『ウンディーネさんと黒いフェンリルさん ①』
湖の調査も終わり、わたしはエリミア様のお家で一休みしてました。
見た目がログハウスだけあって、内装も木製のものが多いですね。
テーブルや椅子、それにベッドなど……。
木の温もりとでも言うのでしょうか。
なんだかとっても落ち着きます。
お部屋の広さは十畳くらい。
それとは別に、おトイレとお風呂がありました。
お家の隣には扉付きの大きな倉庫があります。
この倉庫は、お部屋の中からでも移動が可能です。
こんなものまであるのに、お台所だけがないんですよねぇ……。
代わりに暖炉の上がコンロみたいになってました。
そのコンロの上にあるのは鉄製のポットだけです。
エリミア様は、お料理とかされないエルフさんだったんですかね?
調理器具も見当たりませんでしたから。
生活感のない広いお部屋。
ここには寝に帰ってくるだけだったのでしょうか?
それにしては、お掃除が行き届いているんですよね。
床にはホコリひとつありませんし……。
あれ? エリミア様がお亡くなりになってから、結構な月日が流れていませんでしたっけ??
シリフィさんのお話から察するに、数年は過ぎていると思います。
それなのに、何故お部屋が綺麗になっているのでしょう?
この場所に来られるのは、シルバーランク以上の冒険者さんだけだと聞きます。
そんな人たちに、お掃除の依頼をするとは思えません。
うーん、これは謎ですね。
両腕を組みながら考え込んでいると、どこからか視線を感じました。
でも、誰もいません。
……気のせいですかね?
取り敢えず、お家のことはシリフィさんに相談してみようと思います。
そうと決まれば、イールフォリオの町に向かって出発です。
わたしはログハウスのドアに鍵を掛け、森の中へと歩き始めました。
しばらく進むと、木の根元にキノコが生えていることに気づきます。
「おっ、これはシェドナーマッシュルームではありませんか」
シェドナーマッシュルームは、食べると体が痺れる毒キノコのひとつです。
ですが、錬金術師さんが調合すると麻酔薬として生まれ変わります。
ちなみに、このキノコの回収が『エンシェントワールド』での最後のクエストでした。
そう思うと感慨深いものがありますねぇ……。
しみじみとキノコを見つめます。
すると森の茂みから、大きなモンスターさんが現れたのです。
またヴァイパーさんですか。
懲りませんね。
ところが、目の前に立っているモンスターさんには四本の脚があったのです。
狼さんのようでいて、それ以上に凛々しい姿。
そして美しい黒い毛並み……。
「あ、あなたは! 希少種の黒いフェンリルさんではありませんかっ!!」
やっと出会えました~♪
黒いフェンリルさんからしてみれば、初めて見る相手かもしれません。
でも、わたしにとっては感動の再会です。
こちらの世界の黒いフェンリルさんはオリジナルと言うこともあって、さらにモフモフした感じがします。
なので当然……。
触ってみたい! 抱きつきたい!!
そんな衝動に駆られます。
そっと右手を伸ばしてみましたが、それより先に黒いフェンリルさんの鋭い爪が、わたしに迫っていました。
見覚えのある、このシーン。
咄嗟にかわしたものの、右の腕に傷を負ってしまいます。
大して出血していませんが、ゲームでは味わうことのなかった初めての感覚です。
「くっ、これが痛みですか……」
すいません。
今のわたしは少しばかりテンションが高く、おかしなことを口走っていると思います。
それに本当のことを言いますと、あまり痛くはありません。
治療中の激痛や発作に比べたら、蚊に刺された程度です。
まあ、蚊にも刺されたことはないですが……。
そんなことよりも、このあとが問題です。
腕の傷は黒いフェンリルさんの爪によるもの。
そろそろ麻痺の症状が表れます。
ところが……。
「体が痺れないですね」
それどころか、腕の傷がすっかり治ってます。
血の跡だけは残ってますが。
なるほど、これがどんな状態異常からも回復する『不老不死』の効果ですか。
即効性があり過ぎて、凄いと言うか……逆に怖いくらいです。
人間離れしていく自分に眩暈がしました。
バタン!!
え? 今のは、わたしではありませんよ??
倒れたのは黒いフェンリルさんです。
なにもしていないのに、おかしいですね?
ですがこれはチャンスです。
今のうちに、モフモフしちゃいましょう!
わたしは忍び足で、黒いフェンリルさんに近づきます。
するとその時、黒いフェンリルさんのお腹にあたりに銀色に光る細い棒状のものが見えたのです。
「こ、これは……!!」
驚くことに、鉄の矢が刺さっていました。
黒いフェンリルさんが倒れたのは、この矢が原因でしたか。
誰だか知りませんが、酷いことをしますね。
わたしはすぐさま黒いフェンリルさんに向かって、両手を伸ばしました。
「完全回復!」
両手から放たれた白い光は、黒いフェンリルさんを優しく包み込みます。
そのあとすぐに、お腹に刺さってた矢が、するりと抜け落ちました。
これでもう大丈夫。
さて……逃げる準備をするとしますか。
モフモフするのは別の機会にとっておくことにしましょう。
今はこの場を切り抜けることだけを考えます。
白い光が粒子になる頃を見計らって、お水の魔法で壁を作る。
この方法が最善策だと思います。
ところが、そんな暇すらもらえずに、黒いフェンリルさんが飛び掛かってきたのです。
さすがはフェンリル系統のモンスターさん。
素早さが尋常ではありません。
こうなると即死だけは回避しないといけませんね。
とりあえず頭だけは守ろうと、両腕で顔を隠しました。
そして、その数秒後……。
あれ? なにも起きない??
いえ、腕に冷たい感触がありますね。
どんな攻撃をされてるのかと、両腕の隙間から黒いフェンリルさんを見てみます。
すると黒いフェンリルさんの大きな舌が、わたしの右腕を舐めていたのです。
そこは、わたしが傷を受けた場所でした。
その証拠に血の跡が綺麗に消えてます。
もしかして……怪我をさせてしまったことを気にしているのでしょうか?
敵意がなさそうなので、両腕を下ろします。
そしたら今度は頬を寄せてきました。
申し訳なさそうに『くぅーん』と鳴きながら……。
これは本当に気にしているみたいですね。
「えーっと、わたしは大丈夫ですよ。どうかお気遣いなく」
グルグルと右腕を回し、平気であることをアピールします。
それを見て、黒いフェンリルさんは、ホッとしたような表情を浮かべました。
まさかとは思いましたが、わたしの言葉を理解しているようです。
黒いフェンリルさんは、とても知力の高いモンスターさんなんですね。
ただ……。
「モフモフしても良いですか?」
この問いに関しては、首を傾げられてしまいました。
むう……残念。