『ウンディーネさんと拠点登録』
「ねえ、ディーネ。ホームギルドのことで相談があるんだけど、ちょっと良いかしら?」
ドーラさんの言葉に、わたしは首を傾げます。
ホームギルド?
ああ、活動拠点のことでしたっけ。
『エンシェントワールド』では、決まった場所に拠点を置く冒険者さんがいたりします。
その方が優先してクエストを受けられるとかなんとか。
わたしは拠点を持たないフリーの冒険者さんなので、言葉の意味を度忘れしてました。
「それって……拠点登録のことですか?」
「そうそう、話が早くて助かるわ。ディーネのホームギルドをイールフォリオに登録したいんだけどダメかな?」
「別に構いませんよ。お家も購入しましたし、ここを離れるつもりはありませんから」
「ありがとー! これでウチのギルドの株も上がるってもんだわ」
「そんなことで株が上がるんですか?」
「そりゃあ、上がるわよ。ゴールドランクの冒険者を抱えているギルドなんて大都市にしか無いからね。ディーネがいるだけで他の町からも依頼が来るようになるわ」
ドーラさんはとても喜んでいます。
ですが、わたしは少しばかり不安がありました。
「その依頼の中には討伐クエストなども含まれますか? わたし……誰とも戦いたくないんですよね。相手がモンスターさんであったとしても同じ気持ちです」
これは、わたしの信念ですからね。
絶対に曲げることはできません。
その気持ちを正直に話してみたわけですが……。
ドーラさんは、口を押さえながら大笑いしたのです。
「ぶっ! なによそれ。ディーネはホントに人族らしくないわね。心配しなくても大丈夫よ。神官に戦いなんて求めてないから」
「では、どんな依頼を募集するつもりなんですか?」
「普通に治療関係の依頼よ。イールフォリオもそうだけど、隣町のラドブルクもそのことで頭を悩ませているからね」
ラドブルクと言えば、農業が盛んな大きな町。
イールフォリオを訪れる前に、数日の間だけ、お邪魔させていただきました。
それだけに疑問に感じます。
「あんなに大きな町なのに、神官さんがいないんですか?」
「いるにはいるんだけどねぇ。その神官様は麻痺解除までしか使えないのよ。でも、あの町で本当に必要なのは麻痺解除よりも上位の魔法、石化除去……なんでだかわかる?」
わたしは異世界から来た転生者です。
本来なら、わかるはずもありません。
でも、この世界が『エンシェントワールド』の元になっているのなら話は別です。
そして、レベル70の神官さんが覚える魔法、石化除去が必要とされる意味も。
その答えは……。
「バシリスクさんですか」
「ディーネも知ってたのね。あの、見た者全てを石に変えるバケモノのことを」
やはり、こちらの世界にもバシリスクさんがいるんですね。
バシリスクさんはラドブルクの町から少し離れた高い山に住んでいます。
またの名を『蛇山の王』。
そう語られるのも、蛇さんみたいな体形をしているからです。
ただ、頭部にはニワトリさんのようなトサカがあります。
さらに移動する時は二足歩行。
羽が生えているのに空を飛ぶことはできないとか。
……って、よく考えたら少し変わったモンスターさんですよね?
ですがドーラさんがお話されたように、鋭い眼光で睨まれると石化状態に陥ります。
実はわたしも、その犠牲になったひとり。
素材回収をしている時にバッタリお会いして、足が石になりかけました。
麻痺と違って石化には即効性はありません。
ラドブルクのギルドで聞いたお話だと、10日ほど掛けて徐々に石化するそうです。
わたしの場合、完全回復があるので、大事には至りませんでした。
それでも、バシリスクさんは神獣クラスにも劣らない、恐ろしいモンスターさんであると断言します。
「ええ、まあ。ラドブルクでクエストを受けた時に、一度お見掛けしましたから。でも、石化除去が使えないとなると、今までどうやって治療していたんですか?」
「バシリスクに襲われたエルフは馬車に乗せて、ポルトヴィーンまで運ぶのよ。あそこなら石化除去が使える神官様がいるからね」
「ポルトヴィーンって港町ですよね? ラドブルクからだと、かなりの距離がありませんか??」
ゲーム内の時間になりますが、一週間は掛かったと思います。
「そうね。だからポルトヴィーンに着く前に、完全に石化することもあったみたい」
「間に合わないことがあるんですね。悲しいことです……」
「でも、これからはそんなことにはならないわ。石化除去を上回る、完全回復の使い手がいるからね!」
そう言うと、ドーラさんはわたしにウインクをしました。
「え? それって、わたしのことですか??」
「他に誰がいるのよ?」
「まあ、そうですね……」
「イールフォリオからラドブルクまで、馬を飛ばせば1日も掛からないわ。向こうから依頼書を受け取っても2日目には治療ができるのよ。ディーネには、こんな感じの依頼をお願いしたいの」
なるほど、訪問診療みたいなことをするのですね。
「そう言うお仕事なら、たくさんしますよ」
「期待してるわ」
そしてドーラさんはラドブルクのギルド宛に手紙を書き始めます。
それを見て、わたしはドーラさんの手を止めました。
「ちょっとディーネ、邪魔しないでよ」
「しますよ。なんですか? この『石化の際は当ギルドのゴールドランク冒険者、水の女神官のウンディーネにお任せください』とか言う、おかしな一文は??」
「良い宣伝になると思ったんだけど、やっぱりダメ? だったら、水の守護神にしておく??」
「どっちもダメですっ!!」