『ウンディーネさんとマイホーム ②』
「それにしても、フェンリスヴォルフを手懐けるとはね。なにをどうしたら、そんなことになるのよ?」
ドーラさんは驚きつつも、呆れたように言います。
「特別なことはしていませんよ? 怪我をしていたので、治療しただけですから」
「治療って……回復魔法を使ったの? このフェンリスヴォルフに??」
「ええ、まあ。こんなものが刺さってまして……目の前で倒れたんですよ」
元凶になった鉄の矢を、バッグの中から取り出しました。
そのままにしておくのも危ないと思ったので、回収しておいたのです。
その矢を見て、ドーラさんの目つきが変わります。
「やっぱり、アイツらの仕業だったのね」
「アイツらと言うのは?」
「ハンターよ……人族のね」
そう言うと、ドーラさんはわたしから視線を逸らしました。
わたしが人族だから気を使ってくれたんでしょうね。
シリフィさんも、困った表情を浮かべています。
別に気にすることなどありません。
わたしは、こちらの世界の人族をよく知りませんから。
それよりも、もっと気になることがありました。
「そうでしたか。もしかして、リジェンさんを襲ったのはシュヴァルツさんではないのですか?」
「多分ね。人族の使う矢には特殊な毒が含まれていて、その毒を食らったフェンリスヴォルフは狂暴化するのよ……」
毒の影響とは言え、リジェンさんを襲ってしまったのは事実です。
それがわかっているのか、シュヴァルツさんは下を向いて反省しているようでした。
そんなシュヴァルツさんをちらりと見ながら、ドーラさんはお話を続けます。
「……そして数日後、力尽きて死ぬの。あなたは助けて貰えて良かったわね」
そう言うと、ドーラさんはシュヴァルツさんに向かって、優しく微笑みかけました。
その言葉で肩の荷が下りたのか、シュヴァルツさんはホッとした表情を見せます。
ただ、わたしは怒っていたのです。
ハンターさんの行いに。
「まったく、酷いことをしますね」
「人族のディーネが、それを言っちゃう?」
「言いますよ! 散々苦しめておいて殺めるとか許せません!!」
「そ、そうね。フェンリスヴォルフは禁猟されているから、捕まれば重罪になるの。でも、闇の市場で高く取引されているのも事実なのよね。だからハンターたちはフェンリスヴォルフを狩るのよ。お金のためにね」
お金のためですか。
ハンターさんにも事情があるのかも知れませんが、わたしには理解できそうもありません。
「なんだか嫌なお話ですね。それで、ドーラさんにお願いがあるのですが……」
「このフェンリスヴォルフと一緒に暮らすって話でしょ? シリフィから聞いてるわ」
「どこか安全な、お家とかありませんか?」
「そうねえ……」
ドーラさんは右手を頬に当てて考え込みます。
そのあと少し経ってから、両手をパチンと叩く音が聞こえました。
でもそれは、ドーラさんではなく、シリフィさんの手からです。
「でしたら、エリミア様のお屋敷はどうですか? 確か、馬小屋がありましたよね。あそこなら、フェンリスヴォルフでも、お休みになれると思います」
「あー、あのお屋敷ね。良いんじゃない? ディーネはどう思う??」
あの倉庫は、馬小屋だったのですか。
扉もついてましたし、条件は満たしているように思えます。
ただ……。
「良い物件だとは思いますが、ハンターさんに襲われたりしませんか?」
お家の前に広がる草原には逃げ場がありません。
むしろ格好の的になると思います。
ところがドーラさんは否定するように首を横に振りました。
「ないない。シリフィも、そう思うわよね?」
「そうですね。あの場所は、人族のハンターが踏み込めるレベルではありませんから」
「もし気になるようなら、日が昇っている間は町にいれば良いんじゃない? 夜はシルバーランクの冒険者でも危険になるしね。ギルドでも立ち入ることを禁じているわ」
「エリミア様も、お昼は町でお仕事をされてましたよね。お屋敷には眠るためだけに帰ってると、よく愚痴をこぼしてました」
「そうそう! 最後に聞いたのは5年前だったわよね?」
「もうそんなになるんですね。なんだか懐かしいです」
ドーラさんとシリフィさんの会話を聞いて、生活感のないお部屋の理由がわかりました。
それと5年も前に、エリミア様が亡くなられたことも……。
そんなに長い間、風の精霊さんが一人で暮らしてたかと思うと切なくなります。
なのでわたしは決断しました。
「あの~、お話の途中にすいません。わたし、エリミア様のお家に住むことにします」
「ホントに? これで水不足も神官不足も解消されるわね。面倒な仕事が一気に減るわぁ」
「ドーラさん、本音が駄々洩れですよ? 今の発言はギルマスとしてどうかと思います」
「そんなこと言ってー、シリフィだって嬉しいんでしょ?」
「それはまあ、そうですが……ディーネ様、風精霊の件もお願い致します」
「もちろんです。それで、お家賃はいかほどですか?」
わたしが訊ねると、ドーラさんとシリフィさんは互いに顔を見合わせて、ハッと目を見開いたのです。
「そう言えば、あのお屋敷って、支払いが終わってなかったわよね?」
「はい。返済の途中でエリミア様がお亡くなりになったので、未払いになっています」
「建築には一流の技術を持つドワーフ数名と護衛用にシルバーランクの冒険者を雇ったのよね?」
「そうですね。お陰で相場の十倍くらいのお値段になったと、エリミア様が嘆いてました」
「あー、そんなこと言ってたわね。ちなみに残金って、どのくらいなの?」
「ちょうど金貨500枚です……」
「…………」
シリフィさんの返事に、何故かドーラさんの表情が固まりました。
ふむふむ、金貨500枚ですか。
フレイムドラゴンさん撃退の報酬があるので、あと300枚の金貨があれば良いのですね。
そこで、わたしはバッグに手を伸ばします。
ごそごそごそ……。
「ごめん、ディーネ。誰かが住むとなると、残金を一括で払わないといけなくなるから、今の話は無かったことにして」
「そう言う契約で延滞料金を待って貰ってましたからね。とても残念です……って、ディーネ様は何をしているのですか?」
「あ、何かお話されてました? すいません。お金の整理をしていて聞いていませんでした。えーっと、残金をお支払いすれば、あのお家を購入できるんですよね??」
「はい。金貨500枚を収めていただければ……」
シリフィさんの言葉を確認し、わたしはバッグから、パンパンに膨らんだ革袋を取り出します。
「ではこれで商談成立ですね」
「商談成立? どういうことですか??」
「この革袋に500枚の金貨を入れたので、それで残金をお支払いするってことですよ」
「…………え?」
何故だかわかりませんが、シリフィさんは呆然としてました。
そして革袋を渡してから、ほどなくして……。
「金貨500枚、確かに受け取りました。すぐに領収証を発行いたします」
「まさか、ホントに500枚の金貨を出すとは思わなかったわ」
「嘘なんて吐きませんよ。それに前にも言いましたよね? お金には困ってないって」
「ディーネの金銭感覚には、ついていけないわ……」
「そ、そうですね……」
ドーラさんとシリフィさんは揃って、青ざめた表情を浮かべます。
何故そんな対応をされるのか、意味がわかりません。
それはそうと、これでマイホームを手に入れました。
シュヴァルツさんとモフモフのある生活が始まると思うと、今からワクワクが止まらないです……ムフフ♪