神殿に神官さんがいたのかも知れませんね。
まあ、今となっては確かめようもありませんが……。
とりあえず、お話を戻すことにします。
「それで普段、女神様はいないんですね。ところで以前お勤めになっていた神官さんは、どうされたんですか?」
「ここでの暮らしに嫌気がさして、1年前に出て行ったわ……」
「なにか辛いことでも、あったんですか?」
「まあね。エリミア様が亡くなられてから、フレイムドラゴンが与える被害が大きくなったのよ。母さんも頑張ってたけど、守れるのは町の中心部だけだったわ。それ以外の地域は酷くてね……怪我人の数が一気に増えたのよ。特に去年は最悪で、神官様は大回復の使い過ぎで、何度も魔力切れを起こしてたわ」
「あの時は本当に大変でしたよね。イールフォリオ最大の危機だったと思います……」
当時の出来事を思い出したようで、ドーラさんとシリフィさんは暗い表情を浮かべました。
確か……魔力を使い切ると、貧血みたいになるんでしたっけ?
回復術士さんだった頃、何度か経験したことがあります。
もちろん、実際に感じたわけではありませんよ?
あくまで見た目や動きだけです。
それでも辛そうだなぁ……とは思っていました。
あの状態が現実で何度も繰り返されたわけですか。
考えただけでも、ゾッとしますね。
そんなことを思っているわたしの前で、ドーラさんとシリフィさんに笑顔が戻りました。
「まっ、これからはディーネがいるし。あんなことにはならないわよね!」
「そうですね。ディーネ様はエリミア様をも超える水の守護神ですから」
「あの~、フレイムドラゴンさんから町を守るのは良いんですけど……わたしはこれからも冒険者さんとして活動しますよ?」
「別に良いんじゃない? ディーネを神殿に縛り付けるつもりはないから」
「では何故、神殿の鍵を渡したんですか?」
「冒険者であっても、神官であることには変わらないでしょ? それに……その鍵は神官にしか使えないしね。ギルドは管理してただけなのよ」
「つまり……わたしに鍵の管理を押し付けたと?」
わたしはジト目で、ドーラさんを見つめます。
するとドーラさんは慌てて右手を左右に振りました。
「いやいや、それだけじゃないからねっ! 神殿の扉って特殊な魔力が掛けられてるじゃない? 出る時は自由なのに、入る時は神官の許可がいるでしょ??」
「入ったことがないので、知らないです」
……と言いますか、そんな仕掛けになっていたんですね。
神殿に送られる時は自動で運ばれますし、基本的には出る専門です。
入ると言う発想がありませんでした。
「冒険者で神官をしていると、そう言うことが起きるのね……」
「ですね」
「あたしが言いたいのは、神殿ならフェンリスヴォルフを守れるってこと。ハンターがフェンリスヴォルフを狙うのは屋根も壁もない、森の中だからね! その点、神殿は安全よ。強固な造りの上に、ディーネの許可が無ければ中に入れないんだから」
なるほど、それは凄く良い案ですね。
でも、あんなに素早く動けるシュヴァルツさんに、どうやったら矢が刺さるんでしょうか?
それがとても不思議です。
疑問を感じながらも、わたしはドーラさんの申し出を受け入れることにしました。
「そう言うことでしたら、町にいる時は神殿を使わせていただこうと思います」
「そうして、そうして! 神殿には執務室があるから、そこも好きに使って良いわよ」
「わかりました。ではこれから神殿に寄ってみますね」
ドーラさんとシリフィさんにペコリと頭を下げ、わたしはギルド会館をあとにします。
そして、シュヴァルツさんと一緒に神殿に向かいました。
そこでわたしは知るのです。
神官さんが出て行った本当の理由を……。
『大神官様へ 田舎暮らしには、もう飽き飽きです。私は都会に引っ越します。絶対に探さないでください!』
退職届らしき下書きが、執務室の床に無数に散らばっていました。